第12話 スローライフ空間
「××××?」
『アイテムボックスにですか?』
「うん。ファフサラスも一度入ったし、今はハムちゃんが中に入っているんだ」
「××××?」
『夜営を?』
「そそ。物は試し。収納するよ」
ベルヴァの腕に指先を当て、収納と念じる。彼女はすぐに了承したようで、この世界から姿が消えた。
んじゃ、俺も入るとしようか。その前に聞いておかなきゃ。
「ファフサラス、君も入るだろ?」
『仕方あるまい。肉はアイテムボックスの中だ』
「ほい、収納」
『我を邪蒼竜と知っての狼藉か。ぬお。おお』
毎回偉そうに叫ばないと入れないのかよ。彼の姿が消えてから俺もアイテムボックスの中に入る。
アイテムボックスの中は真っ白の空間が広がっている。ここは野営用に作ったフォルダの中だ。時間経過を有にしている。
明るさが普通なので、外の世界が暗がりに包まれようとしていても蛍光灯で照らされた室内くらいの明るさがある。
ベルヴァが馬車の御者台に登り、中の様子を見ていた。
一方、ファフサラスは仕留めたイノシシと熊を探しウロウロしている。
ふむふむ。やはり時間経過をONにすると中に入った生物が動くことができる。
「××××」
『こんな風に収納されていたんですね』
「うん。外と同じように時間が進むようになっているから、ここで朝まで過ごそう。外と完全に切り離されているから、モンスターを警戒しなくともいい」
ベルヴァが御者台から飛び降り、ストンと着地した。とことこと俺の元まで歩いて来て、満面の笑みで顔を上に向ける。
初めて見る彼女の屈託ない笑顔に少しドキリとした。こんな顔もできるんだなって。
緑の尻尾が上にピンと張っている。嬉しい感情の時はこうなるのかな?
「××××、××!」
『でしたら、アイテムボックスの中で暮らしていけるのでしょうか!』
「確かに……! 家代わりにはできそうだよな」
ポンと膝を打つ。安全な夜営に使えるかもと思ったけど、家をそのまま取り込めば場所に囚われない防犯も完璧な家になるぞ。
一方のベルヴァは両手を広げ、目をキラキラさせて興奮した様子で語る。
「××××、××××××!」
『土を敷いて、種を植えれば作物も育てることができるのではないでしょうか。それに、一面の草原にすれば、家畜も!』
「うまくいくか分からないけど、試してみる価値はありそうだよな。家庭菜園程度ならできるかもしれない」
「××! ××××!」
『是非お手伝いさせてください! 楽しみです!』
ベルヴァがこれほど乗り気になるなんて思ってもみなかった。畑を耕したり、家畜を育てたりするのが好きなんだろうか?
ハッとなってパタパタと枯れ木を一か所に集め始めた彼女の姿を眺め、頬が緩む。
アイテムボックスの中は外と違って難点はあるし、利点もある。
一つは光の問題だ。植物は太陽光で光合成をして育つ。蛍光灯程度の明るさでもものによっては育つは育つが、種類を選びそうだ。
あと二つ考慮すべきことがある。一つは風が吹かないこと。植物は自然界の環境に適応している。自然下では風が吹かないことは有り得ないから。
昔、海水水槽でサンゴを飼育していたことがあってさ。海の中は波があるので、海水を揺らしてあげないとサンゴが枯れてしまうんだよね。
地上の植物も同じように無風だとダメになるかもしれない。
最後は地面のことだ。
真っ白の地面は非常に頑丈で、レベルアップした俺が全力で叩こうが傷一つつかない。水を全く通さないから、上から土を被せたとしたら水はけが悪くなる。
ビルの屋上に造園するようなものなのかな? やったことがなかったし、興味もなかったので全く知識がない。
『おい』
利点は外敵が存在しないとか雨が降らない、一日中光を照らし続けることができるとかいろいろあるけど、フォルダによって時間経過のON/OFFを切り換えることができることだな。
冷蔵庫なんて必要ないし、料理だって作り置きしておけばいつでも出来立てほやほやを食すことができる。水の心配だってない。
何より、外でどこに移動してようがアイテムボックスの中に影響がないことだよな。まさしくチート。素晴らしい。
『肉を寄越せ!』
「うお、噛みつくなって! 何だよ急に」
駄竜が俺の脛に噛みつき、尻尾でベシベシと俺の足を叩いていたじゃないか。
しゃがんで彼を引っぺがし、白い歯を見せて威嚇する。
『さっきから呼んでおる。獲物をどこにやったのだ』
「すぐに出すからちょっと待ってろ」
二首イノシシと兜熊は別のフォルダに保管してあるんだよ。そっちは時間経過をストップさせている。
一度、アイテムボックスから出て「夜営フォルダ」にイノシシと熊を移動させた。更にハムちゃんも。
アイテムボックスに戻ると、ハムちゃんがお尻を振って落ち着きなく馬車の車輪の辺りの匂いをかいでいた。
初めての場所だと不安だよな。すまん、ハムちゃん。
ハムちゃんはこんなに可愛いのに、駄竜と来たら……。
「××、××!」
『寄越せ』
駄竜が翻訳をサボっているので、ベルヴァが何を言っているのか分からないけど、二人の様子を見たら察することができる。
ファフサラスが二首イノシシにがぶりとしようとして、それを彼女が阻止していたのだ。両手を広げ、首と尻尾をブンブン振って進もうとする彼を押しとどめている。
「××、××××!」
『寄越せと……ぬお』
駄竜の尻尾を掴み上げブランブランと宙吊りにしてやった。
「大人しくしてくれ。暴れるようだったら縛り付けるぞ」
『そのまま食せばいいではないか』
「そういうわけにもいかないんだって。毛皮やら角やら売れそうなものがあるだろ」
『仕方あるまい。秘宝のため、我慢しよう』
「素直でよろしい」
二首イノシシのそれぞれの頭には立派な角が生えている。サイのような太く短い角だ。
熊も頭と背中を覆う鎧のような骨は強度がありそうだし、街に行けば売れると思うんだよね。
「ベルヴァさん、俺は獲物の解体をやったことがないんだ。教えてもらえないかな?」
「××××」
『もちろんです』
ドラゴニュートの村では獲物と家畜の解体は老若男女問わずにやっていると聞いている。
彼女はファフサラスの元にいた時も肉を食べるために解体をしていたはずだし、お手の物かなと思ってさ。
お、おおお。
解体ナイフを手にテキパキと皮を剥いでいく彼女の動きに感嘆の声をあげる。
剥いだ皮に残った肉をヘラのような器具でそぎ落としていくのか。しっかりと駄竜が口を開けて待っているのには笑ってしまう。
そぎ落とした肉は余すことなく彼の腹の中に納まった。
あっという間に二体の解体が終わり、切り分けられた肉のうち一つを今晩の食事にすることになる。
駄竜がブレスの直火で焼こうとしたので、別の肉ブロックを彼に渡す。
『任せよ。薪などいらん』
ゴオオオとファフサラスが口から炎を吐き出し、肉ブロックが炎に包まれた。
香ばしいかおりが鼻孔をくすぐり、こんがり焼けた肉になる。
「やるじゃないか。こっちも頼む」
『任せよ』
何だかご機嫌だったので、全ての肉ブロックを彼に焼いてもらった。
一度アイテムボックスの外に出て、こんがり肉を3つ残し、他は「食糧保管庫」と名付けたフォルダに移動させる。
今夜は肉パーティだー。
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