武闘士ルスカ

水森錬

第1話 農村の青年

「いってぇ!」

「あんたさぁ、強くなりたいとか言って弱すぎ。ちゃんと畑手伝ってるの?」

「手伝ってるさ。手伝ってるけど今の時期なんて明後日くらいの収穫までは猪とかの警戒だけで力作業なんてねぇんだって」

「そんなのはわかってるわよ、でもちょっと男勝り程度の女相手にここまでボコボコにされるとか訓練もさぼってる証拠」

「流派も何もねぇ型なんて意味あるのかよ……」

 一面の稲穂が風に揺れるのを見渡せる村の広場の一角、自警団の詰め所の訓練場に1人の青年と一般的な女性と比べると明らかに筋肉が目立つ二の腕に6つに割れた腹筋を持っていて頬に傷がある女性が素手による組手を行っていた。

 組手……と言うにはいささか一方的な構図ではあるが農村に生まれた青年が家の手伝いとして農作業を行う以外の、まともな戦闘技術的訓練は誰かに指導される形での訓練の機会はたまに来る旅人などから教えてもらう程度のため、一度村の外に出て実戦訓練を受けていた歴戦と言った雰囲気を出しているこの女性と比べてしまうのは厳しすぎると言える。

 そして実戦を経験したことのない青年は格闘術における型に対して複数の旅人から教えを請う形で習得していたこともありどれも中途半端にすら届いていない、我流の物になっていて奇抜ではあるが実用性ではない型であった。

「あるわよ。防御に特化したもの攻撃に特化したもの……それに対魔獣の陣形を組むのであればある程度均一した技術が皆に必要になる」

「魔獣って最近村の近くにいないだろ」

 魔獣。

 この世界に住む人類の生息圏を分断した原因であり理由は不明ながら基本的に人を襲う熊程に大きく狼のように機敏でドラゴンのように硬い皮膚を持っている超常の生物であるが、背の高い頑丈な塀と柵で作られた防壁の内側で暮らし戦いと言えば害獣である猪などとの物が最大である青年にとっては未知なる存在である。

「それに対魔獣って言っても俺みたいに格闘術ってなるとさ、集団戦なんかできないだろ」

「気を引いて魔獣の皮膚を貫通できる魔法持ちに任せるとか、いろいろできることはある。それにしてもあんたが弱いのは色んな型をマネして強引にくっつけてるからだからどれか1つを訓練するか、我流にするのであればもっと動きを考えながら訓練しなさい」

「よくわかんね」

「経験しなきゃわからないなんて考えてるようならやめときなさい、魔獣なんて出会わない方がいい」

「じゃあ旅人やってるあんたはどうなんだよ」

「つまんない理由だよ、私としては自力だけで魔獣を倒せるようになりたいとは思うが……元々才能って奴はなかったようでね」

「だから技術とか型とか……って答えになってねぇ」

「個人的なものだからこそ答える必要なんてないものさ。それよりも体を休めさせてダメージと疲労を回復させる!」

 女性はそう言って木刀などを片付けてから竹水筒で水を口に運ぶ。

「ジュリさんはこの後予定あんのか」

「ん、自警団と合流して1週間くらいの防衛体制を話し合う予定だよ。私もそれほど長居をする予定はないからね」

「収穫祭までか……」

「なんだ、寂しいのかい?」

「別れるってことなら別に今までもだから別にいいんだけどな、後夜祭に作られるシチューが美味いからせめてそれだけでも食べていけばいいのによ」

 青年の言葉を聞いてジュリは笑う。

「それを食べたらうちの嫁にとかうるさくなりそうでね、今でもそれとなく言われてるっていうのに定住することになっちまう」

「そこまでがっつく奴は……いや村長のところとか否定できねぇ」

「ま、そんな理由も要因ではあるけどやっぱり私の旅を始めた目的って点では定住するのはどうにもね」

「そういや旅の理由、聴いたことなかったな」

「さっきも言ったけどくだらない理由、というか旅の理由はさっき話したと思うけど?」

「ありゃ旅人になった理由を聞いたのであって、今も旅してる理由とは違うと思ったからだよ」

「……変わるわけはないさ、ただあまりに個人的な他の人間からしたらくだらない理由だからね」

 『くだらない』というジュリの表情は青年から見ても複雑なものが入り混じっているのがわかるほどで青年はこの件に対して更に踏み込んで聞くことは出来なかった。

 青年にとってみれば女性との付き合いは家族か幼馴染、それ以外はジュリのような旅をして村に立ち寄った女性だけであり、魔獣がはびこるようになってからは更にその機会は減っているため女生徒の付き合い方に対して免疫があまりない。

 そのため今ジュリが見せた表情をした女性に対しての対応への判断が出来なかったわけである。

「と、このままだべってたら遅れちまうね。ルスカも寄り道するなら手短にしておくんだよ」

「はぁわかってるよ」

 ルスカと呼ばれた青年は……いやジュリを含めた村にいる人間は全員この直後に起こる出来事を知る術は持っていなかった。

 ルスカは自警団の詰め所へと入っていくジュリの背中を見送った後、井戸で水を飲んでから自宅に戻り、眠った。

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