第3話 圧倒する人

 それは本当に唐突だった。

 ジュリが死んだとルスカが認識してからの展開は嵐というにはあまりにも早すぎるもので、村の外から広場に突入してきた1人の女性が全てを解決していたのだ。

 途中、ルスカ自身は混乱から魔獣に向かって殴りかかろうと動いたものの広場に入ってきた女性がいつの間にかルスカと魔獣の間に入り腹部に一撃を入れて動きを止めてきた。

 それだけでも胃の中を全てぶちまけそうになったルスカだったが、その際には何も食べていなかったことから胃液しか出なかったものの直後に発生した空気の振動の爆音でルスカは一時的に聴力を喪失しその場にうずくまることしかできなくなった。

 そのような状態でルスカが見た光景は今までの自分の常識をひっくり返すようなもので、ルスカ自身よりも戦闘の実力を持っていたジュリを一撃で絶命させた魔獣をまるでバターを切断するかのように首を切り落としてその頭と胴体を蹴り飛ばし、ルスカが把握できていなかったもう1匹の魔獣を無力化して生け捕りにしてしまったのだ。

 ジュリとの訓練で自警団の敷地内に出入りしていたルスカも一応聞いたことはあるが、現実に魔獣を単独で倒してしまう一種の化け物の領域に到達した人間の存在を目の当たりにしてルスカは複雑な心境を持つこととなる。

 もっと早く来れなかったのか、そもそも単独で複数の魔獣を倒せる人間が居るにも関わらず今回のようなことが起きることに対して不条理のようなものを感じ、憤りに近い感情を抱いてしまう。

 魔獣を生け捕りにした女性は動くことが出来る自警団員に指示を出しながら村の状況をいろいろ聞いている姿を消えない吐き気を感じながらも見ているとその女性がルスカに近づいて誰かを呼ぶような動作をする。

 それを見ているルスカはその声を聴くことが出来ない……先ほどの空気振動が原因なのはルスカ本人もなんとなくではあるが理解してはいるものの、まだ治らない理由がわからず混乱していると、自警団員に所属している治癒魔法に長けた大人がルスカに治癒魔法をかけてきて徐々に音が聞こえるようになると女性が出している指示の内容がまだ曖昧ではあるものの把握することが出来るようになった。

「それで魔獣が隠れてる感じはどうだった?」

「村の中には……ただ被害が……」

「物的と人的で分けて調整、申し訳ないけど人的被害に関しては少し後回しにして物的被害の把握をお願い、生きてる人間を優先するから命を助けられる人の治療を優先して手すきの人間は哨戒に10人くらい残して残りは避難所と治療設備の設営をお願い、飲食物の確保もちゃんとしてね」

「は、はぁ……」

「怪我人の治療が終わって動けそうな人間には具合を見て物資運搬や哨戒に割り当てる感じで……」

「なんで……部外者の……奴が、仕切ってん……だ」

 聴力が戻ったルスカは、治癒魔法でも治っていない吐き気に耐えながら女性に向かって当然の疑問をぶつける。

「彼は?」

「自警団見習いですが……」

「成程、突入時の状況が概ね想像できました」

「どういうことだよ」

「君が他の人の制止を聞かずにここに突入して庇われたんじゃない?突入時点での広場の状況はそんな印象だったし、戦闘中に暴走して魔獣に突撃した君の様子を考慮すれば十分あり得る内容だと思うのだけど」

 女性の言葉にルスカは言葉を詰まらせてしまう。

 今ルスカに投げかけられた内容は一部始終を見ていたかのように答えられて動揺していると女性は更に言葉を続ける。

「それと君の最初の質問だけど、深緑の町を拠点にしている商会からの依頼で街道の魔獣駆除を依頼された対魔獣に関してはここにいる誰よりも熟達していたから。それ以外の取り仕切りは村長さんと自警団長に一任してるよ、優先順位の指示は出してるけどね」

「理由にならないんじゃ……」

「そんなことないぞルスカ。俺たちは魔獣との戦い方なんてのはジュリから教えられながらだったんだ、まだ残ってる可能性があるのなら知ってる人間に頼るのは村じゃいつものことじゃねぇか。そもそもジュリだってちょっと長いはしてたが旅人だったんだぜ」

 横に寝かされていた自警団員の1人がルスカの言葉を遮って話始める。

「それに俺たちだって戦い方を最初に教わったのは旅人からなんだぜ。元々野盗や盗賊みたいな人間相手だったから魔獣との戦い方は全部ジュリに指示してもらって何とか止めてたんだが……」

「バリケードを構築する最中に負傷者が出てまともな陣形を組めなくなったってところかな」

「ふがいないが、その通りだ」

「となるとこの子が突っかかってくる理由は……あの女性かな」

 女性の言葉にルスカは一瞬頭に血が上りそうになるものの図星であることは自分でも自覚はしていて、更に言えばジュリに散々未熟と言われていたルスカの実力では目の前の化け物相手に殴りかかったところで何もできないだろう無力感がルスカの行動を押しとどめた。

「何かしらの特別な感情を持っていたか、特別な関係だったってところ?」

「ルスカはジュリから戦い方を教えてもらってたからな……それ以前にもそこそこ教えてもらいながら修行とかやってるところは見てたが、ジュリから教えてもらってる時は組手が多かった分なんか張り切ってたよな」

 先ほどまではうめき声を漏らしていた自警団員だが治癒魔法を受け続けたことでルスカをからかうくらいには回復したらしく、治癒魔法の使い手は次の負傷者の治療に移っており事態は徐々に収束に向かいつつある様子であることはルスカにも理解できる。

「そういう関係だったわけか……だいぶ状況は落ち着く方に傾いてくれてはいるけれどまだ警戒は解かないように。安全が確定した後に改めて村長さんと話し合いの場を確保した上で今後のお話をさせてもらうよ」

 女性は広場で作業している自警団員に聞こえる声で指示を出しながら武器を鞘に納めてルスカの方へと向く。

「それじゃあ村の事より先に決めれそうなことを聞いておこうか」

「何を……」

 ルスカは女性の言葉に率直な疑問の言葉で返すと女性は真剣な表情をしたまま続ける。

「魔獣に対してどう思っているのか、君自身は強くなってどうしたいのかかな。返答次第では協力できるとは思うけど」

「協力?」

「戦うってことに対しての基本的なことを肉体的にも精神的にも叩き込んであげる。ま、返答内容次第では諦めさせる方向にもなるけど」

 想定していなかった内容だった。

 この目の前の女性はルスカの答え次第で強くなるための指導をしてくれると言ったのだ、身勝手な慢心をした結果特別な感情に似たものを感じていたジュリに守られるだけで死なせてしまったルスカに対し、戦うための全てを教えてくれる可能性を提示したのだ。

 しかし同時にルスカはこの提案に飛びつくことを躊躇ってしまう。

 自分のせいで死んでしまったジュリに対してあまりに不義理なのではないか。

 そんな思考が頭によぎり受けたい自分とそれと止める自分、相反する思考と感情が混じり合い言葉を発することが出来ない。

「……まぁ急ぐ内容でもなかったか。ただ1つ君自身が君の今後を決めるための指針になりそうな言葉を教えておくよ」

 そこで一度間を取り、女性の視線は生け捕りにした魔獣へと移しながら次の言葉を発した。

「別に動機は復讐だろうがなんだっていい、力ってのはただの道具なのだからそれを手に入れてどうしたいのかってことだけを考えればいい。それ以外の事は後で考えるでも問題はないからね」

 そう言って女性は生け捕り中の魔獣に向かい歩き出す。

「なんで……こんな提案をするんだよ」

「自責の念で怒りを抑えつけた姿が痛々しかった……いや自己防衛に見えたからかな。将来後悔するかしないかを考えずに逃げるのも1つの選択、助けられた命を大事にするってのも尊重されるべきだからね」

 助けられた命。

 その言葉を聞いたルスカの口からは自然に言葉が出ていた。

「強くなりたい……」

「そう思った動機は?」

「守られて庇われる弱い俺なんて俺自身が許せないからだ!強くなって誰かを守れたらいいとかそんなことは今は考えられねぇが、それだけは絶対なんだ!」

 ルスカの心の叫びを聞いた女性は少し考える動作をし。

「うーん、40点かな。赤点だけどいいよ、安全の確認と状況の安定が出来たら教えることにする。状況把握するときに聞いた話だとジュリって人が君に教えようとしたこともある程度想像は出来てるから」

「ジュリが教えようとしたこと……」

「戦うための意味、力を持つことへの責任ってところかな。今すぐ理解する必要はないけどいつも頭の片隅に残しておくべきことでもあるから。正直哲学だから正解はないし別の言葉にするなら自制力って所になるものでもある」

「自制……」

 今のルスカにとってその単語はあまりに重い言葉であった。

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