第2話 カンストした? いや、まだです。
時計がない、昼も夜もない、眠くもならないし腹も減らない……なので俺はこの中でどれほどの時間を過ごしたのかまるで分らなくなっていた。
外の世界は1秒たりとも経過していないだろう。角の生えた女の子が両手斧を振り上げ、俺の四肢を狙いすましている状態だ。
外はともかく、アイテムボックスの中で過ごした俺の体感時間は、1年や2年でないことだけは確かだと言い切れる。
レベルが上がれば上がるほど、次のレベルまでに必要なチュートリアルバトルの回数が加速度的に増えていった。
しかも、レベルは99で終わりではなかったのだ。レベル99になった時に喜んだ俺をぶん殴ってやりたい。
今の俺はあの頃とは悟りのレベルが違う。は、ははは。
ピローン。お、おおお。レベルがあがったぞ。
《称号「無の境地」を獲得しました
説明:無職のままレベルがカンストした者に贈られる。そろそろ働きなさい》
称号だと? いやそれより、レベルがカンストしたって書いているじゃないか!
「ステータス」
《レベル:999
名前:叶良辰
職業:無
固有スキル:アイテムボックス》
「きたああああ!」
ついにレベル999だ。もしかしたら9999じゃないかと思ったから称号によるお知らせはありがたい。
「よし、強くなったのか試してみよう」
《チュートリアルバトルを始めますか?》
やるぜ!
風船をダガーで斬りつけてみるも、分からん。相手が風船しかいないから、まるで分らん。
《称号「1億の男」を獲得しました!
説明:戦闘回数が1億回に到達したバトルジャンキーに贈られる》
これ以上ここでできることはなさそうか?
「いや、まだです!」
誰に言ってんだよ、と一人ノリ突っ込みをしてしまった。謎のテンションじゃないと何度も何度も繰り返しなんてできるかよ。
レベルはあがった。しかし、本当に俺は強くなったのか?
最近考えるんだ。俺の人生は風船を破裂させることだったんじゃないかって。
否。断じて否!
レベルが100から600くらいの頃は、本気でそう思っていたことがあった。俺は克服したのだ。ちゃんと本来の目的を思い出したのだよ。
……。
とまあ、俺と風船のことはもういい。済んだことだ。言わば元カノ。男なら済んだことは振り返らないもの。は、はは。
「ふむ」
一億本のポーションが積み上がっておる。夢の島も真っ青だぜ。
ポーションは小瓶に入っているのだけど、よく割れないよな。チュートリアルバトルをクリアしたら同じ場所にポーションが落ちて来る。
そうすると、自然に積み上がって来るわけで。
「高いところは10メートルくらいありそうだな」
膝を落とし足先に力を込める。
いや、待て。
俺は慎重に慎重を重ねる男……。レベルアップによる身体能力強化がどうなっているのか分からないってのに全力ジャンプはリスクが高すぎる。
高く飛べても着地したら複雑骨折なんてことにもなりかねないだろ?
よっと。軽くストレッチをするかのように跳ねてみる。
「う、うおお」
それだけで、4~5メートルは真上に飛びあがった。
シュタ。
着地したが、足に痛みはない。
この後俺は数百回はジャンプを繰り返した。
お次はポーションを上に投げ、受け止める動作を行う。落ちて来るポーションを掴み取るのはなかなか難しかったが、ひたすら繰り返すことで慣れてきた。
「よっと」
目を瞑って指先の力だけでポーションを投げ、パシッと落ちてきたポーションを掴む。
ここまでくるのに数万回はやったなあ。叩きつけてもポーションが割れないのをいいことに、ついつい没頭してしまった。
身体能力はだいたい把握できたぞ。
それじゃあ、そろそろ――。
「いや、まだです!」
何を甘い事を言ってんだ俺は。
確かに信じられないくらい身体能力が上がっている。漫画やアニメのキャラクターのような荒唐無稽の力を。
想像してみて欲しい。マラソン選手がサッカーをしたとして、豊富なスタミナだけでゴールを決めれるかどうか?
答えは否。断じて否である。
ドラゴンと対峙して走力を生かし逃げ切ったとしても、奴はいずれ俺に追いついてくるだろう。
勝てないにしても奴と格闘して俺の事を諦めさせるくらいの技術が必要だ。
「つっても俺に格闘経験はないし、知識もない。あとはナイフか」
ナイフをひたすらに振る。振れば何かが見えるかもしれない。
ナイフを振る、正拳突き、蹴りをそれぞれ一万回ごとに切り替え、繰り返す。
二百セットくらい行うと、なんとなく慣れてきた。
ポーションを投げて、落ちて来るのをナイフを構えて待つ。
スカ。
う、うーん。そうそう上手くはいかねえか。まだまだ振りが足らん。
ポーションを投げて素振りも追加だ。拳は当たるから蹴りも練習しないと。
この修行も同じく1万回を1セットとしよう。
さらに五百セットほど繰り返す。
同時に二本のポーションを投げても当たるようになってきた。
五千セットくらいやったところで、ポーションを五本同時に投げても全部当てることができるようになったんだ。
続いて、実戦的な訓練に入る。
ヒントはシャドーボクシングだ。頭の中に相手を想像し、拳を繰り出す。
最初はうまく行かなかったけど、徐々に慣れてきた。テレビの中でしか見たことが無いボクサーの姿をイメージしてもなかなか動いてくれなくてね。
それも、膨大な時間が解決してくれた。
想像しやすい人間でのイメージトレーニングの後は、ドラゴンの姿を想像し戦ってみる。
難しいな。奴はどんな攻撃をするのか不明だし……。
いくつかのパターンを想定し、動けるようにしておこうか。
「よし、機は熟した」
指先でナイフを回し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
――いや、まだです。
ところが、慎重な俺が待ったをかけた。
そ、そうか。俺は重大なことを見逃していたんだ……。
ステータス表記にヒットポイントの項目がない。身体能力が爆発的に向上していることから、俺のヒットポイントも激しく上昇しているはず(ヒットポイントと言う数字があればだが)。
有名RPGゲームとかを想像してくれ。レベルが上がってヒットポイントが伸びても元の数字はそのままだ。
レベル1の時のヒットポイントが最大で10として、レベル999になって最大値が1万になっていたとしても現在のヒットポイントは10だろ?
「大丈夫だ。問題ない」
ここには1億本のポーションがあるんだぜ?
1万本ほど体にかければヒットポイントも全快するはず。
キュポン。
小瓶の蓋を開け、体にかける。液体はすぐに蒸発し、濡れたままにはならなかった。
ちょうどいい。一気に行くぞ。
「ふ、ふはははは。日本で過ごした時間より長くここにいた気がするけど、もう終わりだ!」
く、くくく。ようやくだ。
心の中で唱える。
「アイテムボックス発動 取り出し 自分自身!」
そして俺は戻ってきた。
ピンク色かかった灰色の髪をした角の生えた女の子とブルーメタリックの巨大なドラゴンの待つ広間へ。
怖気付き座り込んだ姿勢の俺を彼女が見下ろしている。彼女の目からは涙が流れているものの、斧を振り上げる動きに迷いはない。
「待て」
「……」
彼女は口をつぐんだまま何も応えない。代わりに振り上げた斧を俺の右脚に狙いを定め、振り下ろそうとする。
想定外だ。このシーンは数えきれないほどイメージトレーニングを行った。
それが……。驚きつつも、やることは変わらない。
さあ、逆襲の時だ。
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