第31話 襲撃者

 宿の部屋に戻るとすぐにイネが扉に鍵をかけ、ドアノブが動かないように椅子を設置していく。

「師匠、ドアのアレってどういう意味なんです?」

「ドアノブを下げる必要があるドアならアレで簡易ロックになるんだよ」

「へぇ、そうなんですね」

「まぁ破壊して襲撃なんて相手にはあまり効果がないけどね、時間稼ぎ程度にしかならないし」

 イネはそう言いながら今度は窓に近づいて何かを調べるも……。

「うーん、これはこっちの警戒防護難しかな」

 そう呟き少し考えてから。

「まぁ襲撃があるにしてもすぐには来ないだろうし、先にシャワー浴びてきちゃっていいかな?」

「え!?」

 脱力しながらのイネの言葉にルスカは驚いて声を上げてしまう。

「別にルスカが先でもいいけど……ルスカはまだ緊張のオンオフを瞬時にできないからお湯で流しちゃう前に襲撃警戒して欲しいんだけど」

「え、あ、あぁ……そ、そうですね!」

 イネの言うことはその通りだし、理解もできるがやはりルスカはうろたえて声がどもってしまい変な汗も出ている。

「じゃあお願いね。……あぁそれと別に見ても気にはしないしそういう年頃だから怒らないけどさ、手を出そうとしたり警戒疎かにして襲撃者に先手取られた場合は相応の対応はするからね」

 それだけ言ってイネは浴室へと入っていった。

 実のところ見てもいいという言葉に対しルスカは何度かそういう機会に覚えがある。

 何せイネは人目を把握した上で公序良俗の範囲を守りはするが、ロイがイネの着替え等を覗こうとしても止めたり咎めたりせず、後日訓練の時に言及した上で羞恥耐久訓練などと理由をつけて弄り倒してくることは経験で把握しているため、ルスカは必至に理性で欲望を抑える。

「師匠はもう少し気にして欲しいよ本当!」

 自分に向けた言葉を声量を抑える形で漏らすとルスカは一度自身の両頬を平手で叩いて部屋を見渡す。

 浴室に行く前にイネがあらかじめ調べた上で大丈夫だろうと楽観ではあるがしばらく気を抜いても大丈夫であると判断したわけで、そうなるとルスカが行える警戒の範囲はあまりない。

 ルスカの出来る警戒は気配察知の能力的にどうしても後手にならざるを得ないため、すぐに動いて攻撃か防御かの判断をしてイネが来るまでの時間稼ぎに徹する程度の実力しかないというのがルスカ本人の自己評価で、事実イネが警戒しているレベルの相手であればそれしかできないという認識である。

 だからこそイネの指示を行うために集中しなければいけないのだが……。

 どさっ、という重量のある布が落ちる音が浴室から聞こえ、更に勢いのある水音まで聞こえてきたことでルスカの集中力は散漫となる。

「……本当、これはきつい」

 ルスカがそう呟いて脱力した瞬間、窓が割れ数人の人影が部屋に飛び込んでき、ルスカに向かって踏み込んできた。

 脱力していたことで反応に遅れたルスカではあったものの咄嗟に防御の体勢を取るが、踏み込んできた相手はルスカの防御を縫う形で蹴りを入れた。

 防御姿勢になっていたとはいえ、突入の勢いのまま繰り出された蹴りに対しルスカは蹴り飛ばされて壁に背中を打ち付け、肺の中の空気を全て吐き出してしまう。

(まずい……!)

 と思ったところで酸素の供給が一瞬とは言え途絶えたルスカは動くことが出来ず、相手の追撃に対して何もできず覚悟をしようとしたその時、浴室の扉が勢いよく開かれ、一糸纏わぬ姿のイネがルスカを攻撃してきた相手に対し奇襲の形で鳩尾に掌底を叩き込んだ。

 全裸であることを恥ずかしがることもなく侵入者から視線を外さず相手の実力を把握しようとし、それほど時間をかけずルスカに指示を出した。

「ルスカ、生き残ることだけ考えて自衛。援護とか一切考えないでいい」

 イネは指示を出すと同時に普段隠している殺気等の気配を全て表に出し、侵入者と睨み合う。

 イネが掌底を入れた相手も防御をしていたようでダメージを確認しながら距離を取ってイネの出している気配の値踏みをするかのように少しづつ後退し、窓の近くまで移動したところで他の襲撃者が。

「……ここは引く」

 そう言ったと同時に煙幕を張り、部屋から立ち去って行った。

 それでもイネは全裸のまましばらく警戒を解かずに構えていたものの、煙幕が晴れた辺りで脱力し。

「……はぁ。ルスカ、宿への説明は任せた。イネちゃんはもう一度あったまってくるわ」

 それだけ言って再び浴室へと入っていく。

 残されたルスカは廊下側の扉から気配を感じつつも、襲撃者があまりに早い段階で撤退した理由もわからず、呼吸を整えてから立ち上がって扉のストッパーになっている椅子を外しに行くのだった……。

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