第20話 狩り

 水の確保は、イネの言ったように苔の近くを探すことで川……と言うよりは小さめの池が見つかった。

 湖というには小さいものの、池の中央辺りには時折空気の泡が浮いてきていることから地下水がここで湧き水となり池にまで大きくなっているようである。

 そしてそこからいくつか小川が伸びていることからここが水源の1つなのであろう。

「完全な水源だね。地形的に大型動物は下流の方に流れるだろうから野生動物でここを利用するのは中型までかな」

 イネは池とその周囲の地形からそんな推測を立てながら紙に色々と書き込んでいる。

「師匠、それは?」

「簡単だけど地図をね、寝て起きたら方向が判らなくなりましたは最悪だからね。森の中だと太陽の位置を確認することが難しいことも多いから街道からこの池までの大まかな位置関係と距離をメモしてる……ルスカもその内出来るようになってもらわないとなぁ」

「紙なんて高価なもの使えないですよ」

「あー……まぁ確かに高価ではあるか。ただ値段相応の利便性はあるから手帳は持っておいて損はしないよ」

「紙の手帳って村でも金貨1枚ですよ……」

 金貨を要求してくるものがそれほど旅に活用できるのか、ルスカには疑問でしかない。

 しかしイネははっきりと値段以上の利便性を口にしたこと疑問を持ちつつもどう役に立つのかという興味も同時に湧き上がる。

「利便性って、具体的にどんなところなんです」

「まず携帯性に優れてる。このサイズで200ページ、重量はそこそこあるけどそれでもナイフより重いことはないし、書きやすいように工夫も凝らされている」

 そう言いながらイネの手のひらよりも一回り大きな手帳をルスカに見せ、今書いた地図も開いて見せてきた。

 地図は確かに大まかなものではあるが、街道からこの池までの移動経路や距離と思われる数字、ルスカは水を探すことに集中していたことで気づかなかったがイネはルスカを見守りつつ簡易的ながら目印を作りながら移動していたことまでわかる。

 イネは不安定な足場を移動しつつルスカの状態にも気を使いながら動いていたことに驚きを隠せない。

「これをすぐにやれって言われても出来ない人間の方が多いから、慣れるように心がけていけばいいし、イネちゃんが居ない時にもそれが出来る仲間を見つけるのも手だからね」

「師匠が居ない時って……」

「いつか別れるのは当然だからね、イネちゃんの個人的評価で言えばルスカはもう少し自信をもって知識を身につければ出来るって認識だし」

 確かにイネにとってはルスカが押しかけてきた形だし、むしろこうやって色々と実践の形で指導してくれていること自体が珍しいこと。

 今すぐというわけではないがイネの口からはっきりと明言されたことでルスカは悲しさを覚えると同時に自信と知識が足りていないだけで技術などは問題ないと言われたように感じ少し嬉しくもあった。

「ともあれルスカが自分の足で世界を視るために必要な知識はまだまだ足りていないし、自信を持つための経験も足りていないからね。とりあえず小動物捕獲と中型動物の足止めに使える簡易的な罠を教えるよ」

 イネはそう言いながら木の根元付近にある草を結んで輪を作り、その近くの枝に繋ぎ。

「この結び方と枝への接続で、ここに足を置いて地面を少しすり足のように動かした場合はこうなる」

 イネが作った罠はその動きに反応して枝に引っ張られる形で輪が閉まる。

「人間や大型動物、大きめな狼の場合は無理だけど小型の動物ならこれだけで捕獲できるし小型の狼辺りなら一時的な足止めにもなる」

「小型って兎とかですか?」

「そうだね、ただ食べ応えを考えるとなんだかんだ鹿か猪を狙った方が無難だからとりあえず作っておく感覚でいいよ。血の臭いに寄ってくる狼の対処をしやすくなるし」

 血の臭いに寄ってくるのは本当に狼だけなのだろうかという質問を飲み込みつつ、少なくともこの水源に関しては熊のような大型の動物はあまり寄ってこないという先ほどのイネの言葉を思い出して、イネはこういった地形選びも教えられずとも覚えろと言いたいとルスカは判断する。

「最も狼対処なら木の上に登ればいいんだけどね、そこから弓やスリングショットとか遠距離で対処すればいい。その際に鹿か猪を撒き餌的に使ってもいい」

「せっかくの食料なのに?」

「だってそれを食べてる狼分の肉は増えるでしょう?」

 イネにとっては狼は仕留められて当然と言った返答であった。

 ルスカにしてみればそもそもその前の鹿と猪ですら狩りの成功も怪しいというのに、機敏で明確にこちらの命の危険もある狼相手となるとルスカは途端に自信を持てなくなる。

「……もしかして、狼を狩れってことです?」

「熊が出てきたらイネちゃんがやるから、安心していいよ。狼も数次第では手伝うし」

 少なくとも狼の相手をすることが確定していたことにルスカは青ざめた。

 今までイネに教えられてきた技術の殆どは対魔獣での生存方法と対人に使える格闘技術にある程度の武器術だけだったからだ。

 兎や中型の鳥までなら弓を使えば何度か外したとしても数時間以内に成功させる自信はルスカにもあるが、鹿や猪は身体が大きい分致命傷になりにくく狼に至ってはこちらに向かってくる機敏な動きに対して対処しきれる自信はない。

 無論対魔獣と比較すれば狼の方が大したことないと言う理屈はわかるのだが、それとこれとは話が別である。

「魔獣が出てきたりとかは……」

「気配はないよ。それに少なくとも魔獣が居たら野生動物がここまで穏やかな動きにならないしそこは安心していい」

「となると狼を狩らされるのは確定と……」

「出来るようになっておいた方がいいよ、商人護衛とかやる場合は魔獣以外だと基本狼か野盗だし」

「それって魔獣の場合は……」

「自分の命最優先、次に雇い主の命、可能なら護衛隊列を崩してでもその場を即離脱させる。雇い主がよほど慎重な性格で入念に準備しているでもなきゃ対魔獣で戦うのは自殺行為だよ」

「師匠の場合は?」

「さっさと遊撃気味に処理するよ。魔獣相手だと奇襲が難しいから殺気を当ててイネちゃんを狙うように釣るくらいはしてからだけど」

 あっさりと言うイネに呆れるものの、自分の出来ることと他人の出来ることの区別をしっかりとつけられる人であることの確認を意図せずに出来たことでルスカは少し安心と自信を持つ。

 イネは無茶ぶりはするが、絶対に出来ないと判断していることはやらせない人である。

 サバイバルの知識についても野草に関してはまずは手を出さず図鑑等を手に入れて調べてからにしろと安全を優先している言動をしていたことからイネは確かにルスカのことを守っているのだ。

 その結論を出したルスカは頬を平手で軽めに叩き気合を入れて。

「わかりました、それじゃあ狼と戦うことになった場合俺が質問したら答えてくださいね」

「程度による」

 簡単なアドバイスをもらえる言質を取ったルスカは先ほどとは違い少し軽い気持ちで狩りを始めることが出来た。

 最もこの日は狼どころか鹿や猪すら姿を見せなかったのだが……。

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