第25話 路地裏ファイト
通路を抜けた先はもはやルスカが知らない世界。
それこそ言葉にするなら異世界と言って差し支えない光景が広がっており、イネの言葉もあまり耳に入ることなく離れないようについていくだけであった。
「さてと……ギルドと宿、どっちを先にするか」
なんてこともイネに聞かれはしたルスカであったが、初めての光景に収穫祭でしか見たことのないような人の数……むしろ収穫祭の時と比べてもこれだけの人間が同じ場所に存在していること自体がルスカの人生においてはじめての経験で少し酔う感覚であまり会話にも集中できない。
「ギルド付近はそれなりに治安は悪いだろうけれど、どうする?」
「師匠に余計なお金を使わせるわけにはいかないので、そちらを優先でお願いします」
ただでさえこの街に入る料金をイネに出してもらったし、現時点でのルスカの手持ちでは宿に泊まることも難しいため頼らざるを得ない。
だからこそという流れではあるがイネに余分な出費をさせないような選択をルスカは意識していた。
移動中に食事の話題も有りはしたがルスカにはあまりピンとこない内容で、そうこうしている間にとある路地の入口にたどり着いていた。
路地には道を塞ぐように筋肉がやたら腕につきすぎている男が居て……。
「通行料、払えや。観光代金で金貨1枚でいいぜ」
「そんな代金払えるかよ!」
明らかな違法行為と法外な値段を聞いたルスカは脊髄反射的にそう叫んでしまう。
「じゃあ通せねぇなぁ、なぁお前ら」
「そうだなぁ、代わりにこっちの女でもいいんだぜぇぐへへ」
目の前の男の声でルスカとイネを挟み込む形で後ろから数人の男が現れ、放していた男の後ろにも数人の男が姿を現す。
数で囲んで威圧し、囲んだ上で反発してくる相手を押しつぶすタイプの連中……チンピラであることは間違いない。
「ただのチンピラなら余計に払う金はない」
「おぅおぅイキるねぇ、こっちの人数相手に女守りながら勝てると思ってんのかよ」
「いや……」
それならばと啖呵を切るルスカであったが、男が自信満々ににイネを人質にしようと考えている言葉を聞いて振り向くとそこには……絶対何かを企んでいる笑みを浮かべたイネの表情を見てルスカは現在の状況をようやく理解して青ざめる。
「女、テメェはこっちだ!」
「あー無理やりじゃなくてもいいから、このくらい離れてればいいかな?」
「やたら協力的じゃねぇか」
「まぁ……信じてるからね?」
このイネの言葉でルスカは退路がない事を悟り更に青ざめる。
このチンピラたちのことをイネが仕組んでいたわけではないだろうが、ルスカが脊髄反射的に啖呵を切ってしまったことでイネの中ではルスカ1人に対処させることになったのだろう。
知ってか知らずかチンピラたちはイネの言葉に口笛を鳴らしている。
素人だとしてもイネの実力を考えるとわかりそうなものではあるが、今イネの実力が判る部分はチンピラが捕まえようとするのを全てのらりくらりと回避していることくらいでマントで装備が見えないようにした上で気配もかなり小さくしているためかチンピラたちは捕まえられないことに焦る程度に実力を把握できていない。
逆に言えば気配を消すことがまだできないルスカのソレを認識しても囲んで人質を取れば何とでもなると思われているということでもある。
(なんだか少し腹が立ってきたな……)
イネに未熟だのなんだの言われるのは構わない、実力の差を考えてもただの事実なのだから。
ただ目の前のチンピラ連中は筋肉を誇示し、ナイフをちらつかせているだけで重心の移動や包囲の仕方もルスカがイネから教わった内容から逸脱していて実力を推し量る必要すらない程にルスカより弱いと認識できる。
無論相手が自身よりも弱いから油断していい等とはイネから教えられるわけはなく、むしろ油断するなと何度も言われてきたのでルスカは目の前のチンピラ相手に油断しようとは思わない……がどうしても明確な実力の差というものは無意識のところで隙を作ってしまう。
「おらぁ!」
居ることはわかっていた場所からの先制攻撃にルスカは反応が遅れる。
とはいえ攻撃が届くまでの間に気づけたことで身体を捻り回避とまではいかないもののダメージを軽減して動きの流れを利用して腕に重量をかけて投げ飛ばす。
イネの投げ方なら自分へのダメージをそのまま投げる勢いにした上で相手へのダメージもコントロールするのだろうが、ルスカの実力ではそれも難しい上に反応が遅れたため投げ飛ばされた男は背中から硬い地面に叩きつけられて肺の中の空気を全て吐き出してしまったようで呼吸困難でのたうちまわっている。
「テメェ!」
自身の未熟を痛感する間もなく次の男の攻撃が襲ってくるも、息を入れる間もなく攻撃をされるのはイネとの組手で散々ルスカは経験していたために無意識に反応して相手の軸足に抱き着き、全身、全体重を使って回転して転倒させる。
(次は……)
ルスカが気配を探す形で警戒するが、何かがおかしい。
違和感を探すため一度イネがいるであろう場所に視線を移すと。
「捕まっちゃった♪」
イネは男に肩を握られる形でそんなことを嬉々として口にしていた。
「わざと捕まらないでください師匠!」
イネの行動に対するツッコミの勢いで、イネの事を掴んでいた男の顎をかすめる形で拳を当てて男を気絶させた。
「一体何者なんだてめぇ……」
「あ、もういいから気絶した連中連れて行きな」
「え、師匠?」
「憶えてやがれ!」
ようやく男たちが実力差を理解し始めた辺りだったところでイネが逃がす形で殴り合いは終わる。
「なんで逃がしたんですか師匠」
「ここに放置して身体の冷たい人間を複数人作りたかった?」
「いえ……」
「対人で一番効果的なのは軍で言う全滅判定のところまで削ってやればいい、今回は奇数人数だったから連中が撤退したがるまで止めなかったけど」
この後イネから対人戦での全滅について説明されながらギルドに目指すことになったが、ルスカはあまり腑に落ちることはなかったのであった。
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