第15話 ドロテアへ

 ガラガラガラ。

 馬車の車輪の動く音が心地よい。正直座り心地は良くない。揺れを軽減するサスペンションなんて装備もないし、不整地だから道もボコボコだ。

 時折、前に投げ出されそうなほど馬車が揺れ、壁に激突しそうになるほど。

 と言っても馬車で通ることができるだけでもありがたい。舗装までは求めすぎだよな。道中、大自然そのものでモンスターも多数生息していたもの。

 

 アルマジロ風のゲラトルがのっしのっしと馬車を引く。


「××××、××××」

『そろそろ、道が綺麗になります』

「おお。お尻が少しはマシになるかな」

「××××、××××……」

『やはり徒歩の方がよろしかったんじゃ……』

「そんなことないよ。訓練もしていないのに馬車を引けるなんて嬉しい驚きだった」


 街に近寄れば近寄るほど、街の人に俺たちの姿を目撃される可能性が高まる。

 ジャンプで進むのはもちろんのこと、ダッシュも微妙かなと思っていたんだ。徒歩だとあと少し……と言っても何時間かかるのか……。

 悩んでいたら昨晩の食事の際にベルヴァが提案してくれたんだ。

 「でしたらケラトルに馬車を引かせて進んではどうでしょうか?」とさ。

 馴致もしていない野生生物にいきなり馬車を引かせるなんて、と半信半疑だったのだけど、引かせてみたら見事な動きだったんだよ!

 歴戦の勇士とも思えるほど堂々と闊歩してさ。重い馬車なんて全然平気な感じで今に至る。

 

 ガタリ。

 また大きな揺れが来た!

 駄竜がスポーンと宙を舞い、窓から落ちそうになったから尻尾を掴んで引っ張る。

 

『乗り物の意味があるのか? お主が走ればいいだろうに』

「あるさ。馬車で街に行くってのいいんだよ」


 馬車とリュックサックだけで街の門番に挨拶した場合、どちらの方が街に入ってもいいと思うだろうか?

 馬車を持っているということは、少なくとも馬車を維持できるだけの資金を持ってると分かる。

 ベルヴァしか街の人の言葉を喋れないというハンデがあるので、なるべく体裁だけは整えたいんだ。

 ケラトルがいなかったら徒歩入場のつもりだったけど、ね。ベルヴァがいてくれて大万歳だよ!

 

 馬車が進む、ガラガラと。ケラトルは疲れた様子もなく、黙々と同じスピードでのしのしと走る。

 軽快さはないけど、ジョギングするより全然速い。

 馬が引く馬車に乗ったことがないけれど、恐らく馬より少し遅いくらいじゃないかな。

 お、ベルヴァの言う道に入ったのか、揺れがかなりマシになって来た。

 

「あ……」

「×××××?」

『どうされましたか?』

「しまった。すっかり忘れていたよ。俺の格好だと目立つかな?」

「××××××」

『私よりは目立たないかと思います。上からローブを羽織るのはいかがでしょうか?』

「着てくるよ」


 御者台にベルヴァと駄竜を残し、馬車の中に引っ込む。

 俺の服装は日本にいた時のままだったのだ。平日の夜にようやく一息ついたところで、異世界に拉致された。

 今思い出しても腹立たしいが、文句を言っても何も変わらないのでグッと飲み込む。

 駄竜は駄竜で何か考えがあって俺を呼んだのだろうけど、同意も無しに呼びつけたことは絶対に許さんぞ。俺を元の世界に戻すまでこき使ってやる。

 と言いつつ、数日一緒にいるだけで彼との距離感が縮まっているような……。ま、まあいい。一緒に旅するのなら、イライラするよりは良いよな。

 何のかんので駄竜がいないと現地の言葉を理解することができないしな、仕方あるまい。

 ……ということは置いておいてだな。服装だ。服装。

 上下紺色のジャージ。白のストライプが二本入っているおしゃれジャージである。

 それっておしゃれじゃないだろ、と言う突っ込みは受け付けないぞ。とにかくジャージなんだよ。

 動きやすさはピカイチのジャージ。しつこいって? そうだな、うん。

 問題はドラゴニュートの村でジャージを着ている人は誰もいなかったこと。そもそも、ナイロン生地自体が無い様子だ。

 ベルヴァからの情報によると、街でも俺のような服を着ている人を見たことが無いとのこと。

 ナイロンどころかジッパーも存在しない可能性まである。

 

 そんなわけで街に到着する前に着替えようと思っていた。ローブを羽織るだけでいいというので、そうするか。

 村で旅の装備としてもらったローブがあるので、アイテムボックスから取り出す。

 頭から被って、首元と腰を縛ればよさそうだ。

 

「うん、こんなもんか」


 くすんだ青色のローブはフードがなく、長さも膝上辺りとなっている。

 クルリとその場で回って、屈伸してみた。動きも阻害しないな。

 

「これなら、いざとなっても問題なく動けそうだ」


 馬車の外に出たら、遠目に城壁が見えた。

 

「お、おおお! あれが街か!」

「×××××××」

『はい。岩窟都市ドロテアです。8万人ほどの人が住んでいると聞いてます』

「岩窟都市? 何やら面白そうだな」

「××××××」

『説明するより実際に見られた方がよろしいかと。それと』


 ここで言葉をきったベルヴァが俺を見上げてニコリと微笑む。

 

「×××××」

『よくお似合いだと思います』

「え、本当に……」

「××」

『はい』


 いやいや、それはないと心の底から思うのだけど、お世辞なのか本気なのか分からないから曖昧に頷いておくことにした。

 喋っている間にも城壁がどんどん近くになってくる。

 話題を変えるために……という意図はなかったけど、思わず前を指さしていた。

 

「結構な高さだな。作りも石だよな、あれ」

「×××××」

『多少のモンスターでは突破することが難しいと思います』

「多少の……というのが気になるけど、これだけの城壁を築くのは大変だっただろうなあ」

「×××××」

『それもあって岩窟都市になったと聞いています』

「へえ。面白いな」


 街の歴史って面白い。ヒグマみたいな猛獣よりこれまで出会ったモンスターの方が遥かにパワー、スピード共に優れている。

 そんな猛獣を凌ぐモンスターが人里に……となると頑丈な防壁が必要だ。他国との戦争を想定してではなく、モンスター相手に堅牢な城壁が必要となるなんて興味深い。

 といっても過信は禁物だ。空飛ぶ蛇のようなモンスターは易々と城壁を通過するだろうから。

 城壁の上に物見らしきものもあるから、飛行するモンスターが接近した場合に弓を射かけることだってできるかな?

 街の人は身をもってモンスターの恐ろしさを知っているだろうし、あらゆるケースを想定して警備に当たっているのだと思う。

 城壁一つとってみても、街の人の息吹が感じられワクワクしてきた。


「××××××」

『私が対応いたします。ヨシタツ様は口を開かぬようお願いします』

「頼んだ」


 いよいよ街の入り口が目の前となる。

 馬車より二倍ほど高い入口の手前に門番? 守衛? らしき人が二人立っていて、止まるよう手で合図していた。

 時間帯なのか俺たちの前にも後ろにも並ぶ人はおらず、そのまま彼らの前で馬車を停める。

 

「××××」

「××××」


 ベルヴァが一言何か伝え、族長から頂いた書状を見せた。

 門番の男はパッと書状を見てすぐに「行ってよい」と彼女に伝えた様子。

 

 あっさりと門を通過した俺たちの馬車はいよいよ街の中に入る。

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