第九話 動き出す

ここは人間が多く住む、ヒューマ大陸。


 東西南北、中央の五つに分かれた国の南にハルバ王国がある。


 その中でも更に南に位置する町に俺たちはいた。




 まあ、それもフィーロさんにさっき教えてもらったことだけど。


 正直俺はこの世界の常識も含めてまだ何も分かっていない。


 異世界人との交流があったフィーロさんと行動を共にできたことはありがたかった。


 フィーロさんはこの町についても教えてくれる。




 「ここはナギサの町。


  漁業が盛んな町なんだ。」




 なるほど、確かに周りを見るとガタイのいい人が多く見える。


 漁業によって体が作られているのだろう。




 しかし、俺が今まで島から出れなかったのは海が危険であるとミミリから聞かされていたからだ。


 ヒーナと空から行かない限り、ここにも二度と来ることが出来なかった。


 そんなところで漁業をするのは厳しい気がする。


 だが、フィーロさんは納得の答えを用意してくれる。




 「私には情報のスキルがあるからね。


  危険じゃない時間帯を選んで海に出ることができるんだよ。」




 フィーロさんは元々、中央で学者をやっていたそうだが不自由な環境に不満が爆発して家を飛び出したそうだ。


 生体についての研究において、ここは自然が豊かでスキルにより簡単に生計を立てることができる。


 まさしく、理想的な環境といえるだろう。


 一つ疑問が生まれたので訪ねてみる。




 「俺たちに付いてきてくれるのはもちろん嬉しいんですけど…。


  その能力を持つフィーロさんはこの町に欠かせない存在じゃないですか。」


 「魔物にも、行動の規則というものがあるんだよ。


  そういったいろははもう十分に伝わったと思う。」




 元々、町をいつ出てもいいようにしていたのかな。


 はぐれ島に来てもらったら、色々指揮をしてくれるかもしれない。




 「まあ、とりあえず色々町を見て回ってみてよ。


  お金とか足りなかったら僕に言って。」




 疲れた、ということなのだろう。


 フィーロさんは近くにあるベンチに腰かけていた。




 さて、ついついフィーロさんと長話をしてしまっていた。


 おれの手を強く握るヒーナの頬はぷくーっと膨らんでいた。




 「ヒーナ、フィーロさんとの話に区切りがついたから二人で買い物でもしようか。」




 ヒーナはこっちに目線を向けず、喋る。




 「甘いもので許す。」


 「そっか、じゃあお菓子屋さんに行こうか。」




 フィーロさんもヒーナに申し訳ないと思ったのだろう。


 子どもが喜びそうなおもちゃの店や、お菓子の店を教えてくれた。


 それにお小遣いもくれたしね。




 ヒーナはお菓子というワードに反応した。


 なんとかまだ怒りが収まっていないふりをしているが、笑みが零れていた。


 そしてお店に着いた頃にはとっくに負の感情は消えてしまったようだ。


 今はお店の席でクッキーを食べている。


 それにしても、この世界にはチョコレートやソフトクリームがあるらしい。


 意外と発達した世界らしい。




 「ヒーナ、お菓子もっと食べたい。」


 「気に入ったか?じゃあ、お土産も買っていこうか。」


 「ミミリにも買ってあげよ。」


 「そうだな、フィーロさんの好意に甘えて買っちゃおっか。」




 店員さんとの話も弾む。




 「こんなにたくさん買っていただいてありがとうございます。」


 「いえいえ、本当に美味しいです。」


 「この町の方ですよね?どちらから?」


 「はぐれ島の方から来たんです。」




 はぐれ島に住んでいるって言っていいのかな。


 言った後に焦ってしまう。気を付けないと。




 「はぐれ島?島なんていいですね。」


 「え?ああそうなんです。住みやすくて。」




 意外と、はぐれ島は知られていないんだな。


 考えてみれば、知り合いみんな頭がいいから常識以上の知識をもっているんだろう。


 とりあえず、いい買い物をした。


 俺とヒーナはフィーロさんの所に戻ることにした。




 店員さんは、二人の背中が見えなくなったのを確認する。


 そして、スマホを取り出した。




 「ミミリとの接触をもつ男を確認しました。


  どうやらはぐれ島に住んでいるようです。」




 男の声が返ってくる。




 「クク…。ついにこの時が来たか。


  今からそっちへ向かう。


  お前は、船の用意をしておけ。」


 「は、了解いたしました。」




 さて、場面は変わって俺たちもこの町での買い物を済ませていた。


 お菓子、調味料、魚、入浴剤。


 うん、とりあえず欲しかったものは最低限揃えたかな。




 「フィーロさん、本当にありがとうございます。


  お金とか出してもらったりして。」


 「いやいや、お金よりも価値のある物をこれから得られるからさ。」


 「っていうかフィーロさん、その荷物は何ですか?」


 「もちろん、生活に必要なものを最低限ね。」




 フィーロさんの言葉に驚きはしたが嬉しい気持ちが先行した。


 行動を共にしたいっていうのはそういう意味なのかな、と思っていた部分もあった。


 でも、もう住む気だったんだな。


 短期的かな、くらいに思っていたもんだから単純に仲間が増えるのは嬉しいことだ。


 フィーロさんは頼りになる人だということこの短時間でも理解できた。




 フィーロさんは町の人とあいさつしたいということで俺たちは先に町の外に出ていた。


 この世界に来て分からない部分もあったけど、とりあえず安心して出入りできる町を見つけることが出来たのは大きいな。


 ヒーナも島に来てくれて本当に良かった。




 と、フードをかぶった男が町に向かって歩いてくる。


 この町は商業が盛んだという話も聞いていた、旅人も多く訪れるのだろう。


 その旅人が俺たちとすれ違う瞬間。




 「お前の本当の敵は魔王ではない。」




 え?どういうことだ?


 俺はハッとして旅人を目線で追う。


 確かに一応、魔王とやらを倒すというのが転生した意味らしい。


 夢に出てきた老人は適当だったから忘れかけていた。




 気づいたときには旅人の姿を見失っていた。


 しっかり目線は追っていたはずなのに。


 魔物に対して敵対心はあんまりない。


 だから元々、まだどんな奴かも分かっていない魔王に対して手を出すつもりもないが。




 正直この世界について、少しは勉強したつもりだったが。


 それだけでは見えてこない裏の顔はまだまだあるのかも知れない。


 ここに来てからも不慣れで分からない言葉ばかりだったからな。




 「お待たせ、それじゃいこっか。」




 フィーロさんがあいさつを済ませて戻ってきた。


 元々、魔王を倒す気がないんだ。


 さっきの言葉について、今は深く考える必要はないだろう。


 そう判断し俺はヒーナに声をかける。




 「じゃあ、ヒーナお願い。」


 「まかせろ。」




 そう言って巨大化したヒーナは飛び立っていった。




 その数時間後、出来て以来初めて閉店したお菓子屋に連絡が入る。




 「もう近くまで到着しているぞ。」


 「了解です、船はいつでも出すことが出来ます。」


 「そうか、それでは早速。」




 男は宣言する。




 「狩りを始めるとするか!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る