アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ行商する~
うみ
第1話 異世界に拉致されました
『ステータスを開け』
頭の中に直接声が響く。瞬きをしたら突然、山のような恐竜……いや二本の角を持つドラゴンが俺を見下ろしていたのだ。
余りに非現実的過ぎて、牙を向くドラゴンに対する恐怖心が麻痺してしまっている。
いつもの日常だった。仕事が終わってお風呂でリフレッシュ。その後はビールを片手にハムスターがひまわりの種をカジカジする様子を眺め癒されていたんだよ。
何が起こったのかまるで分らない。どうしてこうなった? とさっきから頭の中で同じ言葉が繰り返されている。
『呆けておるのか。ステータスを開け』
三階建ての家ほどもあるドラゴンが太い尻尾でビタンと地を叩く。
グラグラと地面が揺れ、尻餅をついてしまった。
「あ、あ……う……」
自分の肩を両腕で抱く。ガタガタと全身が震え、奥歯が震え、食いしばることもできなくなっていた。
恐怖。唯々本能的な恐怖が俺の髪の毛の先から爪の先まで支配する。
非現実的? 違う。
これは現実だ! 軽く振るっただけのメタリックブルーの尻尾が俺の感覚を引き戻した。
『我を
カックンカックンと首を縦に振り、どうすればいいんだと手を顔の前まで持ってくる。
震える指先を見つめるも何も変わらない。
「ステータス」
と言ってみた。
これでいいのか? 開けと言われても――。
《ステータス
レベル:1
名前:
職業:無
固有スキル:アイテムボックス》
これか? アイテムボックス?
すると、自然と説明文が脳内に浮かんだ。
《アイテムボックス
説明:お湯はお湯のまま保管できるよ》
なんじゃそら!
だが、説明文を読んだ瞬間、アイテムボックスとやらの「使い方」がすっと頭に入って来た。
「×××」
若い女の子の声がして、何やらドラゴンに伝えている様子。ドラゴンの存在感が大きすぎて、女の子がいることなんて気が付かなかったよ。
彼女は人間ではないようだ。灰色がかったピンク色の髪は染めているのかもしれないけど、額から生えた角は明らかに人間のものではない。
スカートから尻尾も出ているし……。
『労力の割には……だったな。こいつの四肢を落として放り込んでおけ』
ドラゴンが彼女に命じる。
奴の命令ににびくうと肩を震わせる女の子。ドラゴンの声は直接頭の中に響き、俺にも意味が理解できる。下手に伝わるから更に恐怖感が増してしまう。
こちらに振り向いた彼女は悲壮な顔で目に涙をためていた。
目をつぶり首を左右に振った彼女は両手斧を握りしめ、こちらににじり寄ってきて、斧を振り上げる。
マ、マジでやるのかよ!
「待ってくれ! 話せばわかる!」
「×××」
彼女の目から涙が流れ落ちた。
四肢を斬り落とすなんてぞっとするよな。うんうん、そうだろう?
罪悪感? いや、嫌悪感があるのかもしれないが、彼女の動作に乱れはない。
キラリと光る斧の刃。
「×××」
「じっとしてて、暴れると変なところ切っちゃう……」とでも言ってんのか。
仕方なくあるかよ! 斬られるのは俺だぞ。
考えろ! この状況を打破する手段を。
ぎゅううっと自分の体を抱く腕に力が籠った。ん、手で自分に触れて……いっそ、俺を。
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
藁にも縋るとはこのこと。咄嗟に思いついた手に深い考えなどあろうはずはない。
しかし――。
女の子とドラゴンの代わりに真っ白な空間に視界が切り替わった。
「ここは……アイテムボックスの中か?」
白、白、白。上も右も左も全部真っ白だ。汚れすらない。蛍光灯でぼんやりと全体を照らしたように明るく、ここが「普通じゃない」空間であることは鈍い俺でもすぐに分かった。
ここで時間を潰していれば、ドラゴンが諦めてどっかに行ってくれないだろうか?
「お湯はお湯のまま保管できるよ」と書かれていたことを思い出し、はああと息を吐く。
「アイテムボックスの説明の通りだとすれば、この空間は外の時間が進まない。いくら粘っても無駄だ」
う、うーん。このまま座して待っていても状況が変わらない。アイテムボックスの外に出たら、斧でズンバラされて「現実は非情である」エンドだ。
「焦るな。考える時間はいくらでもある」
あぐらをかき、両目をつぶる。気持ちが落ち着くまで深呼吸を繰り返す。
いろんな動物の癒され映像を思い出していたら、ようやく落ち着いてきた。
パンと頬を叩き、立ち上がる。
よし! 何かないか探してみよう。
するとすぐにダガーを発見する。手に取ると説明文が出てきた。
《始まりのダガー
説明:初期支給品》
初期装備ってやつか。とことんゲームっぽい内容だな。アイテムボックスの外に出たら収納したアイテムの一覧表示もできそうだ。
アイテムボックスの中にいる場合は手に取った時にアイテム名が表示される仕様ってことだと思う。
他にも何かないかと体感で2時間ほど彷徨ってみたが、他には石ころ一つさえ落ちていなかった。
こんなダガー一本で外にいるドラゴンをどうにかできると思えない。
何か手はないか……。そうだ。
「コマンド」
口に出して唱えてみたけど、期待した脳内ウィンドウは開かない。
「魔法、ログアウト、チュートリアル」
《チュートリアルバトルを始めますか?》
お、反応した。
「始める」と念じたら、ピロロンとレトロゲームちっくな音がして赤色の風船が出現した。
宙に浮いた風船は大きな目が一つついていて、後退したかと思うと真っ直ぐこちらに向かってくる。
バスケットボールを投げたくらいの速度だったので、迫って来たところでダガーを突き刺す。
パアンと音がして、風船が弾けた。
《おめでとうございます。チュートリアルバトルをクリアしました。報酬品が支給されます》
小瓶が出てきて地面を転がる。
《ポーション(低級)
説明:傷を癒す(小)》
傷を癒す……微妙だ。ドラゴンの爪先に当たっただけでも致命傷を受けるだろうから、傷を癒す暇なんてない。
「う、うーん。チュートリアル」
《チュートリアルバトルを始めますか?》
お、チュートリアルバトルは繰り返しできるのか。
◇◇◇
10回目の風船を倒したら、ピローンと脳内に音が響く。
これまでの報酬は全てポーション(低級)だった。報酬には期待できないな……。
ピローンの正体には察しがつく。
ステータスを見てみたらレベルが1から2になっていたのだった。
「これしかない!」
武器もアイテムも使えそうにないなら、現状できることは唯一つ――そう、チュートリアルバトルを繰り返し、レベルをあげることだけだ!
ただひたすらに、チュートリアルバトルを開始し、風船を破裂させ、チュートリアルバトルを開始し、風船を破裂させを繰り返す。
あのドラゴン、ちょっとやそっとレベルを上げた程度では逃げることも成功しそうにない。
なら、ちょっとやそっとじゃないまでレベルを上げればいいだけだろ? 単調作業でもうすでに精神力がかなり削られているが、死ぬよりマシだ。
こうなりゃ、チュートリアルバトルで上げることができるところまで上げてやろう。
レベルが10になった。もうすでにチュートリアルバトルの回数は5000回は超えている。途中からもう何回風船を倒したのか覚えていられなくなった。
予想した通り、アイテムボックスの中では腹も減らなければ髪の毛も髭も伸びない。
ま、まだまだ始まったところだ。無心で繰り返すのだ。
この時の俺はまだ考えが甘かったと後から知ることになる。
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