第15話 武術という技術

 横暴な集団との戦いは、イネが到着してからはスピード解決となった。

 ルスカが防戦に徹する相手に対しイネは、ルスカに向かって技術指導を行いながら完璧と言って差し支えない形であしらって無力化してしまったのだ。

 男が弱かったわけではない。

 複数の魔法を近接戦闘に合わせて使って見せて1人連携の形を使って見せていたにも関わらず、イネがダメージを受ける前提で致命傷にならないにしても動きが大きく止められるものを取捨選択で捌いた上で本命である斬撃も看破しきって対応したのだから……男にしたら相手が悪すぎたとしか言いようがない。

「ところで村長さん、追加の報酬契約だけど」

「無い袖は振れませんが、多少は頑張りましょう」

「あそこまでのダメージを与える予定はなかったので……この後の政治的な面倒分の手間賃を減らして計算して貰えれば大丈夫です」

「こちらとしてはそれが発生すること込みでしたがな。イネさんが居なければもっと悪い状況になっていたでしょうからのぉ」

 イネと村長はお互い今の騒動に対してではなく事後処理まで含めての会話を始めている。

 ルスカからしてみればイネは戦闘中もそんなことを考えた上で相手を圧倒して見せたのかという考えでいっぱいになってしまい状況の把握も出来ず立ち尽くしてしまう。

「ルスカ少年、イネちゃんが最後に使ったのは参考にならないと思うから気にしないでいいからね」

「最後のって……」

「全身を利用しての一撃。あれは狙って修練し続けた基礎の塊な上に応用も含まれてるから今は考えなくていいよ」

「あれが、基礎?」

 イネは基礎と言ったが、この数日の間に教わっているその基礎の集合があの一撃だとはルスカは信じることが出来ない。

 基礎という言葉の印象からはイネよりも体格が大きく鉄の防具を着ていた男の腹部が拳大のくぼみが出来る程の威力が、ゼロ距離で出るとは想像することすらできないからだ。

「信じてないというか……今のルスカの実力、立っている場所からだと想像するのは難しいかな。修練をずっと積んで、ある程度応用技術を学んだ後ならやり方を教えてもいいけどね」

「俺にも、出来るようになる……」

「それは正直わからないけどね、ある程度は適正にも影響されるし」

「そんな曖昧な……」

「曖昧にもなるよ。本当に個人の適正に影響されるところだから判断できるくらいまで修練してくれないと正確なことは言えないからね」

 イネの答えはある意味では優しい。

 不必要な希望を抱かせることなく現実としてはっきりとした言葉を投げつけてくれるのは相手のやらなくていい事を早めに認識することで非効率な修練を避けることが出来る。

 しかしそれは理解している側でしか認識することは難しく、ルスカにとってはもやもやした感情を抱くことになってしまいイネの実力は圧倒的なものであることは疑わないが、その言葉への信用という面に揺らぎが出てきてしまう。

「うーん……まぁ今すぐに理解しろとは言わないよ。こればかりは今言ったように基礎をしっかり身に着けてから徐々にわかってくる部分だから」

「俺は基礎すら出来てないってことですよね」

「そうだよ。今はまだ自分自身の身を守るための技術と基礎体力部分しか教えてないんだから攻撃に関する基礎は体力部分しか出来ていないのだからそれは当然」

 これもはっきりとイネは答える。

 ルスカも自分の身を守る術と基礎体力を身に着けると聞いた上で訓練をしていたのだからそこは理解しているが、攻撃の技術が皆無であるとは心のどこかで信じたくなかった。

「俺は……このままで戦えるようになるんですか……」

「なれる。最初に覚悟を聞いた以上イネちゃんは中途半端にやりたくないからこそ守りから教えてる。今回あの男の攻撃を回避と受け流しで村長に意識を向かないように守れていたのだから及第点でいいとも思ってるくらいには努力していると評価してるよ」

 意外だった。

 ルスカからすれば厳しい言葉を聞かされた直後だったので評価されていないものだと思い込んでいたのだからイネの今の言葉はより心の深い所にまで届いた。

「ルスカ少年はロイと違って変な我流の癖が小さかったからこそ防御の技術がすんなりと身についてくれたから。想定だと後3日くらい防御技術メインの予定だったけど早めてもいいかな」

「でも基礎は……」

「体力面は引き続きやってもらうけど、防御回りは目を慣らしたりしなきゃいけないからどうしても時間がかかる内容ばかりになる。それなら攻撃技術の基礎と並行した方が結果効率がいいからね」

「それって……」

「イネちゃんが普段使う武術や格闘術の初歩を教えていくよ」

「初歩、ですか」

「うん、何だったら今からやる?今日は外で魔獣を処理して血を処理せずにしておいたから他の魔獣は警戒してくれるだろうし、ここの事後処理は村長と自警団がやってくれるだろうから。ですよね、村長」

 イネの言葉に自警団員に指示を出していた村長は2人の方に顔だけを向けて微笑みながら静かに首を縦に振った。

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