第3話 逆襲の時
アイテムボックスの中に入る前と異なり、恐怖感はまるでない。心の中はさざ波一つ立たないほど冷えている。
カチリ。心の中の撃鉄を起こす。
背筋を反らし腹筋の力だけで浮き上がる。ストンと着地すると共に女の子へ肉薄、彼女が振りおろしている両手斧の柄を掴む。
ここまで動いて斧は一センチほども動いていない。
遅すぎる。
女の子の動きがここまで遅いなんて想定していなかったぞ。慎重に慎重を重ねる男である俺はもちろん数百パターンをイメージしていた。
「収納」
斧が忽然と姿を消す。彼女はまだ斧が無くなったことに気が付いていない。
ちょんと彼女の肩を指先で突く。
「××……!」
「そこで休んでろ」
収納したばかりの両手斧を取り出す。
俺の手の中に納まった斧を見て彼女は目を白黒させていた。
「お手並み拝見と行きますか!」
低い姿勢から体を捻り、全身の力を使って両手斧を投擲する。
グルングルン回転しつつ唸りをあげて飛翔する斧は音速を越え、跡を追うようにソニックブームが続く。
両手斧を投擲したのは初めてだけど、的があれだけ大きけりゃさすがに当たるだろ。
ドガアアアアン。
爆発音と共にドラゴンの腹へ斧がぶち当たる。
と同時に斧が粉々に砕け散った。
『ニンゲン!』
「は、はは。あれで無傷かよ」
怒り心頭のドラゴンは地鳴りのような咆哮をあげ、ドシンと尻尾を床に打ち付けた。
グラグラと揺れる地面に対しても俺の心は微塵たりとも動かない。
これで俺の足を取ったと思ったのか、ドラゴンは太い尻尾を横に薙ぐ。
速いが――。
「想定した中では遅い方だ」
軽く跳躍してドラゴンの尻尾を回避し、奴の腹の前に着地する。
それじゃあ一丁、修行の成果を見せるとしますか。
腰を落とし、両手を握りしめ脇を締める。
ナイフなら粉々になるだろうが、俺の肉体ならどうかな?
正拳突きだ!
ドラゴンの腹に拳を突き入れる。
ドスン!
ドラゴンの巨体が浮き上がり、怒りの叫び声が鼓膜を揺らす。
「拳は……問題ない」
俺の腕ごと吹き飛ぶかもしれないと思っての様子見だ。
手を握って開いてを二度ほど行い、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
もう一発打ち込んでやろうかとしたところで、髪の毛が風に煽られ後ろへ引っ張られた。
ガラガラガラと崩れる音。
っと。瓦礫が雨のように落ちてきてもうもうと粉塵をあげる。
「××」
すっかり意識の外だったが、女の子が何やら呟き自分を護っている様子。魔法か何かだろうか?
今は彼女のことに気を割いている余裕はない。気になるけど放置だ。
先ほどの風はドラゴンが浮き上がった際の風圧だったようだ。
奴は大広間から翼をはためかせ飛び立ち、天井を突き抜け地上を見下ろしていた。
『これほどまでに我へたてつくとは。それなりに面倒であった故、生かしておこうと思っておったが、滅ぼしてくれる!』
「てっきりそのまま逃げるのかと思ったよ」
『許さんぞ! ニンゲン! 我を「邪蒼竜ファフサラス」と知っての狼藉か』
「お前が勝手に呼んで、俺の四肢を落とせとかふざけたことを言ったんじゃないかよ。俺は自衛のために応戦しているだけだ」
『ぬかせ!』
言葉が通じないとはまさにこのこと。
なんてふざけた奴なんだ。邪蒼竜とやらがどれだけ偉いか知らんが、俺にとっては関係ない。
俺を拉致したクソ野郎だ。
偉そうなことを言う割にこすい。あいつ、俺と喋りながらブレスの準備をしていたようだ。
奴の鱗と同じ色の青い炎が口元からちろちろと溢れ出す。
「おい。この子も巻き込むのか?」
ドラゴンからの答えはない。
代わりに躊躇なくブレスを吐き出すことで応じてきやがった。
青い炎は大広間全体を焦がすほどの規模があるぞ!
ゴオオオオオと轟音をたてこちらに向かってくる青いブレス。
「こ、こいつは……今の俺でもまずい……」
『カカカカカ』
ドラゴンの勝ち誇ったような声が頭に響く。
「なあんてな。収納」
軽くジャンプして手の平に青い炎が触れた瞬間にアイテムボックスの中へそれを収納する。
問題ない。
そいつは想定済みだ。高く放り投げた小瓶を掴み取るほうが余程難しい。
「××!」
女の子が何やら叫び、ドラゴンの頭を指さす。
お、次の攻撃の準備をしていたのか。落胆して少し間が開くと思っていたが、そうじゃなかったらしい。
ドラゴンの頭部から伸びる二本の角に雷光が集まり始めている。
『いかな貴様でも、稲妻の速度にはかなうまい』
「まあ、な……確かに喰らえばひとたまりもない」
こいつのことだ。超広範囲に雷撃をぶちかますつもりだろう。
回避できんことはないけど、何もこのまま見守る道理もない。ちゃんとさっき確かめたことだしな!
ドラゴンと俺ではスピードの次元が違う。奴が雷光を溜めている隙だけで十分だ。
カチリ。心の中の撃鉄を起こす。
どれくらいの力を入れればどれくらい高く飛べるか、もう、完璧に把握しているぜ。
一息に跳躍しドラゴンの右の角へ思いっきり拳を突き入れる。雷光ごと角が崩れ落ちた。
ブンと右脚を振るい、方向転換し奴の額へ着地、右脚を軸に回転してもう一方の角へ裏拳を叩きこむ。
ビリビリビリと角がひび割れる。とどめとばかりに右、左と拳を振るう。
――グウウアアアアアア!
ドラゴンが悲痛な叫び声をあげた。同時に奴の体からもうもうと煙が立ち込める。
「角が弱点だったのか?」
『よくも、よくも、我の……力の源を……』
恨みがましい声が頭の中に響くが、当然の報いだ。
煙が晴れるとドラゴンの姿がなくなっていた。だけど、声がしたから奴はまだ生きているはずなんだけど、逃げたのか?
「××!」
女の子が何やら叫ぶ。
彼女の目線の先にはドラゴンの子供がちょこんとお座りしていた。
青色の鱗に翼と邪青竜ファフサラスに似ている。奴の子供か何かか? 大きさは中型犬ほどだ。
そいつに近寄ろうとしたら、彼女がこちらに駆けてきてそのまま俺の胸に飛び込んでしまう。
「×××、××」
「うお」
顔をあげた彼女の目からとめどなく涙があふれていた。じっと見つめられても言葉が理解できないから……どうしたものか。
彼女の立ち位置が分からん。
ドラゴンの忠実な部下なのか、それとも仕方なく彼に従っているのか、もしくは生贄か何か?
「君の涙はあのミニドラゴンのこと? それとも、邪蒼竜のこと?」
「××」
『ミニとは何だ! 我を邪青竜ファフサラスと知っての狼藉か』
「ほう?」
黙っていれば捨て置いたものを。そうかい、そうかい。確かによくよく見てみると額に角があっただろう痕跡がある。
こいつはファフサラスの子供じゃなくて、ファフサラスそのものだったってわけか。
彼女をやんわりと引き離し、つかつかとミニドラゴンの前に立つ。
「お前は俺を殺そうとした。だったら殺されても文句は言えないよな?」
『貴様! 世界を統べる十二将が一柱である我を滅ぼそうと。グ、グウウ』
尻尾を掴んで摘まみ上げる。
ブランブラン揺らすとさすがのこいつでも自分の立場を理解したようだった。
「ファフサラス。素直に言う事をきいたら開放してやる」
『何だと! たかがニンゲン風情が』
「別に俺としては聞かなくてもいい。それはそれで……くくく」
『……要件を言え』
素直に最初からしおらしくしてればよいのにな。慣れない顔をするのは大変なんだぞ。
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