第16話 特訓
「それじゃあまず、基本的な型をやってみようか」
場所を自警団詰め所の広場へと移動してから4つ程かがり火に火を入れながらイネが言う。
「型と言われても……」
「あぁ、今自分が戦うぞって思った時に構えるものでいいよ。1番の自然体を見たいだけだから」
自然体と言われても自分の中でしっくりしないルスカは首を傾げながらも、誰かと戦うとなった場合自分が攻撃も出来るだろうと思う構えを取る。
しかし構えというには些か崩れすぎていて、両の手は腰辺りで腹部の前に開いた状態で構えているし、下半身の重心自体は問題ないものの少し後方に偏っているものだった。
「ふむ……先に防御回りを教えたからこれは仕方ないか」
「えっと……」
「防御を優先で考える思考になってるってこと。その構えから攻撃に移れるか、今イネちゃんに対してやってみな」
イネの言葉にルスカは戸惑いを感じるものの、わざわざ自警団詰め所まで移動した理由を考え、切り替える。
今の自分の構えから攻撃を行えるのか?
ルスカは今の自分の重心が後ろに偏っていることでできないと思われているものと思い、重心を少し前になるように足の位置を調整してからイネの頭部に向けて自身が出来得る最速の打撃を繰り出す。
「まぁ、そうだよね」
しかしイネは会話をしながらルスカの腕を掴み、捻りながら体重の乗っている足を払い簡単に投げてしまう。
「どういう攻撃かを読まれるとある程度以上の速度を確保しなきゃ回避されるし、最悪今みたいな反撃をもらうことになる。来るのが判っていても対応できない速度は……やっぱり基礎の反復練習が前提になるから今は考えないでいいよ」
投げられた、とは言えイネがかなりの配慮をしたため地面に叩きつけられることもなく体に痛む箇所もない。
「他にパターン、考え付く?」
「……蹴りとかを交えても?」
「むしろ自由にやりな、周囲にあるものはなんでも利用していいから」
周囲にあるものと言われるが、ルスカにはかがり火に目が行ってしまいそれを利用するには自分の筋肉量が足りていないし速度も圧倒的に落ちるためイネに当てるどころか逆に利用されるビジョンしか想像できない。
蹴りを攻撃に組み込むにしても投げられる際にしっかりと重心を乗せた足を掬い上げる形で払われてしまった以上は重心をしっかりすることを優先した方がいい気もしてくる。
「んーものって言い方が悪かったかな」
イネはそう言うとルスカに一旦構えを解かせるように手で指示を出し、巻き藁人形に向き合った。
「周囲にあるものってのは何もデカ物や長物だけじゃぁない、例えばこうやって……」
説明しながらイネは地面をえぐるようにつま先で蹴り上げて土や小石を人形の頭部にぶちまけた。
「自分の立っている地面だって武器として使うことも考えていい」
「いやでも……」
イネは靴に鉄板を仕込んでいて、騎士鎧のグリーブに近いかそれよりも弾性が高そうな靴を履いている。
イネもルスカの視線に気づいたようで。
「あー……まぁ靴に関してはつま先から足の甲辺りまでだけでもいいから硬めのものを仕込んでおくといいよ。特に対人戦では踏み抜いてきたり突き刺してきたりとよく狙われる場所でもあるし」
「そんな防げるものなんです?」
「何もないよりはね。それに常に重量物を足に着けてるって考えれば訓練にもなるし体力作りも出来て一石二鳥だよ?」
「いっせき……ってのは意味が分からないですけど、なんとなく言いたいことはわかります。だけど今すぐやって大丈夫なんです?」
「今すぐじゃなくていいよ、基礎が追い付いていない時期だと変な癖がついちゃうから今後タイミングを見てでも問題ない。とりあえず話を戻すけど、地面に落ちてる小石からあそこに立てかけてある手頃な木材、板材も利用範囲だね。無論可能ならずっと見ていたかがり火だって使っていい」
「なんか……意外ですね、格闘術と思っていたので武器の使用を推奨するなんて」
「環境利用術も立派な戦闘術の1つだからね。無論基礎として格闘術、武術を習得しておいた方がメリットが大きいからそっちをメインにするけどね」
「環境利用?」
「森なら木や草、屋内ならテーブル、椅子、ドアなんでも利用するってこと」
どうやって?という疑問がルスカの頭に浮かぶも、それは今から学ぶ中に利用方法の教えもあるものと自己完結してからイネの言葉に集中する。
「まぁともあれ……ルスカ少年は対人に関してはまずちょっとした小手先も覚えておいていいかもね、防御の基礎は概ねできているからこそだけど攻撃面を今から土台を作るには時間がなさすぎるし」
収穫祭が始まっているし、既に問題が発生した後なので時間がなさすぎるどころか完全に手遅れである。
だからこその小手先ということなのはルスカにも理解できるが、その小手先自体に適応できる技術が自分に備わっているのかという不安は残る。
「まず今から教えることの有用性を理解してもらうためにイネちゃんとルスカ少年の腕の長さを比べてみようか」
そう言いイネはルスカの腕と自身の腕を密着させて比較する。
ルスカとイネの身長差は頭1つ分程の差があり、腕の長さも当然ルスカの方が長い。
「これを確認して何をするんです?」
「真正面からの殴り合いなら、当然ながらリーチの長い方が有利ってのは理解できるよね?」
「師匠相手に思えません」
「言い方が悪かった、技量が似た感じの相手の場合で考えてもらって」
「それはまぁ……」
「今からルスカ少年はイネちゃんを本気で殴ってもらう。イネちゃんはその上でルスカ少年に軽い打撃を加える形で動きを止めるからやってみようか」
イネはそう言いながら拳を握り右手を口の辺りに、左手を腹部付近で振り子のように揺らしながら右半身を後方にずらした体勢を取る。
「正直に言えばリーチ差がもっとあっても師匠に届かせることはできないと思いますが……」
これはルスカの本音ではあるが、理屈としてはイネの言ったように肉体のリーチ差はかなり大きいアドバンテージであることも理解できる。
それにイネに対してルスカが本気で攻撃を加えたところでまともなダメージになるとは思えなかったこともあり、ルスカは本気でイネに対し握りこぶしを最も距離の近い肩に向かって放つ。
「お、いいコースだね」
イネはそう言いながらもルスカの拳に反応して振り子運動をしていた左腕を使いルスカの腕を払いのける動作でルスカの胸部に拳で触る。
「ほら、どんどん打ってきな?」
イネの方は笑みを浮かべる程の余裕でステップまで踏んでいるが、ルスカは今のイネの動作が全く見えていなかったことに驚き動けない。
その様子を察したイネは。
「んー……まぁ体感は一応したわけだしどういう技術なのかを正面から見てみな」
そう言いながら今度は左腕がルスカに見える角度に体勢を変えて説明を始める。
「まずこの振り子は相手にタイミングを誤認させる効果もあるし、逆に一定リズムを刻む効果もある。この辺は後々学べばいいから詳しくはやらないけどそういうものだと思っておけばOK。それで今ルスカ少年に対してやった動きだけど……」
イネは説明しながらかなり遅い動作で動き始める。
「足りなかったリーチ分は相手の攻撃の内側に入り込むように踏み込んだ上で、左手で攻撃をする。ルスカ少年の攻撃コースが肩に向けたものだった都合踏み込みの時に回避しきれない分はこの時に押しのけつつ肘から先を相手の体に当てる形だったわけね」
そういうイネの左腕は肘から先を打ち下ろす形になっている。
「どうして打ち下ろす形に?」
「ただの動作の都合、防御も兼ねた場合これが最短になっただけ。イネちゃんの場合体が小さいからこその変則な形ではあるけどね」
「変則って……」
「1つ誤解を解くと、ルスカ少年なら今の場合防御を考えずに相手の顔面に拳を高速で打ち据えることが出来るよ。リーチが長ければ長いほど有効な技術だからね」
「師匠はそれを敢えて使ったってことです?」
「そういうこと。そこの人形にやってみるけどこの動きは決定打を与える程の威力は出にくいけど当てやすいという特徴がある」
そう言ってイネはルスカが瞬きをした直後、音が重なる程の速度で3回程巻き藁人形に拳を打ち込んだ。
「ちゃんと練習して動作を刷り込んでおけば3発くらいまでなら出来るようになるよ。これはイネちゃんが学んだ時の他の練習生を基準に考えてるから安心して欲しい」
「安心できない……」
「そもそもイネちゃん自身この技術はあまり得意じゃないけどね、対人特化で尚且つイネちゃんの体躯で活用できる技術でもないし。でもルスカ少年は戦い方に変な癖はあるものの基本向いてる体形だから」
「どんなふうに向いているんですか」
「まず身長。やっぱり身長が高い方が有利だからね、それに体幹自体は農作業をしていたおかげか下半身がしっかりしてて変な癖を除けば及第点……技術を学ぶ以前から及第点と考えれば圧倒的に向いているよ」
イネの言葉を聞いてもまだ納得できないルスカを見て小さく唸り。
「技術が必要に思えるから、心配?」
「それは……はい」
「まぁ、確かに技術が必要と言えば必要。ただ他のものと比べれば最低限の体幹がある今のルスカ少年に教えられる小手先でごまかせる範疇の技術ってなるとこれになる。あくまで相対的にこの技術が即興の付け焼刃として機能すると判断しただけだし、知らないのであれば心配になるのは当然なのもわかるけどね」
そう言ってイネは優しい笑みを浮かべながらルスカに近づき。
「付け焼刃の技術が気に入ったのであれば後々改めて習得しなおすのも出来る範疇、あまり気負いせずに脱力しながら構えること、力入りすぎてるからね」
ルスカの体をほぐしつつイネは簡単ながらも格闘技術の手ほどきを進めていった。
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