第5話 未熟を知る
ルスカは試験と言われたもので蹴られた痛む顔面を冷水で洗い、瓦礫の撤去をしている自警団員の1人を捕まえて治癒魔法をかけてもらっていた。
絶対に勝てないということは対峙した時点で認識出来ていたものの、自分でも無意識に放った拳を回避してその反動を利用した上段蹴りを行える化け物、イネとの実力差は想像を遥かに超えていた。
今までルスカが教えを請うてきた人達はジュリを含めてあそこまでの実力は当然無く、腕自慢だった旅人にしてもルスカの実力で十分捉えられるレベルであったし勝てるかもしれないと思えるくらいだったこともありルスカにとって全てにおいてはじめての体験となり、イネの挑発で図星を指摘されていた時よりは落ち着いているものの思考が混乱しているのを自覚できるくらいには感情の整理がつかない。
ただ、今まで生きていた中で思考がまとまらない状態でも自己分析が出来る状態というのも初めてのことであのイネという女性がルスカに合った手段を取ってくれたのかとルスカも思えてくる。
「俺は何やってたんだってことか……」
今まで自分が強くなるためと信じてやってきていたことを全否定される程の結果を教え込まれたのはルスカの自信を粉々にするには十分すぎる程で、それと同時にイネに師事できればこんな自分であってもせめてジュリ程度には戦えるようになるかもしれないという考えが頭から離れない。
ジュリからも言われた格闘術の基本や型というものを軽視していたルスカがイネに1回完膚なきまでに無力化されただけで必要を感じる程の心変わりにはルスカ自身にも違和感を感じさせるには十分で自己分析とイネに師事したいという考え、それに違和感を覚え再び自己分析をするという思考のループになっていて顔面の痛みが無ければ今すぐにでも体を動かしていただろう。
そしてルスカをこんな状態にした張本人であるイネは今、村長や自警団長と共に今後について話し合いをしている。
ルスカの生まれたこの村は歴史的に見ても外に頼っていた。
村が自力で何とか出来るものは水を含む食料と農具、金槌や包丁等の日常的に使うものに釘、後は自警団が使う装備の一部で他は全て外に頼っていると言っていい。
衣服に関しても毛皮に関しては害獣駆除の時に手に入りはするが機会が少なく産業に出来る程の量は手に入らないし、そのあたりの物は基本的に駆除を行った旅人や冒険者、傭兵と言った外から来て村に雇われた人間の取り分となるため入手機会は無いと考えた方がいい程だ。
そんな村なので村長は当然、自警団も外の人間に頼る形になるのはいつもの事ではあるし、魔獣1人で複数駆除して見せた人間の話なら誰だって聞いてみたくなるのは普通の事なのでそこに関してはルスカも気にはしていなかったが、今まで村の防衛に関することは実力者にいろいろと話を聞くこともジュリがやっていたので気にしてはいない。
しかし村の復興に関してまで聞くと言うのは初めてのことだし、今後の村の在り方そのものについても影響が必ず出てくる問題。
そこまで外の人間に頼るということはルスカの知る限り初めてのこと。
復興関係の内容に関してまで外の人間を頼るということに関してはルスカ以外の村の人間も違和感を感じているようで、休んでいるルスカの視界の範囲でも瓦礫の撤去をしている自警団員に問いただす人が少ないながらも確認できていた。
ただそうやって自警団員を問いただす人の共通点としてしつこく食い下がらずに諦める。
村長は村人の意見を聞く人ではあるが、今回は魔獣の襲撃という誰もが初めて経験する事件だったこともあり村人の誰もが自分たちの今までの考えでは魔獣に対応する形での村の防衛は不可能であることが証明されているし、頼りにしていたジュリを始めとした旅人と傭兵では守り切れないこともわからされたのだから単独でそれが出来る人間を頼るのは普通の事である。
村人は頭ではそのことを理解していながらも感情という部分で飲み込むことが出来ない人がいるのも仕方のないことだった。
「これからどうなるんだろう」
「収穫祭は……」
他にもそのような不安を口にする者も少なくなく、もし今再び魔獣……それどころか野盗が襲撃してきた場合守り切れるのか考えることすら怖くなる。
そこでルスカはまだじんじんと痛む顔面を抑え込んで立ち上がり、自警団詰め所の敷地内にある打ち込み人形に向かい合い拳を握る。
ここには木剣や練習用の槍等も備えられているが、ルスカがあまりにも型を無視するためどれも危険だと自警団長やジュリから指導された結果無手での打ち込みしかしていないものの、今のルスカにとってみればむしろこのスタイルで良かったと感じている。
先ほどイネに向けて放てたあの無意識による拳を、イネが言ったように本当にいつでも打てるようになるのであれば……魔獣は無理でも野盗や害獣相手になら十分戦えるようになる。
今までの自分の未熟さに対して初めて正面から向き合おうとしたルスカは人形に向かって打撃を加え始めたのだった。
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