第11話 ハムちゃん可愛いれす

 うんうん。あれなら、不慣れな俺でもすぐ分かるよ。

 そこの木の下にある膝上くらいの高さがある雑草が密集している辺りよな。めっちゃ揺れてる!

 これまでジャンプして着地しての時に飛んでいるトカゲにニアミスしたくらいで、モンスターが襲ってくるなんてことはなかった。

 たまたま遭遇しなかっただけとは思うけど、ね。モンスターだって生きるために食事が必要だったら、ある程度生息密度は限られる。

 

「こういう話を知っているだろうか。海中も含む、生物が単位当たりどれだけ住めるかってのを。リンがどんだけ含まれるのかってのが重要らしい。いいか……」

『お主が行かぬのなら我が仕留める。ただし、餌は我だけのものだ』

「なんだと!」

『正気に戻りおったか』


 俺は慎重で思慮深い男。だから、こうする。敵は一匹、繁みから出て来ようとしている。

 その答えは。

 

「うおおおらあああ」

 

 先手必勝!

 アイテムボックスから預かっている槍を取り出し繁みに向けて投擲だあ!

 あ、やべ。

 繁みの奥にいる生物が友好的な生物だったらどうしよう。いやいや、駄竜が餌って言ってたじゃないか。

 ダイジョブ、ダイジョブだよお。駄竜基準か……振り返るな。振り返らないのが若さだぞ。

 俺が理論武装している間に繁みの奥から悲鳴があがる。

 

「×××、××」

『ツインボアです、おいしいです』

『さっそく、焼くか』


 いつの間にあんなところまで。

 駄竜が口に加えて槍が突き刺さったでかいイノシシを引っ張って来ていた。

 イノシシはカバくらいのサイズがあって、頭が二つで不気味過ぎる。尻尾が長く、蛇のようになっていた。

 ジャンガリアンを抱っこしたベルヴァも駄竜と一緒になってイノシシを眺めているではないか。心なしか涎が出ているような気もする。

 

「待てええ!」


 ベルヴァごと抱きかかえて、ファフサラスから距離を取った。

 いきなりこんがり丸焼きとか何考えているんだ、こいつは。ハムちゃんに引火したらどうするんだよ。

 

「×××、××」

『あ、あの。少し恥ずかしいです』

「すまん。つい必死で」


 続いて今まさに火を吐き出そうとしたファフサラスを後ろからむんずと掴み、上に引っ張り上げる。

 ゴオオオ。

 炎が木を焼き、あっという間に灰と化す。直撃した木だけが燃え、他に燃え広がることはなかった。


『何をする』

「その火力で燃やしたら、イノシシが灰になって食べるところが無くなるだろうが」

『力を失ってから初だからな、調整が難しい』

「食べるのは後からにしよう。血抜きくらいしたい」


 この騒ぎでも誰も驚いて出て来たりしないから、見える範囲にドラゴニュートはいないだろ。

 ささっとイノシシを収納し、ついでに槍も回収する。

 

 カサリ……。

 顔が引っ付きそうな距離にいるベルヴァと目を合わせコクリと頷き合う。

 気が付いたのはほぼ同時。さっきのイノシシといい、狩る者としてこれでいいのか甚だ疑問だ。

 獲物に気が付かれないように近寄るのが基本じゃないのかよ。

 

 今度は熊っぽい奴だ。頭と背中に甲羅のようなものがついている。爪も鋭く、あれで踊りかかって巨体を生かし組み伏せる戦法かも。

 熊は真っ直ぐこちらへ突進してきている。

 

「××××」

『アーマーベアです』

「強いのかな?」

「××××」

『槍を頂けますか?』

「いや、ハムちゃんを少しだけ抱いていて欲しい」


 腕をグルグル回し、首を左右に振った。

 右足の先に力を込め、一息に加速。熊に向けて右ストレートを打ち込んだ。

 ドガアアア。熊がゴム毬のように吹き飛び、太い幹に激突する。

 幹が揺すられバサバサと葉が揺れた。ヒラリ、ヒラリと舞い落ちる葉が熊の体に乗るが、奴はピクリとも動かない。

 こいつも収納っと。

 

「ハムちゃんを狙ってきてるんじゃないか、これ。ヤギとかもこんな感じなのかな?」

「××……××××」

『連続で……ということは余りないと聞きます。ですが、モンスター遭遇率が格段にあがると聞いてます』

 

 仕方ない。

 アイテムボックスにハムちゃん専用のフォルダを作り、断腸の思いで彼を収納する。時間を停止させているから、飢えたりする心配はなしだ。


「邪魔は入ったが、これで問題ないだろう」

『既に何度も収納しているだろう? だったらいっそ全部収納してしまえ』

「本当はもう少し離れてから収納したかったんだけど……今更か」


 ファフサラスの言うことに一理ある。

 引っ張るのは苦ではないけど、身軽な方が断然動きやすい。

 馬車ごと収納し、手持ちが全て無くなってスッキリした。

 後は傍にいるベルヴァを抱っこしてっと。

 

「×、××」

『な、何を』

 

 驚く彼女ににこやかに微笑みかける。

 一方で駄竜が俺に火を吹きかけてきやがった。


「こら、火傷するだろ」

『脳を一度燃やした方が良いのではないのか?』

「な、何を」

『お主、飛ぶつもりだっただろ? 我は一向に構わんがお主は困るのではないのか?』

「あ……そうね」


 村人に収納するところを目撃されるかもと警戒していたってのに、飛んだら収納より遥かに目立つ。

 この距離だと村から双眼鏡で覗き込んだらハッキリと俺たちの姿が見えるはず。双眼鏡があれば、の話だけどね。

 ドラゴニュートの村は他と隔絶されているらしいから、俺の情報が漏れても大した影響がないと思う。しかし、普段から意識していないとすぐにボロが出る。

 俺の目的はなるべく力を隠し穏便に情報を集め、元の世界に帰ること。

 目立っていいことなんてないぞ。変な輩に絡まれるだけじゃなく、国の権力者にすり寄られたら身動きができなくなってしまうだろ。

 動くために力こそパワーの精神で、権力者の城ごと破壊する……何てことをしてしまったら街に入れなくなる。

 俺は英雄だ、勇者だ、なんてやっても百害あって一利なし。


 ◇◇◇

 

 結局、暗くなるまでてくてくと歩いてしまった。大自然の中を歩くことは新鮮で日本の森とは風景も全然違うから楽しかったんだよな。

 ベルヴァとファフサラスは俺を気遣ってか文句の一つも言わずについてきてくれた。

 決して、ジャンプでの移動が嫌なわけではない。わけではないんだ。大事なことなので二度。

 

 昼は小高い丘の上で村から頂いたサンドイッチを食べた。ファフサラスが肉、肉とうるさかったけど、メインディッシュは夜だろって納得してもらう。

 その後も散歩感覚で歩いていたら、日が傾いてくる。

 俺より夜営に詳しいベルヴァが「そろそろ、夜に備えましょう」と言ってくれたので、いよいよ初の夜営の準備を開始した。

 キャンプと違って固形燃料も無ければ、炭に火をつけるにしても着火剤なんてものもない。枯れ木を集めれる時はなるべく炭を置いておいた方がいいとの助言を採用する。

 ベルヴァに思ったことを言ってもらうのも中々大変だったんだよな。俺としては駄竜はともかく、彼女と俺の立場は対等でありたいと思っている。

 この世界未経験の俺が教えを乞う立場なので、決して上から目線にならぬよう肝に命じながら……。

 しかし彼女はそうではない。上司と部下……とまではいかないけど、俺を目上の人として扱ってくるんだよな……。彼女が俺のことを「ヨシタツ様」と言う限り、俺も意地張って「ベルヴァさん」と言い続けてやるんだからな。

 彼女なりの考えがあるのだから、「様」と呼ばれても何度も呼び捨てで呼んでくれというのも厳しい。だけどせめて、彼女には思ったことを伝えて欲しいと村から出る前に頼んだんだ。

 悩む素振りを見せたけど、俺が別世界の人間だと知っている彼女に自分は夜営なんてしたことがないことや、俺の住んでいた街にはモンスターや猛獣がいなかったことを伝えて納得してもらった。


「後は何かあるかな?」 

「××××」

『水も確保できるならした方が良いです』

「水は心配ないよ。村の湖の水を大量に汲んできたんだよ」

「××××!」

『アイテムボックスですね! すごいです』

「そのアイテムボックスで一つ相談があるんだ」


 ちょうど夜営の準備も終わると言う時に兼ねてより計画していたことを切り出す。 

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