第7話 自己確認
村の防壁外周を1周走り村に入ろうとしたところで自警団長のデグに呼び止められ、イネ師匠からの指示を言付けされたという言葉と共に筋肉トレーニングを言い渡された。
筋肉トレーニングとは言っても回数自体はそれほどでもなく実力の面で見誤れてるのかとも思いもしたルスカだったが、村の外周を走っていたこともありルスカ本人が想像していたものよりもかなりきつい負荷で今まで自主的にやっていたものよりも遥かにきついものになっていた。
セット数を減らしてもいいとデグは言っていたがそもそもの回数が少なく設定されていたこともあって全部こなしたことに自分自身の過信というものを実感しているときにルスカはふと気づく。
日は既に傾いてきているにも関わらずイネの姿が村になく、デグが言うにはルスカが外周を走っている時に森へと資材を取りに行ったとのことで、現地でリヤカーを作って運搬するとだけ告げて出て行ったらしいがさすがに時間がかかりすぎているのではないかという思いが強くなる。
「なぁデグ」
「さんをつけろ。で、なんだ?」
「イネさん、遅くないか?」
「確かに遅いとは思うが……魔獣相手でも返り討ちだろうしなぁ」
「……でも収穫時期を狙った盗賊とかもいるだろ」
いくら魔獣相手に生身で勝てるからと言って人間を、それも多人数を相手にした場合確実に対処が出来るかどうかというのは別問題である。
イネの言動を思い返す感じでは対人間の戦い方も習熟しているとは素人であるルスカでもわかる程ではあるものの多勢に無勢という言葉があることを聞いたことがあるため、基本的に群れている野盗相手では流石にイネでも難しくなるのではないか。
近くで見ればイネは性別や体躯に似つかわしくない筋骨隆々なそれを認識することは出来るが、遠巻きに見た場合のイネはそれこそ小柄の少女と言って差し支えの無い容姿をしているところがルスカを不安にさせている。
「迎えに行った方がよくないか?」
「迎えって言ってもなぁ……瓦礫の撤去作業に収穫祭の準備、魔獣が戻ってこないかの監視と万が一の備えで自警団から人を出すのは難しいぞ」
それはルスカも理解はしている。
魔獣が出没するようになってからは旅人や傭兵、冒険者という土地を移動する人間以外はあまり行き来をしにくく、物流を支える商人たちも大規模な商隊を組んで多数の傭兵を雇った上でようやく移動できるような時代。
この村どころか大規模な騎士団を持っている国家ですらまだ街道の安全を確保するのも難しいのか魔獣の被害が大きくなる一方でこの村では収穫祭の時に見るくらいでそれ以外の時期は野菜等の主食にならない作物の買い付けに来る商隊が数回くる程度でしかなく世界の状況を知れる程のものではない。
もしかしたら村長は知っているのかもしれないが……少なくともルスカのような農村に住む1人の青年が理解できるような情報はルスカ自身持ち合わせていない。
「何だったらお前でもいいじゃないか」
「……動けるように見えるか?」
「その程度でばててるようなら訓練はもうやめておけ。初日だから軽めだったろうしな」
今日ので軽めと言うデグの言葉にルスカは思うところもあったが、実際今までルスカが行っていた修練内容では魔獣が相手になった場合何の役にも立てない程度の訓練でしかなく、対人にしてもジュリ相手に一打も与えることが出来なかった。
つまりは単純に野盗等を想定する対人能力も自警団の面々にすら届いていない可能性すらあるのだ。
「……焚きつけるようなことを言いはしたが、無理はしなくていいからな。むしろ無理をされた方が面倒になる」
「そんなに俺、足手まといか……」
「少なくとも今はな。まだ背伸びしている子供だってことを自覚できるようになったんだったら現実が見えるだけ成長できたってことだろ、だから今自分が言ったことを否定するような形になるが無理はしなくていいし、するな。この書類を終わらせたら俺が森まで見に行く」
そう言いながらもデグの処理している書類の束はすぐに終わらせられるようなものではなく、本来なら村長がやるような内容のものもここに混ざっているのではないかとルスカに思わせる程度には紙が木箱に納められている。
魔獣の被害を受けた状態で収穫祭の決行を決めた以上は村の代表として村長が様々な地域や組織に連絡を入れての伝達魔法を用いた会合があるために書類を片付けるだけの余裕が無くなっているためにそれが出来る人間が処理をしているだけではあるのだが、逆に言ってしまえば村長やデグに何かがあった方が村にとって重大な問題になることは確実。
ルスカからしてみれば居てもいなくても村にとってはあまり変わらない自分よりも確実に村に必要であるデグを危険に晒す方がルスカにとっても無責任に感じた。
「……やっぱ俺が行く」
「無理をされる方が……いや、大丈夫そうか」
「なんか言うことがころころと変わるな」
「改めて自分から行くと言ったお前の目はさっきとは違ったからな。ただ何か問題が発生していた場合は俺に報告しに戻ってくるか、可能な限り自分の身を守ることだけを考えろ、いいな」
「無理をしても迷惑かけるってことだけはわかってる!」
デグの言葉にルスカはそう返し、村に最寄りとなる街道沿いの森へと足を向けた。
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