第18話 旅立ち

 負けた。

 師匠の前でのロイとの組手で負けた。

 ロイの頭突きで数分程度意識が飛んでいたルスカが、意識を取り戻した直後に強くそう反復しているとイネが2人に近づきルスカの顔を覗き込んできた。

「2人ともお疲れ」

 労いの言葉をかけてくるイネに対し、ルスカは目を合わせることができない。

 イネの旅についていく決意をしたにも関わらず同じようにイネの元で切磋琢磨していたロイに負けたことで自身の実力が証明されてしまい、確実に足手まといにしかならないだろうと自覚出来てしまったことでルスカは自分自身を許せなくなってしまった。

「慰めとかそういうの抜きで言うけど、単純な経験値の差でしかない結果だね。正直に言えば予想通り……まぁ内容に関して言えばルスカが少し思い切った点は評価できるかな」

「俺は?」

「勝ちはしたけど搦め手を使ってくる相手に慣れていたから対処出来ただけで、反応が遅い。ロイはもっと基礎体力の重要性を自覚すること、いいね」

「へーい」

「後馬乗りになった時に油断したでしょ?自分の状態だけでなく相手が何を狙っているのかの観察力も足りてない。あそこはルスカの誘いに乗っちゃいけないところでしょうに」

 しかしルスカの傍で行われている会話の内容は勝敗とは逆で、ルスカのことをほめている内容が交わされている。

「ルスカは自己評価が低い理由も経験不足から来ているから、今後修練以外に必要なのは村の外に出ていろんなことを経験するのが1番だろうね」

「でも俺は負けて……」

「負けたからこそ、余計にだよ。誰かを守りたいとか足手まといになりたくないっていう高い理想を実現するために何が必要で何が足りていないのかってのを理解するために外の世界を知る必要がルスカにはある」

「俺にはって……」

「世の中にはそれすら必要なく言葉で理解する人間も少なからず存在するから。大多数はルスカと同じ経験が必要な側だから別に特別なことじゃぁない」

「師匠は特別側だろうけどな」

「いやぁイネちゃんだって修練してた時と実戦を始めて経験した時は勝手が違って困惑したから同じだよ。2人との違いはくぐってきた修羅場の数の差と……技術の吸収速度かな」

 それが既に特別。という言葉を2人は飲み込んでおいた。

 イネが言いたいことはそこではなく個人差というものは存在するし、イネのような才能を持っていたとしても修練と実戦の差異に対してギャップを持っていた程にその2つは違っているということだ。

 そしてそれを補うにはそれを経験しなければいけないという所が今の会話の本質。

「どういう決断をするにせよ、今後は外の世界を見てみることを念頭に入れつつ……2人共基礎修練!」

「うげ……」

「はい!」

 イネの言葉に対し2人は全く別の反応をしたが、それぞれの表情は拒否をするものではなく決闘の内容をそれぞれの中で受け止めたものであった。

 そしてルスカとロイの決闘という名の試合から数日後……。

 収穫祭に合わせ食料を買い付けに来ていた商人たちは既に全員自分たちの街や国へと出発しており、村の防壁や畑の外周部にも簡易的ながらも新しい防壁が立ち、傭兵ギルドの稼働が始まったことで衣食住の保証がされることもありある程度自警団と連携出来る傭兵の人数が増え始めた頃。

 自警団詰め所の団長室にてデグがイネの出発前の挨拶を受けていた。

「本当にもう行ってしまうんですか?」

「はい、本来なら街道の安全をある程度確保した時点で森の街からの依頼は達成済みでしたし、傭兵及び冒険者の登録証は収穫祭当日に既に届いていたので予定日数を大きく超えていますので」

「本来の予定を変えてまで村に滞在して貰えて助かりました」

「村を襲撃したであろう魔獣はイネちゃんが倒したボスの取り巻きだったでしょうから、個人的にはアフターケアというか……本来必要なかった被害を出してしまった自己責任分ですかね」

「そこに我々が依頼を重ねたからですかね」

「そこはあまり関係ないですかね。関係があるとしたらルスカとロイ、あの2人が最低限の動きが出来るようにと思った個人的なものです」

「個人的にしては随分とこちらに都合の良い内容ですな」

「単純にまた魔獣が来た場合、慕ってくれた子供が犠牲になる可能性を減らして夢見をよくしたかっただけですよ……まぁメインは防壁の強化と魔獣の生態に合わせた戦術のアドバイスの依頼が資材と訓練で想像以上にかかっただけでもありますが」

「それも個人的に含まれるので?」

「含まれますよ、どちらが足りてなくてもイネちゃんの夢見が悪くなるので」

 この見た目が幼く、美しい銀髪青眼の女性は臆面もなくあけすけに言う。

 イネの言葉通りであるのであれば確かにどちらも個人的な理由になり得ると感心しつつもデグは村長から預かっていた報酬の入った袋を机の上に置いて。

「食料に関しては旅に耐えられるように保存食を中心にしましたが……本当にこんなに少なくてもよかったので?」

 デグの言葉はその通りで、1人で旅をするにしても食料は味気ない保存食量が最低限ではないにしろ少な目だし、何より金銭に関しても村の備蓄では防壁や魔獣に破壊された建物の再建、建造を行ったことで出費がかさんだことで収穫祭直後の1番蓄えがある時期であるにしてもイネが村に対して行ってくれた内容を考えた場合明らかに少なすぎる。

「構いませんよ、あまり多すぎると今度は速度を確保しにくくなってしまうので次の街への到着が遅れてしまいますし」

「次は鉄の街でしたか。距離はそれほど離れてはいませんが……この量ではやはり心許ないかと思いますよ」

「道中、近場の害獣駆除しつつ行きますので。そこでお肉と次の街で売り払う素材の確保を含めての量で計算してますから」

「……成程。討伐依頼はしばらく大丈夫になりそうですかね」

「森の一部方向以外には警戒は必要ですよ。せっかく種まきしたにも関わらず動物に掘り返される可能性は例年並みに警戒した方がよいかと」

「それは残念。傭兵ギルドには衣食住が保証されることで集まった連中と自警団の連携をもっと詰めていきたいですが時間が足りなさそうですね」

「その辺りはこちらでギルドにマニュアルを文書として渡してありますから、赴任したギルド長と意思疎通が出来れば大丈夫ですよ」

「何から何まで申し訳ない。本来ならもう少し報酬を渡さなければいけないだろうが……」

「村の金庫に入っている分は来年までの備蓄ですし、今後ギルドとの折衝で使う必要があるでしょうから構いませんよ」

「助かります」

 ここで会話が途切れ、イネが袋の中身を改めて収納してから持ち上げ。

「それでは、また機会があれば」

「お気をつけて、またお会いしましょう」

 イネは挨拶だけして部屋を出た。

 デグもそれを見送り、手元の書類に目を落とし呟く。

「あいつのこともよろしくお願いしますよ、本当……迷惑をかけっぱなしだな」


 イネが詰め所から出てくるのをルスカは待っていた。

 村長とデグには既に村を出ることを伝え、麻布で作られた袋に入る範囲の準備をして服装は修練の時に散々イネに言われていた動きやすい頑丈な素材で作られた長袖長ズボンを着てイネについていくために。

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