第27話 合否の評価

「戻ってきたようですね」

「んー不合格?」

「いや及第点だな。登録希望者にありがちな無謀さはなくむしろ積極性が欲しくなるほどの堅実的な防御だった。生きる意思の強い奴なら問題ない」

 ルスカが呼吸が整わず未だに立ち上がれない状態で地面に大の字で寝ているが、用事を終えたイネが戻ってきたようでグレイと会話している。

 そしてグレイがイネに伝えた内容は、ルスカにとってあまり実感がなく信じられるような範囲ではない。

 現実としてルスカはグレイに対して何も出来ず負けた。

 それにも関わらずグレイのルスカに対する評価は不思議なことに高く、防御に関してもグレイに対してこじ開けられたり受け流されたりしていた以上堅実と言われても納得できない。

 生きる意思についても他に道がなくなって殆ど自暴自棄のような覚悟で前に出たのだから真逆ではないか。

「しかし素人が初見じゃ防げない技も使ったんだがなぁ」

「後頭部でも狙いました?」

「まぁ……そんなところだ」

 違う。

 ルスカは今の会話でもグレイの嘘の意図が理解できない。

 自分は後頭部を狙われていないし、初見じゃ防げないような攻撃もされていないという思いで更に悔しさを募らせる。

 ルスカにはどうしてもグレイがなんで高評価をしてくれているのか本気でわからないでいると、グレイがこちらに気づき。

「納得いかねぇって顔してるがな、拘束された時に全体重を使ってってのは正解の1つだったんだよ。素直に離れようとしたところで逃がさない体勢を取られた時の最速で生き残る手段を取ったお前は傭兵として最低限満たしてるよ。まぁ旅人だのそっちの方が向いてるとは思うが、生還するってのが一番の才能だからな」

「でも、負けた……」

「傭兵が負けたなんてのは死んだ時だ、生き残ろうとしながらあがける奴なら問題ないんだよ。少なくともここでの発行基準はすぐ死ななそうな奴だからな」

 それを伝え終わるとグレイはイネと受付のいる方向へと向かう。

 その後に続こうとルスカも立とうとするも、グレイがルスカを離すために行った最後の一撃が今も響いておりまだ呼吸が整わない。

 グレイやイネの会話はルスカにも聞こえてくるものの、魔王だとか闘技場などという特徴的な単語しか聞き取れずどういう会話なのかをルスカは理解することはできない。

 呼吸は整わないものの何とか立ち上がり、ルスカはイネの所にゆっくりと歩き声をかける。

「し、師匠……」

「及第点で合格だってさ」

「それは……はい……」

「もうちょい呼吸を整えな、身体全身に酸素を行き渡らせるのを意識しながら深呼吸」

 話しかけた時点でルスカの状態を把握していたらしいイネは先ほどのグレイの発言で合格だったことを補強してくれるもので、すぐに呼吸に対しての指示を出す。

 この呼吸に関しては訓練の最中不定期ながらルスカは聞かされていたもので、違和感なく呼吸を行う。

 呼吸をしながらもルスカはイネたちの会話に耳を傾ける。

 グレイが今のルスカに指示した呼吸法についてイネに聞いているようだが……どうやらイネがその呼吸法で出来ることを実践することになったようで、少し離れた場所にある訓練用の的に向かって対峙する形でイネが立つ。

「距離は……」

 イネはそうつぶやくと構えを取り、深呼吸をして……正拳を的に向かって突き出す。

 イネの行った動作は離れた場所の的を軽く揺らす程度の物でしかなかったが、そもそもおよそ20m程の先の的に対して正拳突きで揺らせること自体が普通ではない。

 屋内であったこともあり風も吹いていない状態で起きた出来事にグレイは驚嘆し、ルスカもここまで遠くへの的に当てたイネの遠当ては初めて見たので改めてイネの実力に対して憧れのような感情を抱いた。

「師匠、お待たせしました……勝てなかったのは申し訳ないです」

 その様子を見ていたルスカもようやく呼吸が整い、グレイと会話しているイネに話しかける。

「んーむしろ勝てる可能性はほぼ無かったと思うからそこはいいよ。流石に経験値が違いすぎて身体能力で勝っていても手玉に取られるのは確定だったし。勝てるとしたら意図してないラッキーパンチがいい所に直撃するとかそんなレベル」

「また経験……」

「経験は一朝一夕には身につかないから、そこに負い目を感じる必要はないし自分を卑下することもない。今回の敗北もいい経験になってるから今後の糧にすればいい」

 ルスカが勝つことをイネは期待していなかったのは、ルスカ本人にも理解はしていたものの、身体能力はグレイに勝っているとは思えないし、そのラッキーパンチもグレイの予想外を突けた時点で発生していたようなもので……それも届かなかったのだ。

 それを届かせるのも経験で、相手の受け流し等にも対応できるようになるのも経験だということは今のルスカにもなんとなく理解は出来る。

 ただそれでも自分がどれだけ努力を重ねればイネやグレイに届くのかあまりにも不明瞭な点がルスカにとって不安を大きくさせる。

「そういえば治安的な意味で安全な宿ってどこになるかな」

 ルスカの落ち込みもイネは想定していたようでグレイと受付に対し宿の情報を聞く。

「それなら商人ギルド前が良いだろうな、この辺や馬車道は衛兵も熱心じゃねぇからな」

「ありがと、お金は飛びそうだけど選択肢の上位にさせてもらう。それじゃあルスカ行こうか」

「行こうかって、宿にです?」

「サラマンダー工房ってことろのルーインさんに会いにいくんだよ」

 なんで。という質問をする前にイネは歩きだしてしまったため、ルスカは慌ててイネの後ろに付く形で小走りした。

 そして今から向かうサラマンダー工房でルスカは運命的な出会いをすることになる。

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