第6話 最もはやい移動手段
「××! ××!」
『高い! 高過ぎます!』
大丈夫だ。問題ない。
この程度の高さはアイテムボックスの中で何度も試したからな。俺は慎重な男。ぬかりはない。
慣れる前に高く飛び過ぎて意識が飛びそうになったのはいい思い出だ。
現在の高さはだいたい200メートルってとこか。ここまで高く飛ぶと障害物は何も――。
う、うおお。壁だあああ。
切り立った崖が目前に! 体を丸め、崖壁を蹴る。
ガラガラと物凄い音を立てて崖壁が崩れる音がした。結構派手に破壊してしまったかも。
高いところだからといって油断したらいけないな。今度は油断していないぞ。
前方に翼の生えたトカゲが飛んでいて、俺たちに狙いを定めていることをちゃんと見ている。
あれに乗れないかな。
「××! ×××」
『フェイロンです!
「乗れるかな?」
『奴はお前を捕食しようとしているぞ。お前、まずそうなのにな』
好き勝手言いやがって、この駄竜が。ベルヴァを見習って解説でもしてろよ。
フェイロンとやらは間抜けにも大きな口を開いて突っ込んでくる。
崖の形を変えてしまうほど踏み込んだ俺の速度を舐めちゃいけない。ぐんと上に足を振り上げ、フェイロンの頭に踵落としを喰らわした。
破裂するようにフェイロンの頭が砕け、残った体が落ちていく。
俺も一旦降りるか。
ストン。
地面に衝突した時の衝撃でバラバラに砕けたフェイロンの肉片から少し離れたところへ降り立つ。
「××××……」
『無茶苦茶です……』
「これが一番安全で速いと思ってさ」
降ろすなりペタンとその場で座りこんでしまったベルヴァが首を振り口を尖らせる。
空を飛び跳ねるのは一見大胆に見えるが、その実一番効率がいい。迂回せず真っ直ぐ進むことができるし、悪路もなんのそのだ。
といっても、どこでもこの手が使えるわけじゃない。ベルヴァの反応を見る限り、飛び跳ねて進むのは非常に「目立つ」からな。
「村まであとどれくらいだろう?」
「×××。××」
『あと二回。いえ、二回だと飛び越えてしまいます』
「なるほど。ベルヴァさんとついでにファフサラスにも相談したいことがある」
慎重な俺は考えた。このまま彼女の村に入っていいものかと。
ベルヴァは竜の巫女……生贄である。そんな彼女が村に戻って来た。まさか「里帰りです」なんて言うわけにはいかない。
「――とまあそんなわけで、ベルヴァさんが村に戻ることができた設定を考えておきたいんだ」
「×××、××」
『蒼竜様が倒されたので、帰ってきました、でいいんじゃないでしょうか?』
『我は死んでおらんぞ!』
彼女の発言を繰り返して、自分で突っ込むとか器用な奴だな。
まあまあ、と齧りつきそうな勢いのファフサラスと彼女の間に腕を突っ込み宥める。
「俺もファフサラスが倒されたってのはちょっとなと思ってて。『倒したのは俺です』何て言ったら、目立つなんてもんじゃないだろ」
「×××、××」
『英雄様の誕生です。村は英雄様の偉業を未来永劫語り継ぐでしょう』
「ぞっとする。英雄だと担がれて寝首をかかれかねん。身動きもとれなくなるだろうし」
彼女の手前もっともらしいことを言ったのだが、本心は異なっていた。
ファフサラスはベルヴァたちドラゴニュート族を含むこの地域の絶対支配者だ。彼が倒れたとなると生贄を差し出していたドラゴニュートは彼女のように素直に喜ぶかもしれない。
だけど、二番手、三番手の魔物だったらどうだ? 地位の空白を狙って争い始めないか?
秘宝を探したいという俺にとって、地域が荒れるのは好ましくない。更に俺が倒したなんて噂が流れてみろ、魔物から狙われるなんて厄介事に巻き込まれ街にも行けなくなりかねない。
魔物にとっては街とか村とか関係ないからな。
『お主が言い出したことだ。考えがあるのだろう?』
「まあな」
ファフサラスの問いに頷く。
ふ、ふふふ。当たり前だろう。よくぞ聞いてくれた。
「ベルヴァと同じく新たな生贄になったフリをしてファフサラスの巣に侵入した俺が食事に忍ばせた睡眠薬で、駄竜は眠りこけ。その間に脱出した」
「××!」
『すごいアイデアです!』
「ただ眠らせたわけじゃなく、ちょっとやそっとじゃ起きない秘薬ということにして。数ヶ月は起きて来ないから村に戻って来たってのはどうだ」
両手を合わせて目を輝かせるベルヴァとは対称的に駄竜は「はああ」とため息と共に小さい炎を吐く。
『お主、慎重だ慎重だと言うわりに頭は残念なんだな』
「なんだと」
『娘は村に戻りたいのだろう? 立ち寄るだけじゃあるまい。眠るとなれば、「起きる」までに我が住処まで戻らねばならぬぞ?』
「あ……」
そうだったああああ。ベルヴァが村へ戻ってきました、その後は……のことまで考えていなかった。
そうだよな。ファフサラスは空をひとっ飛びすればドラゴニュートの村まで到達できる。
怒りに任せたエターナルフォースブリザードで村が蒸発、なんてことを村人が恐れるのは想像に難くない。
『お主は我を連れ回しているというのに、我を使おうとはしないんだな』
「翻訳をしてくれて、暴れまわらなければ食べ物の面倒くらいは見ようと思ってる」
『全く……お主一人に任せていては進むものも進むまい。よいか?』
とファフサラスは自らの考えを述べる。
ファフサラスは巨竜からミニドラゴンの姿に変わった。誰もミニドラゴンを見て邪蒼竜ファフサラスとは思わないだろう。
だが、小さくなったとはいえファフサラスの「頭の中に直接語り掛ける能力」は失われていない。
ドラゴンを始めとした竜族で彼のような能力を持つ者は稀の稀なんだってさ。
そこで、ミニドラゴンが邪蒼竜ファフサラスの使者ということにする。彼が村人に生贄が必要なくなったからベルヴァを連れて来たと言えば収まると言うのだ。
理由も言わずにいいのかよと思ったが、恐るべし絶対王者「邪蒼竜ファフサラス」に理由を問うなどできようもはずがない。
必要ないと彼の使者が言えば、それが絶対となるのだ。
「ぐうの音も出ない……頼んでいいのか?」
『我はとっとと力を取り戻したいからな。ドラゴニュートに語り掛ける程度わけもない』
「助かる」
『ふふ。もっと褒めたたえよ』
素直に感心したが、こいつに対する警戒心を緩めたわけじゃない。
こいつは俺の命を狙っていた。今は力を失い、俺には敵わないと大人しいが、利害が一致しているから協力しているだけ。
油断しないよう肝に銘じておかないと、大怪我をするかもしれないから。
「それじゃあ、方針が決まったところで向かうか」
『その調子で秘宝は集まるのか?』
「安心しろ。村や街で情報を集める手段は考えてある。まずは金だ」
『ニンゲンやドラゴニュートらが物々交換に使うものだったか』
「そう。情報も金で買えたりするし。行商をやろうと思ってるんだよ。お客さんや仕入れ先からも情報を得ることができるからな」
『回りくどい。お主の力ならニンゲンどもの街をちょいと破壊し、「皆殺しにされたくなければ秘宝を出せ」と脅せばいいだけだろうに』
何という恐ろしいことを。
人の道に外れたことはしたくない。俺には俺のモラルってのがあるから。いくら強くなったとしても、自分の倫理観に反することはしたくない。
強さに溺れ、奢れば、それが油断となり慢心となる。自己を律せぬ者が無事に目的を達成できようはずもない。
寝ている間に刺されてあの世行きってところじゃないか。
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