第5話 何もない

「……何もないじゃないかよ!」


 天井が崩れた大広間以外にはベルヴァの住む部屋しかなかった。大広間もファフサラスの巨体で後ろが見えなかったが、彼のいた後ろ側の壁がまるっとなく、外が見えていたのだ。

 あの巨体が屋内に入るにはこうでもしないと無理か、と納得した。

 ベルヴァの部屋にあったのは彼女の替えの服と僅かな日用品とベッドくらいで、金目のものは見当たらない。

 ドラゴンだったら財宝を集めているのが定番じゃないのかよ。

 

「××」


 ん。ちょいちょいとベルヴァが服の袖を引っ張ってくる。

 ファフサラスの奴はどこにいったんだ? いたいた。彼は初めてであろうベッドのど真ん中でゴロゴロして様子を確かめている様子。

 

『余り良い寝床ではないな』

「ふかふかのベッドくらいお前が用意してやりゃよかったのに」

『我にドラゴニュートの寝床など作れるわけがなかろう』

「確かにそうだな」


 サイズが違い過ぎる。ベルヴァの使っていたベッドはセミダブルくらいのサイズだけど、元の巨大ドラゴンの姿だとしたら片足の先くらいだもんな。


『時にヨシタツよ。ふかふかとは何だ?』

「え、いざ説明するとなると難しい。押しても心地よく押し返してくれるような?」


 服の袖から手を離したベルヴァがストンとベッドに座ると、すっと頭を下げる。


「×××」

 

 彼女がファフサラスを呼びかけると彼は転がって彼女の傍までやってきた。体を捻って両手で彼を掴んだ彼女は自分の膝の上に乗せる。


「×××」

『ベッドよりはマシだが。全身を埋めねばイマイチだな』

「それなりに働いてくれたらふかふかのクッションを買ってやるよ」

『そいつは楽しみだ』


 意外なところで彼の興味を引くことができた。働いてもらうには何か嬉しいご褒美がないとやってられなくなるものだ。

 俺だって給与を貰うから仕事をしているわけで、ただ働きなんてまっぴらごめんだよ。

 こいつだってそうだろう。俺から強制されて動いているだけでは不満ばかりが募り、いつか破綻する。

 それにしてもこいつ……女の子の膝の上がイマイチとか何なら俺が代わってやってもいいんだぜ。

 彼女のスラリとした太ももは――。


「何考えてんだよ俺! どこかに案内してくれようとしてたんだよな?」

「××××、×××」

『小さい畑があるので、食べられるものは持って行きませんか?』


 部屋にある勝手口から外に出ると、彼女が一人で耕しただろうこじんまりとした畑があった。

 畝のところで中腰になった彼女は大根のような葉っぱをうんしょと引っ張る。彼女の動きに合わせて緑色の尻尾が上にピンと伸びた。

 気になる。尻尾でスカートがまくれあがって目のやり場に困る、とか思っただろ。そうじゃない。

 スカートに切れ目が入っていて、全く持って無事だ。尻尾が生えた人って見たことがないから、どうなってんだろってね。

 後ろからでもピンク色かかった灰色の髪から見え隠れする角も触れてみたい。歯のように硬いのかな?

 

「全部アイテムボックスに収納するから、量を気にせず持って行きたいだけ持って行こう」

「××! ×××?」

『素晴らしいスキルですね! 土と肥料も少し持って行ってもいいですか?』

「もちろん。種もあれば」

「××」

 

 後ろ姿からでも彼女の感情は窺い知れる。竜の巫女とかいう生贄から開放されたことを噛みしめているのだろうか。

 彼女の了解を取ってから畑作業を手伝う。

 大根のような葉っぱを引っ張ったら土の中からはカブに似た植物が出てきた。

 土を払って見てみたら、上半分が黄色で下半分が白だった……俺にも食べられるのかな、これ。

 ん、待てよ。よくよく考えてみたら、別に引っこ抜かなくてもいいんじゃないのかな?

 

 アイテムボックスと念じたら、これまで収納したアイテムの一覧が表示された。

《アイテム一覧

 ポーション(低級)

 始まりのダガー

 ポーション(低級)

 ……》

 以下ずっとポーション(低級)が並んでいる。

 まとめることはできないのかな、これ。

 ちょんちょんと指で画面をタップするイメージを送ったら、「スタックしますか?」とメッセージが表示された。

 もちろん「はい」だ。


《アイテム一覧

 ポーション(低級)9999万

 始まりのダガー

 空瓶 1万

 イエローターニップ》

 

 黄色いカブはイエローターニップというらしい。確か英語でカブのことをターニップと言ったはず。まんまじゃないか。

 アイテムボックスは日本語で表示されているから、現地の言葉を翻訳したのかもしれないな。どうせなら文字だけじゃなく言葉も翻訳してくれよ。


《イエローターニップ

 説明:生食はできない。煮て食べよう》

 

 選択したらポーションと同じように説明文が出た。

 アイテムボックスの中にいた時より扱いやすいな。アイテム一覧から選択するだけだ。実物に触れずとも良い。

 逆に外だと実物に触れてもアイテム名と説明文が脳内に浮かぶことはない。確かめるためには一度アイテムボックスの中に収納する必要がある。

 

「カブは俺がやっちゃうよ。ベルヴァさんは指示を出してもらえるかな?」

「××」


 ん? と首をかしげる彼女の前で、土に埋まったカブの葉へ手を触れた。

 収納と念じると、掘り起こさずともカブが姿を消す。

 「な」と目配せすると、少し間が空いてから彼女がコクリと頷く。

 

 その後は彼女の指示に従って、種やら土やらを収納する。忘れちゃならないのは飲み水だ。これも500リットルほど収納しておいた。

 残すところは彼女の部屋だけであるが、彼女からの申し出でベッドや家具は置いていくことに。

 いくらでもアイテムボックスに収納できるから、量を気にする必要はない。彼女とてそれが分かっている。その上で置いていくというのだから、ここに置いていくことに意味があるのだろうと、詮索はしないでおいた。

 

「服はどうする?」

「××××」

『ヨシタツ様は必要ですか?』

「いや、俺は一応男だし、スカートはちょっと……」

「××××」

『承知しました。運んで頂いてもよろしいでしょうか』

「もちろん。袋か何かに詰めれるのなら、まとめてもらえると」


 リネンの口が締まる袋に衣類を詰め込む彼女であったが、予備に一着持っているだけだったらしく、すぐに作業が終わる。

 服さえこれだけしかないなんて、彼女の過酷な生活に胸がチクリとした。

 食糧は自給自足、服は予備の一着限り、コンロもなければ風呂もない。

 かといってファフサラスに察しろと言っても無理な話だと今なら分かる。何せドラゴンだからな。ベッドのことも知らなかったようだし。

 

 馬車や荷台があれば持って行きたかったけど、残念ながら追加で収納したのは日用品だけだ。

 必要な物資は彼女の村で手に入ることを期待しよう。

 

「さて、これで準備完了かな」

『我はそもそも何も必要ないからな』

「×××」

『私も忘れ物はありません』


 よっし。では行くか。


「周辺にいくつか村があるのかな?」

「×××」

『一番近い村が私の住む村です。その次にとなると、徒歩であれば三週間以上の距離になります』

「ベルヴァさんの村は徒歩でどれくらいなの?」

「××××××」

『三日……この時間からですと四日でしょうか』

「ごめん。触れるよ」

「××!」


 ベルヴァがきゃっと悲鳴をあげる。

 俺が彼女を抱きあげたからだろうな。決してやましい気持ちで彼女を抱っこしたわけじゃない。


「ファフサラス。俺の脇の辺りに」

『ふむ。ぐが』

「すまん、首を挟んだ」


 位置を調整して、彼の胴を右腕と俺の胴の間に挟み込む。


「×、×××」

『と、突然何を』

「俺が走るのが一番速いと思って。村の方向はどっちかな?」


 あっちか。彼女の指さす方向に向けて高く跳躍する。

 ここは切り立った崖の上だった。なので、走るより飛んだ方が速いんだぜ!

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