第19話 サバイバル

 村を出発してすぐ、ルスカは自分の想像していた以上の苦難を前にすることになった。

 最初の苦難は道中が徒歩であったことでも魔獣でもなく、イネの一言からで。

「さてと……とりあえず飲み水の確保しようか」

 この一言はルスカが想像していた旅というものはかなり甘いものであったことを象徴するもので、既に村で使っていた水源から相応に離れた場所でのものだった。

「飲み水って……持ってきたものじゃダメなんですか?」

「いいけど、それは安全である確証のある水を最初に使うってことだよ。本気で手に入らない場所に通過したり滞在することになった場合を考えて温存出来る水はしておいた方がいい」

「でも水って腐りますよ」

「うん、水が潤沢に手に入る状況なら水筒の水から使って改めて湯冷ましの水を入れればいい。ただ旅ってのはそれが常に出来るわけじゃないってことだよ」

 説明されてもルスカはあまり想像できない。

 ルスカが生まれ育った村は周囲を森に囲まれている環境ではあったものの広い農地開拓が行われ河川もそれなりに多く、その水源は森深くに存在している山脈の雪解け水と森が地面に保水した地下水と潤沢に存在し干ばつを経験したことすらない。

 それゆえに水に困るといった事態を体験したことはなく想像することも中々難しい。

「ルスカが暮らしていたあの村には水が潤沢だったから想像できないのは仕方ないことだけど、旅をする以上は覚えるのが必須だよ」

「はぁ……」

 イネの熱弁にも生返事しかできない。

 イネもその反応が返ってくるだろうと思っていたため気にせず話を進める。

「まず河川が見つかれば楽、無ければ植物に頼るのが手っ取り早い」

 そう言いながらイネは近くの木に巻き付いていた蔦をナイフで切る。

「これはあまり保水してないタイプか。それなら……」

 次は細い枝のような木を切ると、その断面から一気に水が噴き出すように出てくる。

「こんな感じに植物には水を地下から汲み上げる特性を備えたものがそれなりに多い。そこの土地がよほど毒とかに汚染されていなければこのまま飲料に出来る程度には安全なことが殆ど……まぁ植物自体に毒を持ってるタイプだと流石に無理だけど、それは今後植物図鑑なりで勉強していけばいい」

 毒、汚染などの単語でルスカは眉をひそめるが、切断した木から出ている水をイネは躊躇いなく口にして。

「うん、この辺はまだ村と同じ水源で村では排泄を集めて肥溜め肥料にしてたから水質も大丈夫だね……まぁこっちの方が地下水脈的に上流なだけかもだけど」

「自分で毒の可能性示して起きながら怖くないんですか」

「これは毒を持ってない種類だし」

 つまりイネは知識前提の行為だったわけだ。

「先にその可能性を示唆した理由は単純に警戒心を忘れないようにさせるため。知識で安全を確認した上ででも怖いならこれも煮沸すればいい」

「そんなに採れるものなんです?」

「単独だと無理だけどね、こいつが植生として存在しているなら水脈が地下なり地上なり近くにあることが確定。あぁそこの岩には苔も生えてるからこの辺は水が多いってことでもあるね」

「つまり……川や湧き水を探せと」

「そういうこと。これから水分を確保するのはそれまでの繋ぎ感覚でいい程度には近くにあるからね」

 笑顔のイネに対しルスカは困惑する。

 川はまだいい、音で探しやすいから。

 湧き水というのは音が出ていないし、出ていたとしても森の音と言うのは存外大きく無風かつ野生動物が近くにいないという前提条件が必要になってしまう。

「野獣がいる可能性はあるでしょう?」

「そりゃ当然。むしろ水場は集まるだろうから使わせてもらう精神は大事にね」

 当たり前という返事をするイネは何を言っているんだというように一瞬訳が分からないと言った表情を見せたものの、すぐに安心できるようなできないような言葉を続けた。

「襲われたりは……」

「するかもしれないけれど、対人以外にも経験しておいた方がいいよ。流石に初戦で熊とか相手にさせないつもりだから安心して」

 熊以外ならさせるつもりなのかとルスカは思いもしたが、イネは既にルスカに水を確保させるという思考になっているためルスカも諦めの心境で覚悟を決めて水、特に近くにあるだろうという川を探すことにした。

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