第10話 時間の秘密
「な、何だこれ……こいつは……」
《フォルダ プロパティ
スタック しない
時間 停止
明るさ 標準
夜間モード 無
気温 固定(変更できません)》
アイテムボックスとは、武器でも防具でも何でも好きな量だけ保管できるものだと認識していた。
暖かいものは暖かく、の説明通り、アイテムボックスの中は時間が進まない。
一か八かの賭けで「意思を持った生き物である俺自身」を収納することもできた。
更にはフォルダの設定で時間経過や明るさまで調整することができるなんて。でも、待てよ。時間が停止したアイテムボックスの中で俺は動くことができた。
「たぶん、俺は例外なんじゃないかな」
『さっきからもぞもぞと煩いぞ。交尾がしたくてできず、一人興奮しているのか?』
「丁度いい。いや、少し待ってろ」
『なんだ? ドラゴニュートでも問題ないのか。するなら早くしろ』
なんてのたまいつつも、駄竜は顎をべたっと布団につけて目を閉じる。
動かれるのが嫌なら俺の腹の上で寝なきゃいいのに。
なんて愚痴を垂れつつも、プロパティをいじらないデフォルト状態のフォルダを一つ作成する。
デフォルトだとさっき見た通りだ。時間は停止で明るさが標準ってやつだな。
フォルダ名を「危険」と名付け、「邪蒼竜の必滅ブレス」とかいう中二病感全快のアイテムをフォルダの中に移動させた。
もう一つ、「夢のスローライフ」というフォルダを作成。こちらも時間経過を無しとする。
眠るファフサラスの尻尾を掴み、「収納」と念じた。
『我を邪蒼竜と知っての狼藉か。我を収納するだと? ぬ、ぬおお』
哀れファフサラス。アイテムボックスに収納されるの巻。
犯人はどこだー(棒)。
「よし、俺も行く。収納 自分自身」
フォルダもちゃんと指定して、懐かしのアイテムボックスの中に入った。
真っ白い空間は室内を蛍光灯で照らしたくらいの明るさだ。これが標準の明るさということなんだな。
さて、駄竜はどこに。
宙に浮いたまま固まっていた。
「やはり俺が例外ってことだったんだな。自分を収納して、動けなかったら詰んでいた。詰み対策で俺だけ動けるんだろう。たぶん」
ツンツンとファフサラスの蒼色の鱗で覆われた背中を突いてみたが、反応はない。
目がひらっきぱなしで、指を左右にしてみても目線が動くこともなかった。
思考も含めて完全に停止しているみたいだな。
一旦アイテムボックスの外に出て、ファフサラスをアイテムボックスから取り出す。
『ぬお、お?』
「どうだった?」
『どうとは何だ? 突然変な文言が頭に浮かんだぞ』
「ほお。教えてもらえるか?」
『お主だろう? 我にアイテムボックスを使っただろ』
ファフサラスに対して収納と念じた時、彼の頭の中にメッセージが浮かんだ。
《あなたを収納しようとしています。同意しますか? 5秒以内に回答がない場合は同意したとみなします》
ふざけたメッセージだ。俺を舐めるなと怒り心頭でグダグダ言っている間に5秒経過し、収納されたみたいだ。
「んじゃ、もう一回。収納されてくれるか?」
『拒否する』
「そう言うだろうと思った。明日、試してみようかな」
『勝手にしろ』
ファフサラスは「もう邪魔するなよ」と尻尾を振り上げて意思表示をする。
「分かった、分かった」
応える代わりに彼は尻尾を降ろし、目を閉じた。
眠くなるまでフォルダを弄って遊ぶとしよう。
◇◇◇
ピンクがかったクリーム色のふわっふわの毛に両手を埋めると、自然と頬が緩む。
う、うーん。触れているだけで癒される。転移する前に飼育していたハムスターにそっくりだ。
鼻のひくひくもたまらん。ただこいつは明らかにハムスターではない。げっ歯目最大のカピパラより大きいかもしれない。
前脚の根元に手を通して持ち上げると、にょーんと体が伸びてニヤニヤが止まらなかった。
「××××××。×××」
『もう少し大きくなります。食べるのはもう少し待たれた方がよいかとおもいます』
肉付を観察していると勘違いしたベルヴァがとんでもないことをのたまう。
「ダメだ! 食べるなんてもってのほかだ!」
「××。××」
『なめして毛皮にすることもできます』
「あ、あれか。昨日ベッドにあった毛皮の布団は……ハムちゃんの……」
な、なんてことだ。で、でも。ふかふかで気持ち良かったのは事実。
大きなハムスターことジャンガリアンを入手した経緯は少し時がさかのぼる。
ベルヴァがポーションと交換で準備してくれたアイテムは想像の斜め上をいっていた。
今俺が乗っている馬車に加え、ランタンやら炭などの夜営に必要な物から調理器具や調味料まで馬車の中に積み込まれていたのだ。
更には毛布などの寝具まであるじゃないか。
しかし、馬車はあるが馬車を引く馬はいない。一応街までの道は悪路であるものの馬車が通れるよう最低限の整備はしているとのこと。
そうだよな。街まで行って仕入れをしてくるって言ってたから、馬車があるとないじゃ運搬量に雲泥の差が生じる。
馬車の積荷を確認した後は、家畜小屋に案内されハムスターことジャンガリアンを発見したんだ。こいつがいいと即決して、ジャンガリアンをもらい受けた。
ジャンガリアンってのは種族名で、家畜化された動物の内の一つなんだって。
彼らが飼育していた家畜はヤギ、ジャンガリアン、草食竜という牛のような爬虫類の三種だ。特にヤギが貴重だそうで、弱いヤギはモンスターから格好の餌食にされてしまう。
自分達だけじゃなく、家畜を護るためにも強固な壁は必要だと族長が言ってた。
『動かぬのか?』
パタパタと宙に浮いたまま馬車に入って来たミニドラゴンが俺を誘う。
「そうだな。もう少し村から離れたい。荷物も重たいし。ベルヴァさん、ハムちゃんを見てて」
「××」
『はい』
やるかー。馬車はある。しかし、引っ張る馬はいない。
ならば、俺が引くしかあるまいて。
引く馬がいないのに何で馬車だけくれたんだろうって疑問が浮かぶ。
族長は他のものをお渡しした方がって態度だったのだけど、ベルヴァも付き添うと分かって納得したようだった。
生憎、馬も騎乗竜とやらも余裕がないみたいで。モンスターに襲われてやられるケースが多く、先日も馬が二頭喰われたとか何やら。
怖い。異世界怖い。村の外にいるモンスターたちは普段何を食べて生きているんだろう……。
これくらいの馬車ごとき、俺に引っ張れないわけはないんだぜ。は、ははは。
よっこいせー。力を入れなくても軽々動く。レベルアップ舐めるなー!
『お主、アイテムボックスを使わないのか?』
「使うためにもう少し村から離れたいんだよ」
ガラガラと車輪が回り、馬車が進む。
んだところで、駄竜とベルヴァが同時に声をあげた。
「そこの繁みに何かいます」
『餌が来たぞ』
まだ村から30分と進んでいないってのにさっそくモンスターがいらっしゃったみたいだぞ。
ハムスターは俺が護る。
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