第17話 決意

 今後のイネの予定を聞いたルスカは考える。

 イネの言葉はルスカ自身に足りていないのは経験であり技術に関しては未熟ではあるもののロイと遜色なく、デグ相手には負けるがいい勝負が出来る範囲であると受け取ることが出来るものだった。

 経験が足りないと明確に伝えられたが、自分自身が最も感じていたことだったからこそすぐさま解決できないもどかしさが常にまとわりついて離れない。

「考え事してっと何かあった時対処できねぇぞ」

 村の外周を一緒に走っていたロイに言及され、ルスカは一度思考を切り替える。

「ま、走りながら考え事出来るだけ俺たちも体力に余裕が生まれてきたってことか」

「お前はかなり楽天的だよな」

「今考えても解決しないことや自分の力でどうにもできないことに関しては考えないようにしてるだけさ。その分今出来ることには全力でってね」

 ロイの言葉にルスカは改めて自分がいろいろと足りていないことを痛感させられる。

 自分はそんな今ですら不安で過去を思い足踏みをしているという思いから劣等感のようなものを感じてしまう。

 そんなルスカの様子を見てロイはため息を1つ。

「よし、走り込み終わったら組手するか」

「なんだよ急に」

「急じゃねぇだろ。師匠……イネからあれこれ学んだことを確認するのも修行の内容だって言われてたわけだし、実戦ではないにしろ経験って奴にはなる」

「そういうのは実戦じゃないとダメなんじゃないか?」

「組手で出来ねぇことが実戦で出来るわけねぇだろ。出来たとしてもそんなまぐれに頼るのをあのイネが認めると思うか?」

 それはない。

 それだけはルスカでも断言できる。

 イネが基礎を重要視し、ルスカとロイに対して走り込みをさせて持久力をつけていることからもどんな魔法やスキルがあったとしてもそれを使いこなして活用できるだけの土台が無ければいけないことはイネの戦い、特に魔獣との戦いを思い出せば嫌と言うほどよくわかる。

 人の筋力、体重、速度のどれも凌駕している魔獣に対してイネは特殊な剣を用いはしたが、その剣を使えば誰でも魔獣を簡単に倒せるなんてことはない。

 魔獣の動きを観察し続ける胆力と集中力、魔獣の動きに合わせて動ける瞬発力と体幹、魔獣の比較的弱い部分を狙えるだけの器用さと速度……そしてそれらの全てを支える土台となる技術とスタミナ。

 イネはこの世界に置いて魔法や戦術を用いない単独での対魔獣の技術をルスカや自警団を守りつつ、複数の魔獣に対して警戒しながらこれを行えるだけの一種の化け物ではあるが、その化け物を化け物たらしめている大きな要素はそれらの基礎的な身体能力であり、訓練をする際にルスカとロイを見ている間も自身の訓練も行っているし技術も型を一挙手一投足確認している姿を見ているのだ。

 そんなイネが訓練や修練を軽視するわけがない。

「返事がないってことはテメェも理解出来てるわけだな。だったら四の五の言わず実戦に備えればいいんだよ」

 笑いながらロイはルスカの背中を平手でたたく。

「ちょ、走っている時にはやめろよ!」

「今ので息が詰まらないくらいにゃお前も十分強くなってるってことさ」

 ロイなりの気遣いであることは付き合い自体は短くとも既に親友と言っていいくらいな関係になっているルスカにも伝わっている。

 ロイが野盗をやっていた理由は世界でもありふれている理由、魔獣被害で食い扶持を減らすのを目的に売られた先が受託式の人さらい野盗だったため仕事を手伝わされた形で、別段珍しくもない理由。

 この村では採用していないし、貴族や商人たちによる条約があるためあまり関係ないことだったが、他の地域ではそれほど珍しくもないし人さらいという形は一応違法ではあるものの告知義務がない為市場では気にされないことが殆ど。

 ロイも何度か商人に人を売り払ったらしいが、商人が商品としての価値をつける以上、奴隷階級の人間は衣食住が確実に保証される身分となるし、奴隷を買う人間も労働力を買う以上は移動の自由こそないもののしっかりと働けば資産を持つことも許されることが大半である。

 奴隷、という単語は社会的階級こそ低いのは間違いないためイメージとしてはあまりよくはないが、人が人であるための礼節の最低条件である衣食住が完璧に保証されるという社会システムの1つとなっているため、ロイの前職が人さらいだったとしてもそれほど嫌悪感を持つ人の方が少ない。

「しっかし、定住できるってのはやっぱいいもんだよな」

「どうしたんだよ急に」

「元々食い扶持を減らすために売られたからな、本来ならここまで自由を満喫できるなんて贅沢は出来なかったわけで。そう考えればこうやって衣食住が安定していて仕事もあってやりたいこともやらせてもらえる環境なんてのは生きてきて初めてだからよ」

「お前なぁ、お前に売られた人の前でも言えるのか?」

「俺らが卸してた商人は……まぁ人を売ってる時点で思うところはなくはないが商品として価値が出るように教育やら作法の習得なんてことまでやってたからな。一部親方がつまみ食いみたいなことやることもあったけど下っ端も下っ端な俺がどうにか出来ることでもなかったしいちいち考えてられなかったさ」

 野盗から足を洗った今だからこそ、その辺を考えてしまうと言った表情こそ見せるがロイは口にしない。

 いずれ何かしら巡って自分に売られた人が自由の権利を与えられた時に刺される覚悟もしているようにもルスカには思えたが、ロイ本人の問題なので踏み込まないで置く。

「ま、何かあるとしても俺自身が原因であるのならちゃんと向き合うさ。そういったリスクも込みでやってたわけだしな」

「生きるためだったとはいえ、野盗にもそういう罪悪感を持つことって普通なのか?」

「どうだろうな。イネに潰された俺たちのところはなんだかんだ村に雇用されたのが多いからやっぱ食い扶持の問題だったとは思うし、離れてった連中は古株で今更カタギになるってのはおかしいって考えだったからな」

「野盗ネットワークみたいなもんはなかったのか」

「俺が知る限りはなかったな。近いのは商人ネットワークだったし」

 商人ネットワーク……人身売買も合法な地域がある以上は商人の領域。

 ロイの言葉が正しいのであれば野盗には横の繋がりは弱く、商人を介しての情報共有程度で共同の仕事を行う場合にしても双方が商人に雇われる形で同じ現場になった程度のこと。

 あらかじめ商人側で契約をしておくことで現場トラブルも減らせるし、金払いさえ間違えなければ使いが手の良い手駒と商人が思うのも当然の流れとなるため、魔獣が社会インフラを破壊したことで生まれた一種の産業にまでなっている。

 この世界では田舎の少年ですらそういう結論にたどり着く程にまで定着している概念である。

「よし、走り込みはとりあえず終わり!」

 ロイとたわいもない雑談をしながらではあったもののルスカもイネに課されているニッカのノルマを消化しきったところで各ギルドの寄り合い詰め所になる予定の建物の前でイネがデグと話している姿を見つける。

「んー……ギルドの立ち上げ関係での詰めじゃねぇの?」

「それはそうだろうけど、そういえば冒険者ギルドと商人ギルド以外に何が入る予定なんだ?」

「各宗教の中立地域としての対話議会も作ってしまえってのは昨日デグの口からきいたな」

「宗教の議会?」

「世界は広いがこの村は規模こそ小さいものの食料生産って点だけなら世界有数な上に地理的には大きなところに囲まれてるからな。そういった意味では各地のお偉いさんが集まって話し合うって点では都合がいいんじゃねぇかね、知らんけど」

「それって今後は……」

「議会が立つならそれ相応な軍備は必要になるだろうな。ただそういう立場を出来るのであれば政治的中立はその議会が担保になってくれるってことでもあるわけだし話が前向きな形で進んでいるのであれば村長主導だったりするんじゃねぇかね」

 ロイの想像でしかない話に不安を覚えているルスカを見つけたのかイネが2人に語り掛けてきた。

「ルスカ少年、ロイ。ちょっと早くなる形にはなるけれどお互いで組手してもらっていいかな」

「どうしてだ?」

「実戦に参加できるくらいの状況判断能力がついているかの確認。ギルドを創設するにあたり自警団の役割はかなり重くなるけれど人員不足が深刻だからね、多少未熟な状態でも基礎訓練は続ける条件で卒業って形で現場に入れるかを見るよ」

「卒業……」

 それは先日から抱いていたルスカの不安を増大させる単語だった。

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