第11話 傭兵との組手
「もっといい宿はねぇのかよ!」
護衛と思われる関節を阻害しないように気持ち程度に守るような防具を身に着けたスキンヘッドの男が騒いでいた。
彼らの雇い主は申し訳なさそうな表情をしている様子で護衛に雇った傭兵たちが急造新築の家具が簡易ベッドしかない状態の宿に対して文句を言っているようだった。
ルスカとロイは自警団の新人ということもあり問題が発生した時に備えて一歩後ろで待機している形で、口頭対応は自警団の先輩がやっていて村の状況と足りない部分の謝罪に合わせて理解を求める形でなだめてはいるが同じやり取りが続いている。
「1週間前に魔獣に襲撃されてですね」
「嘘つけ!魔獣に襲われてたら無事じゃねぇだろ!」
傭兵の言葉はある意味では正しい。
魔獣相手にまともな対応が出来る実力を戦闘要員が持ち合わせていたとしても周囲の建造物が無事であるわけがなく、実際村でも街道に面している門の側は壊滅していたしイネが戦った際に建物から奇襲した魔獣も居たため広場の建物も一部中損状態にはなっているが、イネが居なければもし撃退出来ていたとしても自警団は今ほど人が残っていなかっただろうし、建造物もほぼほぼ破壊されつくしていたのは間違いない。
しかし現実として村の被害は行商人たちの受け入れ宿を中心とした商業地区と一部倉庫等だけで済んでいるのが現実。
「単独で魔獣と戦える旅人さんが丁度居合わせてくださったからですよ」
「そんな化け物がこんな田舎にねぇ……それも信じられねぇな」
「どちらも信じないと言ってておかしいと感じませんか?」
「感じなくはないがそんな化け物が都合よく訪れるってのが引っかかっちまってな」
「深緑の方で街道の安全確保の依頼を受けて近くまで来ていたことは裏取り出来ていますので。都合がよすぎると言えば疑念になりますが逆に考えれば自然偶発的に発生しうる事柄でもありますからね」
「なんでぇ裏取れてんのかよ。出自とかもか?」
「深緑の方で長年の生き字引をしていた賢者の関係者とまではわかりましたが、出生までは」
「んじゃ連れてこられたとかの可能性もあるってことか。あそこの賢者って言えば大昔にその手の儀式に関わってたって噂もあるらしいからな」
「大方そんなところでしょう。その上でお人好しな部類である程度政治を理解できる人間なのは確かですよ、村長相手に腹を読んでいながら了承したような話を聞かされましたし」
「おぉこえぇな。ま、寝首かかれないように……ってそういややっぱ宿はアレしかねぇのか?」
「村の機織りを全部稼働させてはいるがシーツは間に合ってない、了承してくださると助かりますが」
「しなかったらどうするよ」
「有料で自警団詰め所から貸し出しますよ」
「追加料金かよ」
「有事の際に村の防衛に参加していただけるのでしたら無料に致しますが」
「あの爺の考えか……まぁいい、雇い主にシーツでも提供させる方が安上がりだ」
このやり取りを聞いていた商人は驚いた表情をするものの、この傭兵の腕が相当いいのか大人しくシーツを取りに馬車まで歩いて行った。
それに会話内容からこの傭兵は以前にも村に来た事があるようなので自警団との交渉役もやらされていただけらしく、今の今まで言葉をぶつけあっていた自警団員と拳同士を軽く合わせる動作で親交を現している。
「あぁそういえば……この2人、魔獣を単独で撃退した人に弟子入りしてたな」
「は!?」
自警団員の言葉にロイが素っ頓狂な声を挙げる……いやルスカもほぼ同時に声が出ていた。
「1週間程度だが指導を受ける前と比べたら段違いに戦えるようにはなっているが……試すか?」
「何言ってんすかパイセン」
「訓練自体かなり実戦的みたいだったしいけるだろ、こいつ見た目はこんなんだが機械の方では上位に食い込めるラインで管を巻いてる程度の実力はあるからな、10手しのぎ切るとかのルールなら大丈夫だろ」
「なんとも微妙な紹介どうも……まぁ化け物の指導ってやつの内容が気になる俺としては、同時にやってもいいけどな」
急に組手をやる空気になりルスカは困惑するものの、ロイは難しい顔をしながらも強い相手にこの1週間の成果を試せると乗り気にはなっているが現時点のルスカの実力でも何と無しながら相手との差というものを肌で実感できる。
イネから言わせれば相手との実力差を多少なり判別することが出来るようになればそれなりに実力が上がった証拠という感じの言葉をルスカに投げかけるのだろうが、それは同時に戦いの場では自分自身がどれだけ弱いのかということを自覚させられるもので軽めの自己嫌悪と同時にそれでも前に出ることが出来るロイを羨ましいと思えた。
「ぐぇ……」
考えている間にロイがそそくさと傭兵に一撃をもらって変な声で鳴いていた。
「当てるのが面倒なだけでこっちに飛び込んでこさせりゃこんなもんか」
「ま、1週間だしな。回避と防御の訓練メインだったみたいだし仕方ないだろ」
「それでそっちの坊主はどうする、やるか?」
単純な実力で言えば現時点でロイの方が上。
傭兵の言葉にルスカの頭の中には真っ先にそれが浮かんだものの弱い自分がどれほど現役で強いとされている傭兵相手に食い下がれるのかという好奇心に似た感情も存在している。
「わかった、ただ……攻撃は全く教わってないから甘めに見て欲しい」
ルスカの言葉に傭兵は大笑いをし。
「自信がねぇって先に言っちまうのは舐められるだけだぜ?もっとでかいことでも言ってみな!」
「煽られても、そういうのはもっと実力がついてからにすることにしたんだ」
「ケッ!じゃあ10回さばききってみな、出来たらお前の勝ちでいい」
「助かる、ありがとう」
ルスカが言い終わると同時に傭兵の拳が鼻先に飛んでくるも、普段からイネ相手に奇襲気味な攻撃を叩き込まれ続けていたからか無意識下の反応で体全体をひねることで回避。
このような回避の仕方をした場合の言及はイネとの訓練で何度もされているためルスカはすぐに大きく転がって傭兵から距離を取る。
傭兵の動きを確認すると1秒前にルスカに居た場所に傭兵の足が踏み込まれており、転がっていなかったら足を踏まれて終わっていたことを認識する。
「その踏み込みは2手に数えていいのか?」
「様子見だったが、構わん」
自警団員に聞かれた傭兵はそう答えながら地面を強く踏み込んでから蹴り上げ、土煙と小石をルスカに飛ばしつつ距離を詰めてくる。
ルスカは傭兵の足を回避しつつ傭兵側に転がりすれ違う形で追撃を防ごうとした……ものの傭兵が実戦経験で培ったであろう勘を働かせたのか距離を詰めるための足が地面についたと同時に体をひねり、下段後ろ回し蹴りの形で転がっているルスカに攻撃を加え、ルスカはそれを回避が不可能と判断するも防御も間に合わず胸部に直撃をもらってしまう。
「大まけで牽制も入れて5回目でいいぞ。動きが素人だが目と反応は確かにいいな……本当に1週間か?」
一瞬止まった呼吸を整えながら傭兵の言葉を聞きながらルスカは少しの間意識を手放すことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます