第37話 挫折と得たもの

「ここは……?」

 ルスカが目を覚ましたと同時に視界に入ったものは煙に燻されくすんだ色になっている木の梁と石材と金属に覆われた壁だった。

 ここは?という疑問の声が出たのは、ルスカの意識は決闘を立会人に止められてイネと交代したことまでは思い出せるがそれ以降のことは思い出せずあのジャンクが山積みにされていた広場にあったからではあるが、身体を動かそうとして。

「ぐぅっ!」

 全身に強い痛みを感じたルスカは、この痛みである程度の状況を察する。

 村でイネに訓練を見てもらっていた際に何度か意識が飛んで自警団詰所の医務室に寝かされていた経験から今回もそれに近いことが起きたことを理解する。

 とは言えルスカはこの天井も背中の感じる快適さはあまりないベッドと思われるものも村の自宅と自警団事務所どちらのものよりはマシではあるが、全身の痛みを緩和するには至らず背中に痛みも感じてもう1度まどろみの中に逃避することをできずにいた。

 ルスカが痛みを感じながらも身体を起こせずにいると部屋の扉が開く。

 扉の先から姿を見せたのはルスカの記憶にある人物。

「……起きたんですね!」

 吸飲みと見ずの入ったポットを持ったプリオンが目を開けたルスカを見て大きい声を出す。

 プリオンはルスカの眠っているベッドまで水をこぼさない速度で近づき、持っていたものをサイドテーブルに置いてルスカの手を取り。

「ごめんなさい!私の装備とその調整が悪かったせいで!」

 泣いてはいないが感情が乗ったその言葉でルスカは自分の記憶が途切れるまでのことを少しづつ思い出す。

 記憶を辿る努力をする必要がないくらい鮮明に記憶に残っているのは立会人をしていたあの女性から腹部に一撃をもらい、イネが交代と言ったところまで。

 そこからの記憶は曖昧になっているがその中でも強烈に残っているものを1つ、思い出す。

「師匠は!師匠は大丈夫なのか!」

 ルスカが覚えていたのはイネが殴られて空中で回転する姿。

 師匠であるイネがあんな簡単に負けるというのはルスカは信じていないし、実際自身が全身激痛があるとは言え五体満足の状態でプリオンが警戒もしないで居られる場所に寝かされていることの説明がつかない。

 いくら暗殺のプロが立会人になっていたとしてもあの場から2人の人間を連れて安全な場所に移動できるとは思えない。

「イネさんは無事……と言うよりも怪我をしているようには見えなかったですよ?」

 あの光景を思い出しながら怪我をしているようには見えなかったというプリオンの言葉と照らし合わせるも、空中で大回転している姿からは想像できない。

 いくらイネが単独で魔獣を倒せる実力を持っているとしても相手は人間で、それもかなりの実力者であったのは間違いなく……周囲の状況も中立を宣言していた立会人であるプロ以外は敵という環境。

 ルスカ自身が人質にされた可能性すらある状況で無傷なのは流石に信じられなかった。

「師匠は……」

「久しぶりに本気を出して疲れたから昼まで寝るって聞いていますよ」

「師匠が本気?」

「なんでもあの人達のボスと決闘したとかなんとか。親方もボスと決闘して無傷なのは信じられないとは言っていましたけど……」

「そんなに強い人?」

「鉄を自由に動かせる……えーっと、磁力ってわかりますか?」

 プリオンの言う磁力というものは分からないものの、鉄を自由に動かせるという点においてはイネの行った薄刃の剣を高速振動させる姿を見ていたルスカにはある程度想像出来た。

 つまりあのチンピラ連中のボスはそういった力、もしくは魔法を使うことが出来る人間だったということ。

「イネさんはボス以上の使い手だったようで、ルスカさんの容態が悪化するのを見て本気を出した結果無傷で勝った……って説明を簡単にされました」

「師匠なら……あり得るか」

 イネは複数の魔獣を相手にして無傷で勝利出来る文字通りの化け物であることはルスカは知っているし、だからこそ可能か不可能かで言えば可能であるだろうと思うことはできる。

 だがあのタイミングでイネはかなりの制限事項があったことも事実。

 ルスカの存在もそうではあるが、決闘という形であったとしても命を奪うことを避けることを考えているのであれば常に自身にハンデを課しているような状態であることも毎日を共にしているルスカは知っている。

 そのイネがそういった制限を取り払うのは対人戦以外、魔獣や野生動物を相手にしているときにしか見ていない以上は人間を相手に本気になったということも想像できない。

「本人に聞くのが1番か……ところでプリオンはなんで謝ってきたんだ?」

「え!そこからですか!?」

 この後プリオンはルスカに再び謝罪を始めたのであった。

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