第33話 流されるまま
防具をつけて毎日の訓練内容の型を一通りやり、ルスカはいつもよりも動きにくい状態での問題点をプリオンに伝える。
「これはきついね、肘を曲げることは出来るけれどカバーになっている部分が肩からの盾の繊維に引っ掛かる時があって……」
「確かに、少し調整しますね」
プリオンはルスカの装着している防具を外さずに手際よく調整する。
今回の場合は引っ掛けて綻んだ繊維を調整糸を引っ張って更にきつく締めてから柔らかい革をあてがって大きい縫い針を使って革紐で繋ぎとめた。
「外した方がやりやすかったんじゃ」
「微調整はこっちの方が速いんですよ」
本当なのかルスカには分からなかったがプリオンによる微調整を何度も繰り返しているうちにかなり近いプリオンの距離感にも慣れてくる。
プリオンは基本的に他人との距離が近い。
「とりあえずこれでまた動いてみてください」
呼吸音が聞こえそうなくらいの距離で調整をしていたプリオンがそう言いながら適度な距離に離れる。
籠手に当たる部分には手を付けず肩の盾、その土台となっている繊維部分を引っ掛かりにくくした調整ではあるがルスカは。
「……まぁ動いてみるよ」
実質的に革をかぶせただけの調整でそれほど変わるものなのかと思いながらも、イネに指導されている中でも比較的動きが細かく激しい型で調子を確かめていく。
その際にイネのいる方向へと視線を移動させるとそこには昨晩ルスカ達を襲撃してきた3人の1人と思われる黒衣の女とイネが何やら話していた。
戦闘になっていないということはあの女が襲撃してきたというわけではないのはルスカにも理解出来たものの、昨晩の出来事を思い出して鳩尾の痛みを少し思い出す。
「どうしたんです?」
ルスカの動きがぎこちないのを察したプリオンの心配するような声に。
「あぁうん、あの人……」
「うぇプロの殺し屋じゃないですか、ギルド所属員は狙わないっていう形になってはいますけれど……ってまさか」
「昨日、襲われた。っていうかプリオンも知っているのか」
「フリーでプロの殺し屋……なんですけれど、この街の政治的なアレコレで報復的な依頼の連鎖になりかねないからって完全中立のはずで、だから今ここにいること自体が」
「俺たちが目的でしかないってことか」
「そうなります……けれど特に戦いになっていないってことは別の理由なんじゃないかなとは」
「そう思う理由を聞かせてもらってもいい?」
「私の知る、と言ってもこの街に住んでいる人の常識程度なんですけれどあの人達は間違いなくプロってことなんです。自分たちの決まり事は絶対に曲げないですし、成否にかかわらず義理を果たすとのことなので……」
「襲撃に失敗した時点で殺し依頼から依頼主への義理に変わった……?」
「多分、そういうことなんじゃないかなと」
この街の事情や昨日襲撃してきたあの黒衣を纏った女性がどのような考えで今この場にいるのかはルスカには分からないが、昨日感じていた全身を刺すような殺気を感じていないのは事実である。
イネが対応しているし、今の様子からすれば荒事にもならないだろうと安心した矢先イネがルスカたちにも聞こえる声量になり。
「とりあえず現在の情報じゃあなたは嘘を言っていないとしか判断できない。それで、場所はどこ」
「師匠!?」
唐突な流れにルスカは大きな声を上げる。
「襲撃犯の犯人がわざわざ名乗り出てくれたわけだから、さっさと終わらせて観光出来るようにしたいからね。ルスカも修行の一環と思うこと、今回は共闘前提だからカバーはしてあげるし覚悟決める」
共闘前提という言葉にルスカは不安を覚える。
何せイネの手伝う、共闘するというものはルスカの経験上本当の命の危険が訪れないと手助けが来ないということでもあるため、ほぼほぼ確実にルスカの実力よりも上位の人間か最低でも同程度の相手と戦わせられるのが分かり切っているからである。
「私が言うのもなんですが……よく信じられますね」
「この会話が油断させるものならとっくに昨日のお連れさんが襲撃してるでしょ。こっちの索敵を回避する手段があるにしても会話が終わりそうなタイミング、しかもそちらの提案を丸のみするレベルの進行で攻撃する意図はあまりないし……あったとしてもこっちがそれをすんなり受け入れる人間に見えるかい?」
「それは昨日の時点で有り得ないと判断していますので」
「ありがと、褒められるとやっぱうれしいものだね」
「それでは案内します。それは料金内の仕事なので受け入れてください」
「了解、真正面からの殺り合いじゃないなら気が楽でいいや」
イネと黒衣の女性は相手のことを理解したような会話をしているもののルスカとしては。
「こっちは胃が痛いんですけど、師匠……」
「対人戦、対多戦でイネちゃんがカバーできる状況っていう貴重な機会なんだから割り切る割り切る」
「多数相手は確定なんですか……」
ルスカは更に胃がキリキリするのを実感しながら横目にプリオンが苦笑いで手を振っているのを確認し、移動を始める2人の後ろについていくことになるのであった。
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