第29話 激動だった一日

 イネは親方と紙を前に話し合いをし、ルスカはプリオンに色々と身体の寸法を測られるだけで終わり、この日は切り上げて翌日続きを行うことになりルスカはイネについていく形で宿泊する宿に入ったのだが……。

「師匠……ここって入ってもよかった所なんですか……」

「ドレスコードなんかないから大丈夫だよ」

 内装は派手ではないものの高級感を漂わせるもので統一され、調度品1つとっても場の雰囲気を乱さないどころか完全に調和していて見る者を圧倒するも威圧はしないよう工夫がなされている。

 しかしながらルスカにしてみれば場の雰囲気と空気の高級感だけで圧迫感を感じる程度には村の出来事しかわからないのでイネの傍から離れられず委縮してしまう。

 ルスカはそんな調子であったため部屋に通されても殆ど記憶に残らないような状態で、夕飯をどうするかのイネの問いで渡されたメニュー表に関してもかなり上等な肌触りの紙に値段の記載がない料理たちは名前からどのようなものか想像できず困り果てる。

「んー……初日は様子見で出る予定はなかったけどどうするかなぁ」

 いくつかの会話の後、メニュー表を見ていたイネが装備を確認しながら呟く。

 イネが無意識で装備を触ることはなく、イネが考えながら装備を触る時は大体戦闘を前提とした思考をしている時。

 ルスカはその様子を見て。

「昼のあいつらですか?」

「白昼堂々と通行料請求するチンピラはモグリか組織のどっちかだろうから、前者ならルスカに対処させようかなとは思ってるんだよねぇ」

「その組織ってどこからの発想ですか……」

「受付さんとグレイさんとの雑談から。治安が悪いって話題の時に複数の心当たりがある程度には何かしらが存在してるってことだよ」

 イネの言葉にルスカは昼の出来事を思い出す。

「それって俺のせいですよね」

「いやぁイネちゃんがルスカに経験積ませるために放置したから共犯ってところ。休みたいってのも本音だから敢えて今日釣りしなくてもいいかなぁと思ってルームサービスで済ませたいのが本音だけど、さっさと済ませて後日完全な安全状態で羽を伸ばしたいって気持ちもある」

「つまり……?」

「ルスカが決めな、食事を外にするか中にするか」

 イネにしてみればどちらに転んだところでプラスになるという考えであったとしても、ルスカにしてみれば自分が原因でトラブルを招き入れてしまったという事実でしかなく考え込んでしまう。

 それと同時に街に滞在している間、更には翌日以降に予定しているプリオンとの装備調整に支障が出ることが一番嫌だと考えたルスカの答えは。

「……先に面倒ごとを片付けたいです」

「つまりは外ね、了解。貴重品は手持ちにして漁られてもいい物だけ部屋に残していくよ」

「なんでです?」

「高級宿でも治安が悪い地域だからね、ボーイへの教育はされていても握らせて仕事する連中が居てもおかしくない。普段ならやらなくてもイネちゃんたちは後ろ盾が今この場にいない一介の傭兵に過ぎないから魔が差すかもしれないしね」

 イネの後ろ盾というのは森の町の権力者たちのことで、貴族、商人、聖職者とフルセットもいい所なのだが、一番強い後ろ盾はパラススという名の賢者。

 その賢者の後ろ盾があったからこそ後ろ盾贅沢セットのような状態になったことから後ろ盾として実際に存在していることをうかがわせるだけの実力を示し続けなければいけないのがイネの枷になっているわけだ。

 だからこその賄賂による窃盗などをイネが警戒しているわけである。

「そういうものなんですか……こんな場所でも起きるのか」

 ルスカにしてみれば貴族なども利用するような高級宿でそういうことが起きることが不思議でならない。

 一度そういうことが起きてしまえば宿泊業において信頼というものが無くなり大変なことになるんじゃないのかと考えるも、現実は賄賂を受け取り不正や犯罪に加担した従業員を見せしめとして処分すればいいだけなので、短期間に複数回発生しなければ大丈夫なことの方が多い。

 イネの言っていることはそういうことなのだが、この時のルスカにはまだそういった発想が出来ないのだった。

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