第2話 魔獣
眠りの中に居たルスカを現実に引き戻したのは大地を揺らす大音量の振動だった。
地震というわけでもなく村全体の空気の違いを、この村で生まれ育ったルスカは感じ窓から村の様子を確認すると土煙と思われるものの他にいくつかの黒煙が確認できた。
「なんだ……」
ルスカの住む村の居住区画は丘程度の緩やかな場所ではあるが集中していて、丘を中心に広場や商業区と言ったように作られていて、更に防壁となる背の高く丸太をそのまま使用した壁が存在しており、農地はその外側、家畜は内側になる形で村が構成されている。
そのためルスカの今いる場所からも村の様子は簡単ながらも確認でき、ただならぬ様子に慌ててベッドから降りコップ一杯の水を一気に飲んでから家を出て村の状況をよりわかりやすく見渡せる場所へと移動する。
「なんだよ、これ……」
自室から見た光景よりも状況は更に悪化しているらしく立ち上る煙の数は増えていて広場までは距離があるはずなのにもかかわらずどこからともなく悲鳴らしき声も聞こえてきてルスカは動けずに立ちすくむだけで動けずにいると、広場の方からこちらに向かい走ってくる人影がいくつか見つけられた。
丘を駆け上がってくる人は広場に店を構えている一家で、その後ろにも商店を営んでいる人達が必死の形相か泣いていることも確認してただ事じゃないことは理解できたもののルスカは村の広場に駆け出すかどうかを決められずに立ち尽くしてしまう。
「魔獣だ!魔獣が群れで襲撃してきた!早く地下に避難しろ!」
誰の叫びかはルスカにはわからなかったが、その内容を聞いたルスカは思わず駆け出していた。
「おいルスカ!今は危険だ!」
「でも、人が残ってるんだろ!」
「自警団の連中と村長に村に居た旅人連中が残ってはいるが……村長以外は皆戦える、まだ自警団の入団試験すらしてないお前が行っても足手まといだ!」
「体力はある!けが人の手当てや肩を貸すくらいはできるだろ!」
「おい、待て!」
制止の声を振り切る形でルスカは駆け出した。
広場に向かう最中何度か転びそうになりながらも坂道を駆け下りていく……が、広場に近づくにつれて今朝の見知った光景ではなく放置された荷車に少ない家財、酒樽と言った逃げる際重荷になるだろう物が乗せられていて丘の上にあるシェルターには持ち込めないと思い直した結果放棄したのだろう。
そして最初に見た煙は村を囲んでいた壁の一部が破壊された際に柱が倒れた時の土煙であったようだが、その柱が倒れてきた先にあった建物が昼飯時だったこともあってそこから火災が発生したことがわかる。
「くそっ……何だってんだよ……」
混乱する頭を落ち着かせるためにルスカは独り言をつぶやくが、生まれてから殆ど変わらなかった村の激変に対して動揺を抑えることが出来ない。
ジュリとの訓練の時にいつも精神面の安定を指摘されていたことが頭に浮かび何とかして落ち着こうとするも出来ないままに村の広場まで到着してしまう。
「ルスカ!?なんで来た!」
自警団に対魔獣の訓練もしていたからだろう、ジュリが全体の士気をしていたため丘を駆け下りて広場に入ったルスカに気づき怒気のこもった言葉をルスカに投げかけた。
「俺にも出来ることがあると……」
「ない!相手は魔獣なんだよ!」
あまりにもはっきりとないと断言されたルスカは基礎は出来ていないが筋はいいと普段から言われていたこともあり、村の様子に動揺していたことも重なり意地になり。
「怪我人の手当とかあるだろ!」
ジュリに対してそう返してからルスカは広場の中央に寝かされている人に近づく。
そこには数名の見知った自警団員が休まされているものの簡単な初期治療は既に終わっておりルスカが出来そうなことは介抱と介助程度のものでどう見ても戦えそうにない1人の傍に座る。
「大丈夫か?」
一目見ただけでも大丈夫でないことはルスカにもわかっていたが、それ以外に聞くことが出来なかった。
「大丈夫じゃねぇが、最悪俺が囮になりゃ1匹は仕留められる……テメェはまだガキなんだからジュリの言う通りさっさとシェルターに戻れ……」
覇気はなかったものの自警団の男ははっきりとした口調でルスカに答える。
「囮って……」
「魔獣が相手なんだ、これくらいの覚悟でも足りねぇかもしれない……」
自警団員の覚悟の言葉を聞いてルスカは自分の意地がつまらないもののように感じつつも、一度口にした言葉であるため引くに引けず。
「……囮なら若い俺の方が向いてるだろ」
「受けるとかかわすとかそんなレベルの話じゃないんだよ!そりゃ貴族様たちの軍隊とかなら対魔獣用の装備があるだろうしそういうところなら使えば比較的安全に戦える。でもこの村にはそんなものはないんだ、そんなものがあれば誰だって囮になろうなんて考えやしないよ!」
話を聞いていたジュリが居座るつもりのルスカに説明を始めた。
既に広場の中心部にまで来てしまったことから帰すにしても留まらせるにしても魔獣という存在について説明をしておいた方がいうことを聞くと判断したジュリの声には先ほどのような怒気はなく、いつもの訓練の時のような優しさを含んだものになっていた。
「魔獣っていうのは熊並の体格に狼並の動きをする化け物なんだ。私の両親だって私を守るために魔獣にやられた……父さんは私よりも強かったにも関わらずね」
「まさかジュリの旅をしている理由って……」
「だから言ったろ、くだらない理由だって。復讐なんていう自己満足のために対魔獣のために修行の旅なんてしてたわけさ……そして今ここでその修行の成果が……」
ジュリはそこまで口にしたところで振り返り。
「全員構えろ、来るよ!」
ジュリが自警団員に叫んだとほぼ同時、荷馬車などで作られた即席のバリケードを破壊して1匹の魔獣が広場に飛び込んでくると同時に近くに居た自警団員の1人が魔獣の着地に合わせられて頭を潰される。
ルスカにとっては初めての魔獣と初めての人の死を目の当たりにして動けず、腰が抜けたようにその場に座り込み失禁してしまう。
魔獣にとってはそのような格好の餌を見逃すわけもなくまっすぐ、ルスカに直進してくる。
「ルスカ!」
ジュリは叫ぶと同時にルスカを蹴飛ばしてその場から動かすものの体勢が崩れた状態で魔獣の動きに合わせることは不可能で、そのまま突進をくらい魔獣は勢いのまま広場の反対側へと着地した。
「ジュリ……?」
何が起きたのかわかっていないルスカは自分を助けてくれた女性の方へと視線を向けると、そこには東部が無くなったジュリが立ち尽くしていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
ここでルスカは初めて、自分が致命的な足手まといであったことを自覚した。
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