第23話 火の番

 イネに押し付けられる形で始まった火の番であったが、ルスカは怯えながらも焚火の火で乾かしていた枝を薪としてくべる。

 枝にまだ水分が残っていたのかはじける音が聞こえるも焚火の灯りはルスカの心を落ち着かせてくれて周囲の闇に対して気配を探るだけの心の余裕をもたらしてくれていた。

「師匠はなんで俺を先にしたんだろう……」

 夜の森は無音ではないが、それ故に独り言を漏らしてしまう。

 森はそれなりに深く人の手が入っていない場所ゆえに間伐もされていないため月明りは地面に届いておらず、光はルスカの守る焚火の灯りだけ。

 風は昼間に比べれば落ち着いているもののそれでも葉や枝を揺らす音は不定期で聞こえてくるし、水源となる川が近いこともあり常に水の音も聞こえてくる。

「気配って言っても……多いよなぁ」

 人の手が入っていない森で汚染もされていない以上野生動物は多く、昼にイネが処理した狼もその一部でしかない。

 狼の血の臭いはルスカにはもう殆ど感じないものになってはいるものの、人の嗅覚で少しでも感じるということは野生動物にはそれだけ匂っていると思っていいし、干し肉で燻してもいるが狼の肉はまだ結構な量がカマドに鉄串を増設して今も干す形で燻し続けているため肉の匂いも森に垂れ流されている状態である。

 当然肉食獣は食事にありつくために確実にソレがあるここを狙ってくるだろうし、夜行性の動物はルスカの知識でもそれなりに多い。

 何だったら他の狼の群れが襲ってくるかもという考えがルスカの頭から消えることなく存在しているために怯えているのだ。

「月が見えないからどのくらい経ったのかもわかんねぇ……」

 これもイネの言うような経験の1つなのだろうが、終わりが見えない作業というのはそれだけで体力以外に精神も疲弊させる。

 周囲を警戒しながら火を消さないようにしつつ時間が過ぎるのを待つだけというのはルスカの想像とこれまでの経験を軽く超えるものだった。

 そしてルスカは再び枝を焚火に投げ入れる。

 パキ。

 投げ込んだとほぼ同時に焚火ではない場所から、しかも火の弾ける音ではない乾いた音がルスカの耳に聞こえた。

 枝を踏み抜く音であれば小動物ではなくそれなりに大きな動物が少なくともルスカが警戒しなければいけない範囲かそれより少し離れた場所にいることが確定したことで緊張感が一気に増す。

 ルスカはすぐに立ち上がれる姿勢になり周囲の気配を探る。

 しかし森の中は気配が多く、肉食動物にしても殺気を出して狩りをするわけではないためルスカにとっては敵性生物なのかの判断がつかず難易度が高すぎる。

「師匠はこれも経験で何とかなるって本気で言ってるのかよ……!」

 自然と愚痴が口から出るもののイネが起きている気配を感じられないルスカは少し安堵しつつ自分の方向へと向かってくる気配を探す。

 干し肉を燻しているため肉の匂いは森に垂れ流されている以上は覚悟していた事態だが実際に経験したルスカの感想は慣れるとは思えないというものであった。

「……わかんねぇ!」

「川の向こうだからそんなに騒がず注視すればいいよ」

 そしてルスカの叫びに対しいつものトーンでイネが捕捉した。

「え、師匠起きて……」

「それと多分狼でも熊でもなく鹿じゃないかな。水源なんだからそういう動物も来るよ……まぁ夜に活動する鹿の時点でかなり珍しいとは思うから興味があれば調べてもいいんじゃない?」

「なんで種類までわかるんですか……」

「山林での野営、滞在訓練の時に身体で覚えたからね。動物の体重とか歩き方の癖まで把握しなきゃいけないから経験だけじゃなく知識も必要だし……次の街に着いて余裕があったら動物図鑑でも買ってあげるよ」

 イネがそれを言い終わる辺りで川を挟んだ茂みから鹿が姿を現し、ルスカに警戒の眼差しを向けた。

「殺気を消してあげな、あの鹿は水を飲みに来ただけでイネちゃんたちはあの鹿を食べようと思っているわけでもないわけだし」

「火は消さないでもいいんです?」

「いいよ、そもそも火を警戒するならここまで近寄ってこない。そういう意味でも鹿にしては珍しいかもね……」

 イネの語尾に違和感を感じたルスカは眉をひそめる。

「どうしたんですか師匠」

「流石に鹿の生態的におかしすぎる。まだ1時間程度だけど交代でいいよ」

 そう言ってイネが地面に降りると鹿はゆっくりと茂みに姿を消していく。

「……そういえば魔獣って狼型だけってわけじゃないよね」

「いや知りませんよ」

「そっか。でもまぁ薪を少し多めにしていいから火を強めておいて」

「はい」

「交代って言ったけど逃げ道無くなるだけの可能性もあるからルスカは火の近くにいること、少し目を瞑るだけでもそれなりに休めるから今の内にやっておきな」

 イネの落ち着いている指示にルスカは従い目を閉じる。

 焚火の火の熱を強く感じるも周囲の茂みが大きく揺れる音が先ほどよりも激しくなっておりルスカの中で焦りが強くなっていく。

「さてと……あくまで警戒しているだけなら楽なものだけど」

「楽じゃないです!」

「殺意がない相手にまでそんな神経張ってるからだよ。野生動物にそれを感じるのは確かに難しいけれど狩りをする時の気配ってのは確かにあるからそれを覚えること……昼の狼と比べれば肌に刺さるような視線とか気配はないでしょ?」

「わかりません!」

「その辺も今後やらないとか……」

 この後イネが良しと言うまでルスカは気を休めることが出来ず、結果として徹夜になってしまった。

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