第10話 収穫祭

 イネの戦闘訓練を受け初めてから1週間、収穫祭当日になった。

 この1週間の間にルスカは当初イネに言われていた過剰な防御反射に関しては多少抑えることが出来るようになったものの、それは意識して対処できるようになったものではなくイネが最初に言及したようにただ慣れただけのものでありルスカ本人もそれを自覚できるようになる程度には自身の実力と適正というものを嫌と言うほど理解させられた。

 ルスカに足りない物。

 それはやる気以外の全てが足りていなかった。

 戦うための覚悟も技術も、土台となる身体能力も含めて持ち合わせていなかったルスカにとって、この1週間という時間は今まで生きてきた中でも最も充実していたと本人が思えるほどに濃密なものであった。

 イネの修練は単純なものではあったものの、基礎的な体力づくりと筋肉トレーニングに合わせて不意に小石を当たるか当たらないかという絶妙な距離に向けてイネが投げてくる複合的な訓練メニューで、毎日疲労で倒れていたものの短期的ながらそれだけの詰め込み効果は絶大であり、イネの特訓を受ける前のルスカと比べれば技術を乗せるための筋力と基礎体力は身についており今後の訓練次第で対人戦に限ってではあるものの十分戦えるだけの技術も身に着けることが出来るだろう。

 しかし現時点ではまだ他の人よりも体力がついていて筋肉もようやくつき始めた程度であくまで土台が出来上がっただけである。

「技術があればって師匠は言うけどなぁ」

「あの人自身筋肉の塊だから説得力ってやつが行方不明なのは理解するが、テメェの筋肉が足りないのは事実だからな?」

 元々野盗であったロイとも1週間の間イネの訓練を一緒に受けてルスカと仲良くなっていて、性格の違いは大きいもののロイが村に馴染むのも早かったためか1番長い時間一緒にいるルスカとは既に長年の悪友と言って差し支えない程度にはお互いの言葉が砕けている。

「足りないって言ってもそうすぐにはつかないもんだろ」

「そりゃそうだが、やらなきゃ減るのも筋肉ってもんだしな」

「でも師匠は今日は休んで収穫祭を手伝えって言ってきたんだぜ?」

「単純に訓練になるからだろ、ルスカ、テメェは慣れてるからだと思うが収穫と作物の運搬ってのは慣れてなきゃ筋トレと変わんねぇからな。俺からしてみりゃ農民なんてものは筋肉の塊に思えるぜ」

「重労働なのは確かだけど、そこまでかねぇ。師匠からは基礎が出来てないって言われて走り込みと筋トレが中心だったわけだぜ?」

「そりゃベースの最低限を維持してただけなんだからしゃあねぇ。何かを殴る筋肉と農作業の筋肉は殆ど別のものだしな」

 ロイの言葉に関してルスカはこの1週間で訓練中に何かしらの手段で寸止め攻撃をしてくるイネを相手に一度偶然ながらカウンターの形でイネの腹部にルスカの肘が入ったことがあったが、その時のイネの腹筋、お腹の感触を触れたことで自分との筋肉の付き方の差というものを理解させられている。

 イネのそれは見た目からはわからない程に硬質ではあるが柔軟性に溢れている筋肉で、例えるのなら狩猟犬や競走馬のように体に対して筋肉の比率が高い動物のようなもの。

 しかしイネの場合はそれらと違い用途を固定化せずに応用幅が広く人が肉体を用いて行う動作を全てカバー出来ているようにすらルスカに感じさせた。

「師匠みたいな筋肉の付け方って、出来るもんなのかな」

「あれはもう人外の領域じゃねぇか?いやまぁ世の中には魔獣専門で退治依頼を受けるようなのもいるらしいから出来るかもしれねぇが、少なくとも俺らが数年程度で身につけられるような代物じゃねぇな」

「人外……それは確かに。魔獣を複数1人で対処した上に1匹仕留めるとか実際見た……というより守られた俺自身がまだ夢かなんかだったんじゃないかって」

「俺らを制圧した時の踏み込みもありゃ人外ってもんだ。この村で定住を選ばなかった連中には騎士団とやりあった連中もいたらしいが、二度とやり合いたくないのはイネの方だって断言してたしな。少なくとも小隊規模の騎士連中よりも強いってのは確実じゃねぇかね」

「騎士ってそんなに強いのか?」

「あぁ……ってそうか、ルスカは村から出たことが無いからわからんわな。国家中枢を名実共に守ってる連中だからな、対人でも魔獣相手でも少人数で何とかしちまう化け物連中のことだ」

 ロイの説明にルスカは今まで自分が生きてきた世界がどれだけ狭かったのか、自分の知識が本当に限られたものであったのかを実感する。

 イネと出会ってからの期間でルスカの学んだことは今までの人生で学んだことよりも、ルスカ本人は多く感じていた。

 実際にはそんなことはないのだが、10代の少年にとって新しい価値観を自分を真正面から見てくれている大人から教えられることは革命と言っていいほどの衝撃だった。

「おい、そろそろこっちを手伝ってくれ!俺は行商人連中の相手をしなきゃいけないんだ!」

 ルスカたちが話しているところにデグが大きな声で2人を呼び出す。

 周囲には普段この村では見ないだけの人数が荷馬車や幌馬車の周囲に集まっていて何やら不安なのか不満なのかよくわからない表情をしながら腕組していた。

 デグの言葉からどうやら既にこの村で食料を仕入れるために行商人が到着していたようでその対応のためデグが対応を余儀なくさせられているようだ。

「収穫したばかりだってのにもうかよ、商人って奴らはこれだから……」

 元野盗のロイが悪態を口にしながらもルスカよりも先に立ち上がる。

 収穫祭はまだ始まってもいない、ルスカも収穫祭を手伝うために商人たちの案内をするためにデグのもとへと向かう。

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