死神からの依頼 前編
リベック・スーデルは走っていた。
特別指定都市「シーデン市」の市庁舎第三十五部署『魔術解析捜査部』の仕事で、軍警と共に最近多発していた事件の犯人、違法魔術書を持つ相手を追いかけていた。
この特別指定都市「シーデン市」は北大陸から押し寄せる科学文明と、南大陸から押し寄せる魔術文明とが入り交じった混沌とした街なのだ。全てを四十五の区画に分け、北大陸の影響の大きい西側と、南大陸の影響の大きい東側とに大きく別れている。そして一番東の端にある『河向こう』と呼ばれる、南大陸の影響の一番大きい、その上、南北大陸からの不法移民の多い街で一番混沌としたした場所があるのだった。
そんな中、背が低く女顔をコンプレックスにしている上、運動が苦手で途中何度も転びそうになりながらもリベックは先を行く先輩のキアナ・アベーストを必死に追うのだった。
「捕まえたー!」
とキアナの声がするとリベックと軍警達はその場に急いだ。
キアナに関節技をかけられた男は少し離れた場所にある本を取ろうと必死になっていたが、キアナの技が決まってしまっていて動けそうになかった。
軍警がその男を確保すると、キアナは立ち上がって取り押さえた際に飛ばされてしまっていたスクウェアタイプのメガネを拾う。印象的なオレンジの髪が風に揺れる。
「キアナ先輩、お疲れ様です」
ハアハアと息を切らしながらリベックがそう言うと、
「リベ君はもうちょっと頑張った方がいいよ、運動」
「僕運動音痴なんですから仕方ないですってば」
男性としては背の高いキアナを見上げながら、頭脳労働は残念な割に運動能力だけはずば抜けているキアナには、言われたところでこれはどうしようもない事なのだった。
因みにリベ君とはキアナが勝手に付けたリベックのあだ名だ。
「いやー、早いなー、流石だぞオレンジ頭」
と言って来たのは第四十四区画担当の軍警のニコラス・スミスだった。軍警らしいがっしりとした体格でバンバンと嬉しそうにキアナの背中を叩く。
「オレそれくらいしか出来ないからなー」
「まあ、後の事は軍警に任せておけ、後で報告書送るからな」
「ありがとうございます、ニコラスさん。魔術書はこちらで解析させてもらいますね」
「おう、そっちは任せたぞ」
それだけ言うとニコラスは犯人の取り調べの為に他の軍警達の元へと戻っていった。
事件も一段落という事で、リベック達も一度市庁舎へ戻ろうかと思った時だった。
コツコツと石畳を歩いて近付いて来る人物が居た。
死神だ。
長い黒髪を風になびかせた驚く程の美青年、今日は河向こうの連中と似たようなローブを着込んで、身の丈ほどもある大きな両刃の鎌を持って佇んでいた。コツコツと靴音を鳴らせながらリベック達の方へと向って来る。
一瞬身構えるリベックだが、持っていた鎌は霧散して消えた。それを確認してからか、キアナが、
「死神さん!ひっさしぶりー!」
と思い切り死神に抱き着いた。それに眉一つ動かさず、
「相変わらず挨拶が熱烈ですね、事件解決ご苦労様です。私が出る暇が無かったですが、まぁ、良しとしましょう」
と淡々と答えていく死神。
「ちょ、キアナ先輩、離れた方が良いですって、死神さんが困ってたらどうするんです」
「あ、そっかー。ごめんね死神さん」
「いえ、元気な事は良い事ですから」
そう言って離れたキアナに何か苦情を言う訳でも無く、笑みを浮かべて穏やかに返してくるのだった。
「それで何の用でしょうか?」
「流石観察力がありますね、リベックさん。実は貴方がたにお願いがあるのですよ」
「お願い………ですか?」
神妙な顔つきで話す死神にリベックも真剣な顔つきにになる。
「おーい、回収した魔導書だ、持って行ってくれ」
と軍警から声を掛けられた。それを見て「失礼します」と一言告げてから軍警の元へと駆けて行く。そして犯人が使っていた魔導書を受け取ると 足早に死神の元へと戻って来た。
「あの、僕たちはこれから一度市庁舎へ戻るので、そこでお話を聞くというのはどうでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「死神さんも来るの?やった!お菓子持ってる?」
キアナが死神のローブをくいっと引っ張っておやつの確認をする。そんな事態ではないと解っているのか?とリベックは思ったが、キアナは何時もこの調子なので仕方ないと諦めるしかなかった。
大きくため息を吐くと、魔導書をがっしりと抱えて三人、後一時間程で夕日に変わるだろう太陽の光を浴びつつ、市庁舎のある第一区画へと向かって歩き出したのだった。
市庁舎の第三十五部署へと戻ってくると、ゾーロは書類の山に埋もれて書類作業をしていたのだった。
ゾーロは十二歳程度の少年の見た目をしているがこれでも成人済みであるとリベックは聞かされている。何か理由があるのだろうと思いリベックは深く考えないようにしている。綺麗な金髪の下には右目に黒い眼帯を付けている。そして大人用であろう大きな白衣をブカブカの状態のまま着込んでいる。それに加えて、黄色いネクタイをしていてアンバランスさが際立っている。
けれども一応部署長であるので、リベックは「ゾーロさん」と呼び敬語で話をしている。
「ゾーロさん、たっだいまー」
「ただいま戻りました。事件の犯人の持っていた魔術書を回収しました。………それと」
リベックは様子を見る様に隣に居る死神に目を向けると、
「お久しぶりです、少々用がありましてご一緒させて貰いました」
と親し気に話す死神に、ゾーロとどういった関係なのか考えてしまうのだった。リベックの考えとは別に、書類の山から顔を覗かせたゾーロは、「なんだディード、どんな要件かは知らんが、無理難題を押し付けるのだけは止めろ」
そう少々呆れた様に言うと、椅子から立ち上がり伸びをすると、リベックから魔術書を受け取り、
「リベック、コーヒーを淹れてくれ」
「私はコーヒーが苦手ですので、他の何かを」
とゾーロからの頼みで休憩をするのだと解ったが、死神、どうやらディードという名前らしい人物はそう付け足してきた。リベックは言われた通りコーヒーを淹れ、コーヒーが苦手なキアナと一緒に死神もといディード用にココアを用意した。
それをソファスペースのローテーブルに置くと、
「コーヒー以外はココアしか無くて、これで大丈夫でしょうか?」
「ココア好きですよ、わざわざありがとうございます」
と礼を言ってくれてリベックの中のディードに対する好感度が上がったのだった。ゾーロとキアナは何も言わずカップに口を付けている。それには慣れているのだ『いつも通りだ』と思うだけだった。
「死神さん、それでお願いって何です?」
とリベックが話し出せば、ディードは口を開き、
「率直に申しましょう、私からの依頼を受けて頂きたい」
そう言い出したのだ。ゾーロは眉間に皺を寄せて、
「内容によるな」
と呟けば、ディードは、
「どうやら私の他に死神の名を語る者が居るようなのです、その人物の特定をお願いしたいのですよ」
「死神の名を語る偽物か……自由に行動されては市民に不安感を与え兼ねないな」
コーヒーを飲みながら渋い顔をするゾーロに、キアナがあっけらかんと、
「死神さん二人いて困るの?」
と言い出したのだった。それにゾーロが、
「困るだろう?神出鬼没な死神が増えたらおちおち外にも出かけられん」
「あー、そっかー、オレ達は死神さんが死神さんだって知ってるからいいけど、知らない人の方が多いもんね」
「そうだ、しかも正体不明の真似事をしている者だとしたら、取り締まらねばなるまい」
「なるほどー」
そう呟いてコーヒーを飲むと、ゾーロは席を立った。
「……少しばかり市長と話して来る。暫くのんびりとしているといい」
そう言って第三十五部署を扉を開いて出て行ってしまった。
それにリベックは少々驚いていると、ディードが懐から紙袋を取り出した。
「キアナさん、クッキー食べます?」
「食べるー!!」
とお手製らしいクッキーを何の疑いも無くあーんと口に入れるキアナ。リベックは何かしらの薬物が入っているのではないかと警戒したが、キアナは平気そうなので何も無かったのかと安堵した。
「リベックさん、貴方、今、私の事を警戒したでしょう?」
「え、その………すみません」
「それが普通の反応です、気にしないで下さい。キアナさんの様に何の疑いも無く食べる方がおかしいのですよ、ですから」
気にするなとウインクするディード。
そんな態度にリベックは初めて会った時から気になっていた事を思い切って話してみた。
「あ、あの!死神さんは、えと、その見た目で男の人から声を掛けられたりしませんか?僕は身長も低いし女顔だしでしょっちゅう声を掛けられて困っているんですよ」
「私もありますよ、結構な数で」
「そうなんですか!撃退方法とか有ったら教えてください!!」
座っていた椅子から飛び上がる様に身を乗り出すリベック。
「簡単ですよ『貴方が私に相応しい男だと思えませんので』と答えるだけで逃げていきますよ」
「それ……自分が気位の高い美人って自分で解ってなきゃ無理じゃないですか……」
「おや?貴方は自分に自信が無いと?」
その言葉にリベックは俯いて少々落ち込み気味に、
「だって、僕って取り柄が無いですから…顔も女顔なだけで特に美形という訳ではありませんし…」
「自信が無いと仰るのですか?あるでしょう?一つくらい?ねえ、キアナさん?」
「そうだよ、リベ君は頭いいじゃないーオレなんか何にも覚えれないだよねー」
実際市庁舎の入社筆記試験ではトップクラスの頭脳を持っている。事件での犯人探しにも軍警詰め所から持ち出し禁止の書類を一字一句覚えたり、人の顔を覚えたりとその記憶力はずば抜けている。
「え?そうですか?それってそういう事に使っていいんですか?」
「使い方はそれぞれですよ、有効に使う手段を考えるのが良いでしょうね」
「そこを具体的に教えてくださいよ!」
「それはご自分でお考え頂くのが良いかと」
「それが解らないから聞いてるんですよ!」
とリベックがディードに詰め寄っていると、先程出て行ったばかりのゾーロが戻って来たのか扉の前で何をしているのかという風に見ているのだった。
「ちょ、ゾーロさん!戻って来たなら戻って来たって言ってくださいよ!」
「……いや、話を見ているだけで少々面白かったのでな」
そして自分の机に座り、部署長の判を押すとソファスペースへやって来て、
「市長に掛け合って、偽死神捜索という捜査命令を受理してきた。これでいいか、ディード」
書類をリベック達に渡すと、ゾーロはまで先程自分が座っていたソファに腰掛けた。
「ええ、捜査には私も随行しましょう。宜しいですか?」
「書類仕事が忙しい、捜査する二人に聞け」
「という事なのですが、宜しいですか?」
二人でのやり取りでこれから何をするのか決まったらしく、ディードはリベックとキアナに尋ねてくるのだった。
「宜しいも何も、それが仕事なら引き受けるだけですよ、ねぇキアナ先輩?」
「うん、オレは死神さんが一緒だと楽しいー」
そう言うリベックとキアナに安堵の表情を浮かべるディード。一応死神と呼ばれるだけあって行動を共にするのに少々不安があったのだろうと、リベックは勝手にそう思うのだった。
「それでは、夜になるまで待ちましょうかね」
「え?今から行くんじゃないんですか?」
ディードからのその言葉にリベックは疑問を浮かべる。
「死神が出るのは何時ですか?」
「………えと、夜……ですね」
「ええ、それも深夜ですよ?ですから待ちましょうね?」
にっこりと笑顔で有無を言わさず相手を従えるその力に『ああ、だからナンパを退けられるんだ』とリベックは思った。
「……あ、だったら今日遅くなるって連絡しなきゃ」
思い出したかの様に立ち上がると、ソファスペースから少し離れ、ポケットに入れた筈の携帯端末を探す。
「恋人ですか?」
「違います!母です!」
リベックが誤解の無い様に大きな声で主張すると、キアナが、
「お母さんと二人暮らしだっけー?」
「はい、なので今日は帰れそうにないと言っておかないと後で怒られるので」
今日は一晩中仕事なのだと思うと憂鬱だが、やらなければいけない事なので仕方がないと自分に言い聞かせて母へと連絡を入れる。携帯端末を取り出して番号を入力し接続音が聞こえたかと思うと、母の陽気な声が聞こえてきた。
『はいはーい、何よリベック、こんな時間に』
「いや、あのね、ちょっと今日仕事で帰るの遅くなるから先に寝てて」
『仕事ばっかしてると老け込んじゃうわよ、まぁ忙しいのは悪い事じゃないけど』
「解ってるって、それじゃ戸締り気を付けてね」
『解ってるってば、お母さん信用無いの?』
「もうーそれじゃ切るよ、じゃあね」
『はいはい、頑張ってね』
そうして通話を切ると、ソファスペースへと戻って来た。
「………仲が良いのですね」
「まぁ、シングルマザーで僕の事育ててくれたので、感謝していますし、ちょっと抜けてる処があるのでしっかりして貰わないと、と思うので」
「親孝行な息子さんでお母様はさぞ喜んでいるでしょうね」
「そんな大袈裟な……」
と言いつつも照れたように頬を赤らめて頭を掻くリベック。そして思い出したかの様にゾーロとディードに質問をぶつける。
「この仕事をやる様になって思ったんですが、魔術にも色々種類がありますよね?一番危ないのって何なんですか?」
というリベックの質問にゾーロは冷めたコーヒーを飲みながら淡々と、
「闇の魔術だな、あれだけは手を出さない方がいい」
「そんなに危ないものなんですか?」
首を傾げながら率直に聞いてくるリベックに、ゾーロは、
「ああ、死に直面する魔術もあるほどにな。だが極めればこれ以上強いものはないな」
「そんなこと出来る人って居るんですか?」
「お前も何度か会っているだろう、ここ居る死神だ」
「ええ!?死神さんってそうだったんですか!?」
驚きの余りその場で立ち上がるリベック。それをクスクスと笑いながらディードはココアのカップを傾ける。
「だからこそ、この街の夜を取り締まる事が出来るというものだ」
「はぁー知りませんでした」
「まぁ、大体の者は『死神はおっかない』という存在だと認識しているだけだがな」
コーヒーを飲み切ってしまうとローテーブルにカップを置き、ゾーロは書類の山でいっぱいの自分の部署長席へと戻っていった。
「さて、夜になるまで何をしましょうかね?」
「はいはーい!カードゲームやりたい!」
ディードの問いにキアナが元気よく答えると、ふふっと笑みを浮かべながら懐からトランプを取り出した。
「リベックさんも如何です?」
「いえ、僕はゾーロさんの書類の手伝いをしようと思うので、すみませんが……」
そう言いながらゾーロの机の上の書類の一部をどっさりと自分の机に置いて、魔術規範と呼ばれる辞書を手に作業を始めるのだった。
「それじゃ二人でやろっかー」
「そうですね、何をしましょうか?」
とキアナとディードはお互い二人で出来るカードゲームで遊び始めたのだった。
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