第13話 笛吹けば駄竜がのたうち回る

 塩と唐辛子に似た香辛料をパラパラと振りかけて食べたら、臭みが少しあるもののそれなりにおいしく頂くことができた。

 村で振舞われた料理に比べるとさすがに数段落ちるけど、これはこれで良いものだ。

 日本の食事に比べたらサバイバル感溢れる素材で大丈夫かなんて心配してたが、全くもって問題ないな。村の料理が口に合った時点で心配してなかったけど、ね。

 

 そうそう、駄竜以外は馬車の中で密着して眠ることになった。

 ベルヴァに気を遣って俺も外に出ようかとしたんだよ。だけど、だだっ広い真っ白の空間で寝るのはハードルが高かった。床もコンクリート並に堅いし。

 馬車の中の方が備え付けの座席に敷いた藁入りのクッションがあるからな。あと、屋根と壁がある方が断然落ち着く。

 背もたれが外れるようになっていてさ。外して前と後ろの座席をくっつけて水平にすることができるんだ。そこでそのまま睡眠できるってわけさ。

 ベルヴァ曰く、ベッドにできるタイプの馬車は二台しかないらしく、そのうちの一台を俺に譲渡してくれたらしい。それだけ、族長らが感謝してくれてたってことだな。

 インチキポーションで何だか悪い気がするけど、ポーションはチュートリアルバトルから手に入るわけだし、俺が生成したと言っても間違いじゃないよな?

 

 寝床の準備もできた所で、寝る前の癒しのひと時と行こうじゃないか。

 蜜柑くらいの大きさがあるナッツを見せて窓際で鼻をひくひくさせていたハムスターを呼び寄せる。

 

「さあ、ハムちゃん、寝ようぜ」

「××、××」


 ダメだ。やはり駄竜を連れてこよう。ベルヴァが何か訴えかけているのだけど、まるで分からん。

 ハムちゃんに餌を与える至福の時を過ごしていたら、彼女が口に手を当てもう一方の手で何かを指さしている。

 大きくてもハムスターはハムスターだなあ。ほっぺを膨らませて食べ物を溜めている。

 

『齧られてる、とベルヴァが言っておる』

「へ?」


 ああ、握っていたナッツが齧り辛かったのか。ハムちゃんが俺の指をカジカジしていた。

 このサイズになると二本の前歯もサーベルのように鋭いな。これもまたかわゆい。


「ベルヴァさん、ありがとう。ファフサラスを連れてきてくれて」

「××、××××」

『いえ。ヨシタツ様、齧られておりますよ』

「手を開けば大丈夫だよ。ハムちゃんは俺の指を食べたいわけじゃないからね」


 ナッツを食べやすいように手の平に乗せかえたら、ハムちゃんは俺の指から口を離しナッツをカジカジし始めた。

 

『何かと思ったら、間抜けにも指を齧られただけか。面倒だからここで寝る』

「××××」

『ヨシタツ様はいざという時に備えておられるのですよ』


 いざという時って何だろう。「ね」と目配せされても困る。

 

『別にどうなろうが、こやつのアイテムボックスに保管すればいいだけだろう』

「×××××」

『そこがヨシタツ様の思慮深いところです。非常食をなるべく大きくしておられるのです』

「待って。ハムちゃんは食べないって言ったよね!」


 ハッキリと言ったはず。

 「え、そうでしたっけ?」と二人揃って真顔になるなよな!

 空腹になって食べるものがなかったとしても、ハムちゃんを犠牲にするなんてことは有り得ん。

 そもそもアイテムボックスがあれば飢えることなんてまずないだろうに。

 

「××××××××」

『本気だったのですね……。失礼しました。ジャンガリアンは家畜ですので、冗談だと思ってました』


 微妙な空気に流れを変えようと頭を巡らす。

 お、そういえば。

 

「族長が馬車のみでも、ベルヴァさんがいれば大丈夫って言ってた……と思う。まさか、ベルヴァさんが馬車を引くってことじゃないよね?」

「××××××」

『引こうと思えば何とか引けますが、ヨシタツ様の足を引っ張るだけです』

「ひ、引っ張れるんだ……」


 あの細腕で馬車を引っ張るとか想像もできなかった。見た目だけで言えば俺も大概だけどさ。

 俺は日本にいた頃とそう体型が変わっていない。レベルという素敵な何かで異常に筋力が強化されているが、ムキムキにはなっていないので彼女も同じようなものなのかも。

 

「××××××」

『私は竜の巫女です。明日、お見せしますね』

「う、うん。無理しないでな」


 にこやかに返事をするベルヴァに頬が引きつる。

 ひ、引っ張るのか、馬車を。せめて、空荷にしておこう。

 

 おっと、外が明るいままだった。夜間モードをONにしたら外は月明かりかなという感じの暗さになる。

 横になるとすぐに眠気が襲ってきて、ハムちゃんを触りながら寝た。

 

 ◇◇◇

 

 明るさで目覚めるとファフサラスとハムちゃんはまだスヤスヤ寝ていて、ベルヴァは起きていて朝食の準備をしていてくれた。


「おはよう。ベルヴァさん」

「××××」


 駄竜がいないと言葉が通じないから不便だよな。だけど、身振り手振りってのも味があっていいと思う。

 昨晩と意見が違う? 聞こえない聞こえないぞ。

 ずっとは厳しいけど、朝のひと時くらいはいいかなって。


「××、××」


 上を指さし、もう一方の手の人差し指を瞼に当てるベルヴァ。

 何となく彼女の言いたいことが分かった。

 アイテムボックスの中にも昼と夜があるんですね、とか言っているのかな。

 夜間モードを使ってみてフォルダの便利機能を発見したんだ。夜間モードには自動OFF機能があってさ。寝る前に7時間に設定しておいた。

 そんなわけで自動的に明るくなり、眩しくて目が覚めたというわけなのだよ。時計がない現状、時間経過を計測するのにも使えそうだ。

 

 ご飯の香りに誘われてファフサラスが、続いてハムちゃんも馬車の外に出てきた。

 みんなで一緒に朝食を取り、アイテムボックスの外に。申し訳ないけど、ハムちゃんだけは元のハムちゃん専用のフォルダに移動してもらった。

 アイテムボックス内の生活空間をもう少し整えたら、時間経過有りのフォルダにハムちゃんも移そうと思う。

 現状、外だと彼はモンスターを誘引してしまうから、獲物を狩る時以外はアイテムボックスの中に入っててもらう。苦渋の決断だった……。

 

「んー」


 外の空気を吸って思いっきり伸びをする。アイテムボックスの中は真っ白で殺風景だろ。風を感じることもできないし。

 やはり、外は良い。大きく息を吸い込むと草の香りが鼻孔をくすぐった。

 ベルヴァも俺と同じように伸びをして屈伸をしている。

 

「ベルヴァさん、先に馬車を出そうか?」

「××、××」

『馬車は特に必要ありません』

「あれ、馬車のことは後からの方がよい?」

「×××、××」

『できれば今すぐの方が良いです』

「じゃあ、馬車を」

「××××」

『馬車自体は特に必要ありません』


 あれ、話が噛み合わないぞ。

 にこっと口元に笑みを浮かべたベルヴァは首から吊った革紐を引っ張る。

 胸元から犬笛? のようなものが出てきて、彼女がそれを唇にちょんと当て片目を閉じた。

 

「×××××」

『一つ聞かせてください』

「うん」

「×××××……?」

『ヨシタツ様は人間でよろしかったでしょうか……?』

「そ、そうだけど。他に何に見えるのかな……」

「××××。××××」

『人の姿を取った神聖な……いえ、何でもありません。人間でしたら私と同じで笛の音は聞こえません』

「キーンと大きな音が鳴るのかな?」

「××××」

『そう聞いております。エルフには聞こえるのだそうです』


 そう言った彼女は大きく息を吸い込んで、犬笛を吹き鳴らす。


『ぐうううおおおお。頭が……ぐはあ』


 駄竜がのたうち回っていたけど、駄竜だし別にいいだろ。

 どうやらとんでもなくキンキンする音が響いているようだ。

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