第4話 試験

 装備を全部外した女性はいつでもどうぞと言わんばかりに無防備を俺の目の前に晒した。

 明らかにこちらを舐めているその態度はいつもであれば怒りで頭に血が上っていただろう、だが目の前の女性は村を襲った魔獣を2匹、1人で仕留めた化け物だという事実が怒りという感情を抑えてくれた。

 ルスカはその上で目の前の女性を観察すると、装備を外して構えも何もないようにしか見えないにも関わらず攻撃を当てられる気がこれっぽっちも思えない程に威圧感を感じた。

「かすらせるだけでいいんだよ?」

 そう言って女性はルスカを挑発してくるものの、砂による目つぶし等の小細工は無意味だろう予感はしているし、魔獣の奇襲すらいなして見せた化け物相手に自分程度の実力と頭での奇襲は返り討ちになると認識したルスカは動くことが出来ずにいる。

 明らかに無防備である女性を相手に我流ではあるものの戦闘訓練を色んな人からしてもらったルスカが手を出せないのは理由としては単純で、少しではあるが格闘術を身に着けた人間の勘が相手と自身との実力差を認識したが故に攻撃を届かせるのは無理だと無意識で判断してしまうのだ。

 だからこの女性は装備を全て外したうえで初撃をルスカに譲るとまでハンデを示しているにも関わらずルスカは動くことが出来ずにいる。

「女には手を出せないとか、そういう理由じゃないなら早くしなよ。今は大丈夫でも次の瞬間に魔獣が戻ってくるかもしれないんだからさ」

「……そんな状況なら余計にやるべきじゃないんじゃないか?」

 女性の挑発にルスカは震えながらも率直な思いを口にする。

「やらなくていい理由を付けたね」

「何とでも言えよ……自分の生まれた場所や大切な人が酷いことになってそんなことしてられる方がおかしいだろ」

「まぁ、それはそうだねぇ。実感にはならないけど一般論なら確かに言う通り」

 実感にはならないという女性の言葉にルスカは驚く。

「人の心ってのは無いのかよ!」

「一度壊れたものだしねぇ」

 ルスカは女性の言葉に再び驚くことになる。

 人の心とは自分の発した言葉ではあるが、女性はそれが一度壊れたものと返してきたのだ。

 今までやっていた挑発とも思いもするルスカだったが、挑発にしても今まではルスカの事が腰抜けなどの方向だったにも関わらずこの言葉に関しては女性自身を指した言葉だったことからルスカは違和感を感じて言葉を詰まらせた。

 そんなルスカの様子を見て女性は。

「さっきは鍛えると言ったけど……これは鍛えても無駄かな、良く言って優しすぎる」

「悪く言えるってことかよ」

「自分に甘すぎるね」

 言いにくいこともすんなり言ってくる女性に遠慮という言葉は知らないのだろうかとも思いながらもルスカは短い会話の中で動いた感情をうまく処理できずに思考がまとまらない。

「1人で鍛えてくれって感じに言いに来た点は評価しようと思ったのに、残念だよ」

 そんな状態のルスカを見た女性は足元に置いた装備を回収しようとしゃがんだところでルスカは女性のとある言葉がふと思考に浮かぶ。

『奇襲』

 女性は確かに奇襲を含む不意打ちも有りだと言っていたのだ。

 そして今目の前にそれが出来るタイミングが転がり込んできた。

 ルスカは思考力が極めて落ちた頭でその状況に対し女性の側頭部に向けて無意識に拳を伸ばした。

 ルスカ本人ですら意識をしていない攻撃で相手は意識の外、まともな格闘術の訓練を受けていないルスカであってもそれなりに鍛えているため拳のスピードは戦闘訓練を受けたことのない人間よりも拳の速度は速いし威力に関しても農作業をやっていたこともあり筋肉量が多く人を今冬させるには十分なものがある。

 そして無意識に放たれたパンチを回避できる人間はルスカの知る限り誰一人としていなかった。

 この時までは。

 女性はルスカの攻撃に気づくはずのない前かがみの体勢から体をひねる形でルスカの拳を回避し、その動きのままルスカの顔面に蹴りを当ててきたのだ。

「あぁごめん、靴に関しては脱いでも良かったんだけどもう一度履くのが面倒だったからそのままだったんだ」

 女性が謝罪の言葉を出したのも当然で、ルスカに一撃を入れた女性の蹴り……正しく言えば足の甲に当たる場所は金属で構成されており、蹴られたタイミングでルスカが確認できた分でも女性の履いている靴は全体と言っていい程金属で構成されたものになっていて蹴られた衝撃も併せて相当重いものであることを認識する。

 そんな重い靴を履いた上で魔獣に劣らない機敏性で動ける上に、ルスカよりも低い身長の女性が屈んだ状態からルスカの頭部にその足を軽々届かせる動きをしたことで先ほどとは違う思考停止に陥ってしまう。

「自分よりも体格も体重も筋肉量も多い相手は得意なんだ、そう出来るように技術を身に着けたからね」

 身に着けたと女性は簡単なことのように言うが人間の身に着けられる筋肉の量なんて魔獣と比べたら微々たるものであるし体格差というものを埋める技術というものも人が人である限り限界というものはどうしてもあるはずなのだ。

「後今のパンチ、意識した上で殺気無しの一撃に出来たらそれなりに応用が利くから身に着けておいて損はないよ」

 更には今、ルスカの放ったパンチがいつでも運用できるなどとこの女性は言ったのだ。

 無意識すら制御していつでも出せるようにするという矛盾を言われて再びルスカの思考は停止する。

「ま、割と奥義に近いものだから最終目標にするくらいで丁度いいものではあるけどね。身に着けれられたら強いってのはわかるでしょ?」

「奥義って……そんな軽々しく言えるものなのかよ。それにあんたは避けるどころか反撃までやったじゃねぇか」

「ある程度誘導していたしね。来るのがわかっている攻撃に合わせられないと野生動物と戦うとか難易度高くなるし……最初は基礎能力をある程度身に着けた上で技術を身に着けるのが一番」

 ある程度誘導……そう言われたルスカは女性の挑発から屈むまでの言動を思い返し完全に女性の手のひらの上だったことに気づく。

「冷静なら君も引っかからなかったと思う程度のものだったけど、立て続けに起きた内容を自分の中で整理しきれてない様子だったし冷静さを取り戻させるきっかけにもなるかなと思ったけど少しでも効果があったみたいで良かった」

「冷静……でも冷静だったらさっきの攻撃なんて」

「ちゃんと頭が回ってた場合は挑発せずに簡単な訓練から始めてたよ。今回のやり取りはまず君が人の話を真正面から受け止められるだけ落ち着いているかを図る試験みたいなものだったし」

「試験って……」

「せめて激昂して殴りかかってくるだけの気概があればいいかなー程度の緩い内容だったけどね」

 諦めるという選択をしない限りは受かる試験に何の意味があるのかとルスカは思いはしたものの、先ほどまでの自身のメンタルを考えたところでその考えを捨てた。

「さて、晴れて合格にすることになったわけだけど……君の名前を聞いてもいいかな?」

 女性のその言葉でルスカは自分も女性の名前を知らないことに初めて気が付いた。

 それだけ自分に余裕がなかったことを自覚することで少し笑ってしまいそうになりつつもルスカは自身の名前を告げる。

「ルスカだ。あなたは?」

「んー……イネ、それだけでいいよ」

 この村の特産物の1つである作物の名前と同じ女性からの教えの日々がこの時から始まった。

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