第22話 野営の準備
狼の解体に関しては村でやったことがあったのでルスカにとって問題ないものだった。
違うのは効率のいい血抜きや肉の保存のための簡易的な処置で数日持たせるのは大前提にしても数週間からひと月持たすのを干し肉にせずに品質次第で出来なくはないとイネの手際に驚かされていた。
内臓に関しては感染症の恐れもあるからと焚火で焼いて炭にしてから地面に埋めていたし、骨も利用できるとして回収していたのはびっくりしたルスカだったが牙や爪をお守りにする傭兵はそこそこいた記憶もあるのでそういったものだろうとルスカは自己解決しておく。
「とりあえずだけど、概ねサバイバルの基本を教えたわけだけど」
「村でやってた解体よりも綺麗なのは驚きました」
「素材を売ればお金になるからね、品質が高い方が高く売れるのは当然」
「傭兵の副業ですか」
「もしくはこちらをメインにする人間もいる。人と戦うのが嫌いって人は狩りメインだったりするし」
そう言いながらイネは手を動かす。
小川部分を少し掘り、簡易的な池を作った上で皮を洗っている。
「流水じゃなくていいんですか」
「流水の方がいいのは確かだけど、ここが川の上流であることを考えたら迂闊にそういうことはやらない方がいいからねぇ。人以外にも利用するのなら自然界に影響が出る」
「人への影響は?」
「寄生虫やら細菌がメイン。ただ1つ言えるのは狼の血が入った水を飲みたい?」
「あ……いえ」
「まぁそんな感じだから洗うにしても最低限だよ。この水もその辺に撒いて蒸発させる」
「それは大丈夫なんです?」
「大丈夫じゃないなら自然界の循環は成り立ってないよ?」
自然の循環を言うのなら肉とかも土に還す必要があるのでは?
そう言いかけたルスカだったものの、イネが解体している時に内臓を地面に埋めていたのを思い出して言葉を飲み込む。
イネの手際は旅慣れているというにはあまりに効率がいい。
ルスカの知識、経験不足が原因ではあるがそれにしても戦いに解体をやりながらキャンプ設営をするルスカに指示を飛ばし肉の下ごしらえまで行うのは既に1人でやる仕事量ではない。
イネはそれを苦ともせず、むしろ鼻歌を交えながら楽しそうにやっている。
「師匠はその……手際が良すぎる気がするんですけど」
「1人で旅をする場合はやらないといけないことが多いからね」
「動物の解体はギルドに任せるものなんじゃ」
「もしくは商人ってこと?確かにそっちの方がポピュラーではあるけれど、イネちゃんの場合はそれなりに長い間自力環境で暮らしてたからね」
そう言いながら手際よく洗った毛皮を干し、狼の肉も小さく切り分け始める。
狼の肉でも出来るかルスカにはわからないが、どうやら簡単にいぶす形で干して干し肉にするらしい。
イネが言うにはあまり美味しくはないものの簡単な保存食には出来、数日の日持ちになるとのこと。
狼の肉自体をルスカは食べたことが無いのでそこの不安もあるのだが、イネの手の動きは早く食べる気満々なところを止められるわけもない。
「もう少し石を積み上げた方がいいよ、それなりに風が強いしこの辺の枝は水分が多いから火が消えないようにカマドにしてやらないと火が消えるから」
「は、はい」
「それに石で積み上げただけのカマドでも周囲への延焼もそれなりに防いでくれるからね、安全確保って意味でも有効なのは覚えておくといい。火が見えないと獣が近づいてくるって人もいるけれど、薪のはじける音とかでも野生動物からしたら警戒するから心配しなくていいよ」
本当にそうなのかはルスカには判断しかねるところだが、自信たっぷりのイネの説明は理屈ではなくどこか安心することが出来た。
水場付近での焚火ということで火が消えやすいのは間違いないし、森の中なのに強い風が定期的に吹いているので簡易的なカマドを作ることも理にかなっている。
たった1回、利用するためのカマドであってもしっかり作っておくことも調理中崩れないようにするとか、干し肉にする時に火を絶やさないための構造というのもルスカにとっては新鮮な気持ちで作業が出来たし効率のいい方法もイネが教えてくれているので勉強にもなるし得しかない。
野生動物等に対しての警戒をする番は緊張と不安を感じているもののルスカにとっては旅人としての生き方を最短で身に着けられている感覚でテンションが上がってきている。
「カマド出来ました」
「初めて作ったにしては上出来。隙間を泥で埋めてたらもっとベストだったかな」
「泥……あぁ隙間を埋めて風を防ぐんですね」
「それもあるけど強度の問題かな。内側で火をつけると泥が乾燥して石同士の接続を強めてくれるからやっておくと色々と便利だよ」
「でも崩すんですよね?」
「基本はね。カマドなら小動物の隠れ場所になったりするし、強い雨で自然に崩れるからそこまで気にしなくていい。そもそも泥を利用して乾燥して簡単に固めただけなんだからね」
「……あぁ成程」
「とりあえず汲んだ水を沸騰させるからイネちゃんの荷物から網を出してカマドの上に乗せておいて」
「わかりました」
この後イネの作った狼の焼肉と荷物としてはかさばっていた村の野菜と一緒に煮込んだ肉スープを食べた後、イネはルスカに先に火の番をさせて上の方の枝を繋ぐ形に布をかぶせハンモックとして固定し、横になった。
先に番を任されたルスカにとっては自警団所属の間に何度か経験していたこともあり不満には思わなかったものの……。
「狼、また出てこないでくれよ……」
野生動物がいつでも飛び掛かってくる環境でのそれは想像以上に疲労するものとなったのだった。
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