第32話 フィッター

 襲撃の翌日、何事もなかったようにとはいかないまでもルスカたちは騒動の被害者側として扱われて衛兵からの事情聴取もないままサラマンダー工房に向かうことになった。

 工房にたどり着くとすぐにイネは工房長であるルーインと一緒に大きな木箱を持って工房付属の試験場へと向かって行ってしまい、ルスカは工房内でプリオンを待つため1人残された。

 昨晩の襲撃ではルスカは何もできなかった。

 ルスカ本人が振り返ってみても突入直後に防御のための行動を全てすり抜ける形でたったの一撃でルスカの肺の中から空気を抜いて呼吸困難にしてくるような人間が、イネが脱力できる場所として高額な宿を選んだにも関わらずセキュリティは権力者を守るレベルの部屋にまで襲撃してきたことを考えると今でも不安になってしまう。

「あ、もう来ていたんですね」

 ルスカが落ち込んでいるとプリオンが笑顔で近づいてきた。

 近づいてくるプリオンの手にはそこそこの大きさの木箱があり、プリオンの持ち方からそれなりの重量物であることを確認したルスカは代わりに持とうとするが。

「大丈夫です……というよりもこれくらい持てないとこの街で職人になるのは無理ですから」

「無理って、そんなことはないんじゃ?」

「工作機械のメンテナンスも自分でやらないとですから。アレのメンテナンスをするときにこれくらいの重さはしょっちゅう動かしますし、工房のレイアウトを変更するのにいちいち業者を雇っていられませんので」

 そう言いながらプリオンはルスカの身体を改めて見つめて。

「とりあえずいくつか装備してみてもらうことになるんですけれど……身体を触っても大丈夫でしょうか」

「それ昨日もやりましたよね」

「やらないといけない方もいますので……まぁマニュアルってやつです」

 大丈夫と確認したプリオンは同じくらいの歳であるルスカに特に気にすることもなく木箱から取り出した防具をあてがっていく。

 ルスカからすれば村では同じくらいの年齢の子供がいなかったこともあり、妙にウマが合ったロイ以外は同性でも少し緊張している。

 異性……に関しては羞恥心というものをどこかに捨ててきたような行動をするイネと共に行動しているためある程度は大丈夫なのだが、同年代の異性であるプリオンに対しては変に意識してしまっていた。

 対してプリオンは……。

「昨日も思いましたけれど筋肉の付き方が均一ですよねぇ、今後の成長で変わると思いますから調整は細かくやらないとですけれど理想的な感じなんじゃないですか?」

 気にする様子はなく、むしろルスカの鍛え方を褒めるなどの余裕を見せている。

 木箱から取り出した手甲をあてがい、サイズを見てから当て革をルスカの腕に巻いて装着させていく。

「大きさはあまり変えなくても大丈夫なのは助かりました」

「調整って削ったり以外にも?」

「しますよ。あまりにも違う場合は新規で作ることになるんですけれど、ちょっと穴を空けて別の板をつぎはぎすれば強度自体は少し下がりますけれど……複数の小さい板を糸で繋げてって手法もありますよ」

 そう言いながらプリオンが木箱から盾のようなものを取り出し。

「その手法で作られたのがこれになります」

 木箱から出てきた盾のようなものは頑丈な糸で縫われた厚手の布をベースとして布を覆う形にいくつかの鉄板がうろこ状に、こちらは鉄糸で繋がれていて防御力は確かにありそうだとルスカは思ったが同時に疑問が出てくる。

「これは……盾?」

「盾……と言えば盾ですけれど、これ自体は肩から上腕を覆う形で着るんですよ」

「肩に?」

 ルスカはいまいちイメージできず首をかしげる。

「まぁじっとしててください」

 そう言ってプリオンはルスカの肩に布をかぶせてから防具を添えながら肩掛け紐を結んで固定を両肩にする。

「おぉ…………重い……」

 想像以上の重量にルスカは素直な感想を口にしていた。

「あ、重かったですか」

「この肩のやつ、かなり重いんですけど……」

「布部分だけで3kg、鉄板を含めると10kg近いですからね」

 具体的な数字を聞いたルスカは成程と思いながらも手甲も含めた分の重量で動きが鈍くなるのを実感する。

「これは慣れないときついなぁ」

「合わないようなら外しますよ?」

「まだ判断できないけれど、これは俺の戦い方だとちょっと影響出るかもしれないから試してみてですね」

「それじゃあ試験場に……」

 会話を途切れさせるように試験場から大きな破砕音が聞こえてくる。

「これは……!」

「あぁこれは親方が今試験場にいるみたいですね、ギルドの方から依頼されてた珍品の試験もしてるんじゃないですかね。片隅なら問題ないですからいきますか」

「珍品?」

「珍品です」

 その単語の意味を今は理解できないルスカも、試験場へと移動してその様子を見た時に理解した。

 イネがラッパから鉄球を連続で発射していた姿はしばらく忘れられそうにないなと思ったルスカはその状況を見なかったことにしてプリオンの後に続いて移動するのであった。

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