第7話 ドラゴニュートの村

「××××」

『ここです』

「ほええ」


 意外過ぎる村の入り口に変な声が出てしまった。

 垂直に近い岩壁がででーんとそそり立っているのだ。ポッカリと穴が開いていて、ここが入口とのこと。

 特に門番なんてものもなく、穴の中は馬車がギリギリ通れるくらいの横幅で、少しうねっていたがすぐに反対側に出る。

 

「お、おお」


 洞窟を出るとのどかな村の景色が目に映った。

 家は石造りのドーム型で、俺の知っている建物に一番近いのはイグルーだ。

 イグルーは確かカナダ北部のツンドラ地帯で使われている住居で、カマクラを大きく立派にしたような作りをしている。

 イグルーの材質は雪と氷で石ではないけどね。こちらのドーム型住居は窓もあり、入口の作りも違う。イグルーのように風雪を避ける必要がないから、ドームに扉が取り付けられている。

 

 家は密集しておらず、それぞれの家庭が小さな畑と厩舎のような小屋を備えていた。

 小屋は簡素な作りで全て木製かな?

 切り立った岩壁に石造りの家と、何だか秘密の隠れ里にでもきたような気持ちになって、テンションが上がりっぱなしになっている。

 絵本で小人の住む村とかこんな感じなのかもしれない。強制的に召喚されて散々な目にあったけど、初めて来てよかったと思える景色を見ることができた。

 

「×××?」

『変、ですよね?』


 先導するベルヴァが顔だけを後ろに向けて儚げに微笑む。


「そんなことない。さっきから興奮しっぱなしだよ」

「××。××」

『ヨシタツ様くらいです。そのようなことをおっしゃるのは』

「そうなのかな。本心からなんだけど」

「××、××××……」

『ここは人間の街のように立派な建物なんてありませんから……』

「理由があってのことだろ? 地域地域で適した住居ってのがあるものだから」


 思慮深い男である俺がそのようなことに気が付かないとでも?

 岩壁に石のドーム型住居となると、答えは資源の枯渇が有力だ。円形にすれば使う石の量も最も効率が良いし、崖を村を護る城壁代わりに使えば柵を作る必要もない。

 木材の方が労力がかからず家を作ることができるけど、石より痛みが早い……と思う。

 思案する俺のことを察したのか彼女が苦笑しつつ口を開く。

 

「×××、××××」

『蒼竜様の領域は大型の魔獣が多く、崖を利用し、空や湖側から侵入してきた魔獣対策に頑強な岩を使って家を作っているんです。住み辛く不格好な円形なのも耐久性からです』

「や、やっぱり、そうか、はは」

『お主、考え違いをしていただろう?』

「そんなことあるか! ほら、入口の洞窟が真っ直ぐじゃなかっただろ? あれも魔獣対策なんだろ?」

「××××」

『その通りです』


 駄竜に見透かされてしまいそうになるとは……俺もまだまだだな。

 きっちり誤魔化したから問題ない。

 ベルヴァなんて感心したようにうんうんと頷いているぞ。


 彼女と同じように額から角が生えた村人の姿も見えてきたが、彼らは皆、こちらを遠巻きに様子を窺うだけで近寄ってこない。

 久しぶりに生贄になったはずのベルヴァが帰ってきたのだから、挨拶の一つくらいしてもいいものなのに。

 俺という種族の異なる者とミニドラゴンがいるというのに、誰も何も言ってこないのは普通ではない。怪しい者がいたら、職質くらいはするもんだろう?


「××××」

『族長のところに行きます』


 ◇◇◇

 

 族長宅も他の家と同じで石のドームになっていた。大きなドームと二回り小さなドームを二つ連結させた作りで、小さなドームは部屋として使っているんだそうな(ベルヴァ談)。

 族長の家となると、俺たちのような客が訪れることも多いから、部屋も必要だとすぐに理解した。大きなドームは来客や会議で使い、小さなドーム二つは族長一家の居住スペースということだな、うん。

 

「××、××」

「××、××××」

『うむ。邪蒼竜ファフサラスは我に全権を任せている。我が良いと言えばファフサラスの言葉と理解しろ』

「××、×××」


 族長は涙を流し、両膝を床につけ感謝している様子。ベルヴァももらい泣きしている。

 駄竜はふんぞりかえって偉そうに語っていた。

 俺? 俺は蚊帳の外だよ、こんちくしょう。

 族長の家に入る直前に気が付いたんだよね。ベルヴァがさ。

 俺は人間だからドラゴニュート族の言葉が理解できなくても不自然ではない。だけど、村から一番近い街は住民の多くが人間である。

 ドラゴニュート族は稀にであるが、街に買い出しや行商をしに行くことがあるそうだ。何が言いたいのかというと、族長は街の人間が使っている言語を喋ることができるってこと。

 彼に人間の言葉で話しかけられたとしても、俺には「×××」にしか聞こえない。じゃあ、お前は一体どこに住んでいた人間なんだよって疑惑が生まれるだろ?

 なので、黙っていることにしたんだ。同じ理由で、ファフサラスのリピートも無しになった。

 

 どんな会話をしているのかファフサラスの言葉から断片的にしか理解できない。だけど、彼らの様子を鑑みるに、作戦はうまく行っていると思う。

 

『終わったぞ』


 お、おお。

 ベルヴァに向け「先に行く」と目で合図を送り、ミニドラゴンの尻尾を掴み外へ出た。

 厩舎の裏に隠れて、こそこそと彼に囁く。

 

「それで、どんな感じだったんだ?」

『失礼な持ち方を何とかできんのか?』

「まあ、それはそれで。抱きかかえるとトゲトゲが刺さってむずむずするんだよ」

『概ね、計画通りだ。今後、竜の巫女が差し出されることはなくなる』

「怒ってるだろ、でも、すまんな。竜の巫女には反対だ」

『我としてはどちらでもよい。むしろ邪魔な存在だった』

「なら、とっとと追い返しておけばよかっただろ」

『我がわざわざ村に出向き、竜の巫女は必要ないなど言う必要性も感じなかった。ドラゴニュートの方も竜の巫女が必要だったというわけだ。思慮深いお主なら説明せずとも分かるだろうて』

「ま、まあな」


 待てー、待てえ。考えさせろよお。

 慎重に慎重を重ねる俺は普段から何十パターンも想定しつつ事に挑んでいる。

 ……。

 …………。

 

「あ。分かった。竜の巫女を差し出すことにより、村が襲われることはないと思いたかったんだな」

『そんなところだ。我が断れば、あ奴らは恐怖したことだろう。今回の計画のように使者を立てて伝えれば別だがな』


 闇が深い。

 贈り物を受け取って、大事にしているうちは村が安全だと妄信していたわけだな。

 ファフサラスにとってドラゴニュートは取るに足らない存在で、脅威にも思ってなかった。興味がないから、村をわざわざ襲撃しに行くなんてこともしない。

 巨大な力を持つ故の悲劇だったというのが、竜の巫女の真相だ。

 今後は新しい竜の巫女が贈られることもなくなるし、悲劇はもう起こらない。

 

 ちょうど俺とファフサラスの会話が途切れたところで、ベルヴァが族長宅から出てきた。

 

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