第26話 登録試験

 ギルドに到着後、気が付いたらという表現がしっくりくるようなスピードでルスカは試験を受けていた。

 試験担当の傭兵はグレイという名前の実力者で、イネの見立てでは五分での対決になると言うものであったが……。

「本当に合格するかが五分という見立てをこれでされてるとはな……」

 ルスカの訓練用の槍による突きだけでなく、小手先にはなるものの石突による死角狙いの攻撃すら捌きながらグレイはそんな言葉を漏らす余裕がある。

 一方ルスカとしてはある程度自信のあった槍による連撃がこうもあっさりと回避……しかもグレイがやろうと思えば確実にルスカにナイフによる反撃を狙えたであろうことを実感し、動けなくなってしまう。

「格上とのタイマンは初めてか?だったら慣れてからにするんだな」

 グレイの明らかに挑発している口調の言葉はルスカには刺さる。

 格上相手のタイマンは初めてではないし、命の危険が薄い対戦もイネとの訓練で何度も経験している。

「このまま……」

 このまま負けたら師匠に申し訳がない。

 そう思った瞬間イネの言葉を思い出す。

『武器に頼ってもいいけれど、その土台である肉体の信頼性を上げた方が生き残れる』

(言葉は違ったかもしれないけれど……!)

 内容自体は合っているはずと信じ、ルスカの実力を測り終えたと言うように出方を待っていたグレイに向かい槍を突き出す。

「基本は出来ているんだがなぁ」

 グレイは当然その突きに反応して最小限の動きで回避をし、距離を詰めてルスカの次の行動に対して身構える。

 ここまではロイやデグ相手でもやられたこと。

 そして石突での攻撃は同じことの繰り返しになるが、ルスカは敢えて同じように石突で打撃。

 ルスカの想定通りにグレイは先ほどと同じように槍をいなす形で受け流し、それに引っ張られるであろうルスカに攻撃を加えようと動く。

(武器だけに頼ることなく……!)

 槍を手放し、槍に引っ張られた時の動きを利用して足をグレイの腕に絡ませる形に巻き込んで倒れこみ。

「くぅ!」

 ルスカもダメージを受けながらなので思ったように身体が動かないが、今のタイミングでなければグレイに対して一撃を叩き込めないのは間違いなく、実力と経験の足りていないルスカにとっては最初で最後のチャンスと言って差し支えない。

「おっと、流石にこれは危なかったな」

 しかしグレイはルスカのその渾身の一撃も防御する。

「対人なら今のはいい所まで行けるな、まぁ俺以上の連中には簡単に反撃されるだろうがな」

「くそ!」

「残念だが組み敷かれた状態の相手に拘束されてるようじゃ、獣相手にゃ生き残れないぞ」

 言われなくても自覚していることを言わたルスカは自分の状況を確認する。

 これもイネから追い詰められた時程冷静にという言葉を思い出したからこそではあるが足をからめとられ、攻撃に使った右腕も捕縛されている今の状態からの脱出や反撃はかなり難しい。

「これくらいやれねぇとこの街のチンピラ連中が徒党を組んで来た時にゃ何もできねぇからな」

「経験の差……」

 イネから言われていることをグレイに示されたことでルスカは実感する。

(師匠の言いたかったことはコレか……!)

 経験が足りないという言葉の意味を理解したルスカは、イネがルスカに課していた訓練を思い出す。

 ソレを言い続けていたイネの訓練が何の意味もないということはありえないし、経験だけが足りていないとも言われたのだからそれ以外は足りていると思っていいはず。

「だから!」

「うぉ……」

 掴まれて動けないのであれば逆に全体重をかけてしまえばいい。

 両足がからめとられているために純粋な全体重にはならないものの十分意表を突けたことでグレイの拘束が緩み抜け出せる隙が生まれる。

(ここで引いたら次は難しい!)

 ルスカは離れるのではなく自由になった両足も使ってグレイの腹部、鳩尾辺りに膝のみを押し付ける形で全体重をかける。

「ぐ……」

 グレイも流石に息が一瞬出来なくなるも、ルスカの脇腹に拳を叩きつける。

「がっ……」

 膝だけで全体重をかけていたために体幹バランスもあったものではなくルスカはあっさりと地面に転がされてしまう。

 両者ともに息を整えるため動きが鈍くなるも、先に立ち上がったのはグレイ。

 先ほどのような軽口や挑発は行わず起き上がる動きの勢いでルスカに対し足裏での蹴りを最速最短の一直線で放ち、ルスカも起き上がりはしていたものの反応が遅れ……。

「ぐっ!」

 咄嗟に腕で防御はしたものの体重の乗った蹴りで大きく滑ってルスカは倒されてしまう。

「ふぅ、まぁこんなところだろ。テメェもそれでいいな?」

 グレイが試験の終了を告げるが、勢いよく蹴り飛ばされたルスカは反応が出来ず結果を受け入れるしかなかった。

 登録試験の組手で、負けた事実を。

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