第4話 異世界だから言葉が通じません
「そこの子と会話をしたい」
『貴様……お主らニンゲンやドラゴニュートは音を発して意思を伝えるのだろう? 好きにしろ』
「会話をする許可じゃなくて。意思疎通ができないって言ってんだよ。国や種族が違うと言語が異なるんだ」
『これだから低俗……こ、個性があってよいではないか。しかし、残念ながら我の叡智をもってしても我が理解できぬ発声する言語なるものはどうにかできぬ』
睨みつけたら言い直すところが笑える。
ファフサラスは嘘をついていないと思う。こいつの言うことは筋が通っている。
頭の中に響く奴の言葉は言語に関係なく理解できるし、奴も俺や女の子の言語が異なろうと理解できるのだ。
言語の違いという発想がそもそもないから、翻訳という概念も持ち合わせていない。
「なら、あの子が喋る言葉と俺の喋る言葉をお前が繰り返せ」
『低……わ、分かった』
じっと俺とファフサラスの様子を窺っていた女の子へ向き直る。
「俺は叶良辰、君は?」
言いつけ通りファフサラスが俺の言葉を繰り返した。
彼女も状況を察したのかコクリと頷く。
「××××」
『竜の巫女ベルヴァです』
「竜の巫女ってことはこいつに仕えていたのか?」
『竜の巫女は蒼竜様に捧げられる供物です』
ほうほう。
悲壮な顔で微笑む彼女の達観した様子に胸がチクりと痛む。
心からファフサラスの役に立ちたい、仕えたいと思っているのか怪しいところだな。
むんず。
ファフサラスの尻尾を掴み上げる。
「こいつに気を遣わなくていい。供物ってのはこいつが君の住む村なり街なりを護るためとかか? それとも君たちのシンボルがこいつなのか?」
「……」
彼女は口をつぐんだまま、困ったように目を泳がせた。
この駄竜がまだ怖いんだろうか? 小さくなったこいつから感じ取れる力がガクンと落ちた。
角が折れたから稲妻は放てないだろうし、ブレスもミニミニサイズで鍋を暖めるに役に立つくらいじゃないのか?
「ん、こいつがまだ怖いのか? だったら、翼をもいでおくか」
『ま、待て! な、話せば分かる』
「俺の言葉を復唱しろと言っただろ。彼女に伝わってないぞ」
『や、やる。やるから。待て』
彼女は目をぱちくりさせ緊張の糸が解けたのか、その場にペタンと座り込んでしまった。
超然と振舞っているように見えたが、ファフサラスも俺や他の動物と同じで世界の為とかそういう高尚なものは持ち合わせていない。
俺と同じ俗物だ。自分の命が一番可愛いし、生き汚くても生き抜いてやるという強い意思を持っている。
信仰心を抱くような存在じゃあない。超然とした存在であったのなら、翻訳の手伝いなんてせずに最後まで毅然とした態度を崩さなかっただろう。
ファフサラスのビビる様子を見て彼女も少しは安心したのか思いの丈をぶつけてくる。
「×××! ××!」
『生きたい! 私は死にたくないです!』
「ファフサラスが生贄を求めることはもうない。こいつも小さくなってしまったら、そこらの動物と変わらないだろう」
「×××、××」
『確かに力の大半は失われました。ですが、村人全員と互角……いえ、それ以上の力を持っています』
ふうん。そうは見えないんだけどなあ。
ミニドラゴンでもまだ脅威ってことなら。
「やっぱ、翼をもいでおくか?」
『お主の命を聞いているだろ! こら、我の翼に触れるでない』
確かに。言う事を聞いたら開放すると言った。だが、ファフサラスよ。俺は何も「無傷で開放する」とは言ってないんだぜ?
……。やめよう。これこそ力を持って奢り高ぶっているってことだよな。
ファフサラスが俺にやったことと同じになってしまう。あいつと同じになるのは嫌だ。
「ベルヴァさんは村に帰りたい?」
「×××」
『はい。両親のお墓に行きたいです。村に蒼竜様のことも伝えたいです』
「ファフサラスのことはまだ伝えない方がいいと思う。もう少し待っててもらえるか」
彼女の手を取り、起き上がらせる。同時にファフサラスの尻尾から手を離してやった。
彼女の事情が分かったところで、本題に入るとしよう。
「ファフサラス。俺を元の世界に戻せ」
『不可能だ』
「なんだと……」
『嘘ではない。本当だ!』
立ち上る俺の怒気にファフサラスはまくし立てるように言葉を続けた。
『召喚の儀には我であっても10年の準備が必要だ。召喚とは逆……異次元へ転移するにも同じかそれ以上の魔力が必要だ』
「儀式とやらのやり方は知っているのか?」
『知っている』
「お前以外にも召喚の儀を行える者は?」
『……恐らくいるだろう。十二将ならば知っていてもおかしくない』
こいつ本気で言ってるのか。いや、承知の上か。
「素直に真実を伝えたことは評価するよ。ここで『いない』と断言しておけば俺がお前の息の根を止めることはなくなるってのに」
『ぐ、ぐう』
「安心しろ。今後も正直であってくれよ」
『今後とは何だ』
「必要な魔力って奴をかき集めればいいんじゃないのか? その時お前に元の世界へ送ってもらわないとな」
『な……』
「リスクは承知の上だ。お前に送ってもらうということはお前が10年かかる魔力をお前が手に入れるのだから。元の力以上になるんじゃないのか」
『ほう……そいつは面白い。十二将が一柱など我には相応しくないと思っていたのだ』
魔力を集める案に対し、具体的には何も考えがない。
ゲームっぽい世界だし、魔力の源的なアイテムがあるんじゃないのか?
「ファフサラス、ベルヴァさん、魔力を増幅するようなものってあるのかな?」
『我の力の源を修復するには回復魔法では不可能だ。秘宝ならば』
「角を修復したら暴れそうだな」
『約束しよう。たとえ力を取り戻したとしても、お主を送るまでは従う』
「俺がいなくなった後は?」
『上を目指す。お主と戦い、自分の力がまだ及ばぬものだと痛感した。我は昇ってみせる』
「生贄とか、そういうの無しな」
『無論だ』
何だか別のスイッチが入ってしまったようだ。だけど、ファフサラスよ。お前の角を修復することと魔力を溜めるアイテムは別じゃないのか。
聞いたことの答えになっていない。ん、んー。ある意味回答にはなってるのか。
「××××。×××」
『世界には666個の秘宝があると伝えられています。その中にはあなた様の目的となるものもあるのではないでしょうか』
「転移ができる秘宝ってのもあるのかな?」
「××、×××」
『あるかもしれません。ですが、魔力を増幅するものでしたら秘宝以外にも存在します』
「ありがとう」
ファフサラスの情報よりこの子の方が余程あてになる。
世界中を旅して秘宝を集める、か。何だかワクワクしてきたぞ。
「ベルヴァさん、君の村へ行ってもいいかな? そこで旅の支度を整えたい」
「××××! ××」
『もちろんです。英雄様』
「その言い方は恥ずかしい。良辰でいいよ」
「×××」
『はい。ヨシタツ様』
やっと笑顔を見せてくれた彼女と握手を交わす。
そうと決まったらすぐに旅立とう。この建物の中に目ぼしいものがあれば持って行くとしようか。あれば……だけどな。
『吉報を待っておるぞ』
「何言ってんだよ。お前もついてこないと会話できないだろうが」
むんずとファフサラスの尻尾を掴み、摘まみ上げる。
それにここに放置しておいたら、悪さをするかもしれないし。
『何だと。我に人里へ行けと言うのか』
「お前も秘宝が必要なんだろ?」
『致し方あるまい』
「どっかに翻訳の魔法とかアイテムがあるかもしれない。秘宝ついでに探そう」
きっと頭の中に語り掛けるという行為はとても目立つ。
なるべく変な輩に目をつけられたくないから言語の問題は早めに解決したいところだな。
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