魔術解析捜査部

 リベックは特別指定都市「シーデン市」の市庁舎へ勤める新人である。

 配属部署は「第三十五部署・魔術解析捜査部」である。

 シーデン市の魔術の使用率の多い地域で起こった物事を解決するのを仕事としている。

 大変な仕事だと実感している。

 大量の魔術案件関する書類作業に加え、上から命で街中に出て魔術に関係する情報を探り真実を突き止めたりするのも仕事の一つである。

 今日の作業は大量の書類との格闘である。

 リベックは引き出しから『魔術規範』と書かれている辞書を取り出すと、書類を手に取りパラパラと魔術規範を捲る。そして辞書を引いて書類に書き込みを入れて作業済みの書類の山へと置く。もう一つ手に取ると辞書を引き今度は判を押して書類の山へ。

 これがリベックの通常業務だ。退屈だしやりがいも感じられないのだが、彼がここの部署に居るのには理由がある。

 上からの命での仕事。

 「特別指令任務」と呼ばれるそれをこなしている時、リベックはこの街の秩序を守るという事を自分にも任せて貰えているのが嬉しいし、とてもやりがいを感じているのだ。

 次の任務は何時だろうかと思いつつ、書類作業を黙々とこなす毎日だった。


 そうして次の「特別指令任務」が下った。

 中央より西の区画で男性の集団失踪事件が相次いでいるらしい。それに魔術的な何かが絡んでいる可能性もあるとして軍警と組んで調査をするようにと上司であるゾーロから告げられた。それに先輩であるキアナと一緒に軍警の詰め所へと向かうのだった。

 キアナは長身でオレンジの髪と眼鏡が印象的な男性だ。一方リベックはというと背が低く女顔なのをコンプレックスにしている。キアナの様な長身が欲しくて堪らないと思う時が時々あるのだった。

「さて、まずは軍警ですかね」

「そうだねー何か情報あると良いね」

 二人して事件の多発している区画の軍警詰め所に立ち寄った。

 軍警をも一時的に部下に出来る能力を持つ『特別越境許可証』を見せると、苦虫を噛み潰したような顔をされて、トップの者の処へと案内された。

 この区画を取り締まる軍警長官に挨拶をすると、早速事件の情報を見せて貰う事になる。今回の事件の情報を見せて貰う事になった。こういった書類は基本的に持ち出し厳禁なので全てを覚えるしかない。

 そこはリベックの役目だ。

 リベックは市庁舎の筆記試験でトップクラスの成績を持つ記憶力の持ち主だ。文章は勿論の事、人の顔等を覚えるのも得意としている。

 そうしてリベックが椅子に座って大量の報告書の内容を覚えている間、キアナは椅子に座って途中で買った菓子をパクパクと、何処に入るのか解らないくらい大量に食べているのだった。

 それから三十分程度でリベックは全てを暗記すると、同じタイミングでキアナも菓子を食べ切った。

「ありがとうございます、これで事件の内容が解りました」

 とリベックは軍警長官に礼を言うと、

「余り派手な行動は慎んでもらいたい、こちらとしても面子があるんでな」

「………解っています」

 と返事を返すと、快く思われていないのが嫌という程解った。


 軍警詰め所を出て、事件の多発している場所へ行くと、何の変哲もない裏路地だった。

「ここからいなくなったんですかね?」

「そうみたいだねー………ん?」

「先輩どうしました?」

「あっちから、匂いがする」

 キアナは魔術を匂いとして感知し追いかける能力を持っている。キアナの進む後を追いかけていくと紫色の靄がリベックにも見えた。リベックは魔術を靄として目で見る能力を持っている。

「……ここですね」

「……ここだねぇー」

 匂いの濃い紫の靄が一番濃いその場所で何かしらの魔術が使われた事が解ったのだった。

 ここからの痕跡は薄っすらとだが見えたのでそれを追う事にした。

 そして行き着いた先には、ある宗教組織の寺院があった。

 そっとその寺院の扉を開き、中を見てみると、

「何か御用かしら?」

 と上品な佇まいの女性が表れてリベック達に声を掛けてきた。

「あ、すみません。素敵な建物でしたので見学しようかと思ったのですが…駄目でしょうか?」

「まぁ、ここの良さが解るなんて素敵だわ、ご案内致しますよ」

 そういう女性の言葉を断る訳にもいかず、二人は案内されるがまま寺院の中を見て回った。リベックの目には紫の靄が所々に見え、キアナも何かの匂いを感じ取っている様だった。

 一時間程だろうかそうやって中を見て回ると、女性に礼を言って寺院を後にした。

 二人歩きながら小声で、

「……多分あそこですね」

「うん、匂いがすごかった」

「一応軍警に報告しますか」

「そうだねー」

 というやり取りをした。

 そのままの足で、先程尋ねた軍警詰め所へ行き、例の寺院が怪しいと伝えた。けれど返って来た答えは、

「夜に何人か軍警を向かわせる、それで十分だろう」

 快く思われいないとはいえ、取り合ってもくれいないのは軍警では珍しかった。ここがあまり中央より西の区画で魔術に関しての情報が少ない事もあるからだろう。土地柄と考えるしかなかった。

 そう言われても、二人は引く気は無く、既に知られているリベックとキアナからの番号では先程の様にあしらわれるだろう事が想像できたので、一般回線から軍警に連絡出来るようにしておいた電話を別に数個用意し、一晩寺院に張り込む事にした。


 最初の一晩は何も起こらなかった。


 ほぼ徹夜状態のリベックは寝不足のまま市庁舎へとやって来ると、書類作業をした。キアナは眠さが最高潮に達していたのかソファで寝息を立てていた。真面目なリベックは途中うとうととしながらだったが何とか作業を終わらせ、日没を迎えると、キアナを無理矢理起こして昨日に引き続いて寺院への張り込みをした。

「今日は何かおこりますかね?」

「………起こる気がする」

「ですか」

 こういう時のキアナの勘はよく当たる。今日何かが起こるのだろう。

 そうして待っていると、寺院の中が騒がしくなった。偶然見つけた覗き窓から中を覗くと沢山の男性がぼんやりとした眼で立ち尽くしていた。恐らく魔術を掛けられている事が見て取れた。そして中の魔術濃度は濃く、リベックには紫の靄が色濃く見えた。

「さあ!これから儀式を始めますよ!尊い犠牲を捧げれば我らの神はそれに答えてくれる!」

 前日リベック達を案内した女性が、信者達に向かってそう声を張り上げている。そして恐らく犠牲というのはぼんやりと立ち尽くす男性たちなのだろう事が見て取れた。

 危険な儀式が始まろうとしていた。

 リベックは急いで一般回線から軍警に連絡を入れた。二人で声をワザと変えて、

「寺院が五月蠅くてかなわない、何とかしてくれ」

「向こうの寺院からおかしな声がする、見て来て欲しい」

 という内容のものを声を変えて何件か電話を入れれば、軍警は、

「直ちに注意しに行きます」

 と行動に出てくれたのだった。後は軍警がやってくるのを待つだけだ。

 やって来た軍警は中を無理矢理開けて、何故こんな事になっているのか驚き、失踪されたとされている人物達がここに居る事に驚き、寺院関係者へ問い詰めて身柄を拘束している様子だった。

 一通り落ち着くまで寺院で様子を見続けた後、寺院を離れ、軍警の詰め所へと向かった。

 詰め所の中はせわしない様子で長官の処へ行くと、

「…………あの連絡はお前たちだろう?」

「はい?なんのことです?」

「はぁー………まあいい、こちらから報告書を第三十五部署当てに送る、それでいいな」

「ありがとうございます」

 とやり取りすると、そそくさと軍警詰め所を出ていった。

「良かったねー、何とかなって」

「そうですね、あ、そうだ、夕飯一緒に例の定食屋行きません?」

「行く行くー前から行ってみたかったんだよね」

 そう言って二人は夜の繁華街に消えていった。


 次の日リベックが大きな欠伸をしながら出勤してきた。

 そうして取り掛かったのは、昨日言っていた軍警からの報告書を受け取り、自らの報告書を纏める作業だった。キアナは机の上で腕を枕にして眠っていて使い物にならなかった。

 そうして出来上がると、上司のゾーロへと提出する。

「何時もすまんな、あの寝坊助を起こし貰えると助かるが」

「無理でした、何回も起こしましたけど」

「まぁ、今回は被害者も出ずに済んで良かったと、上からの評価も高いぞ」

 そういう事を言うゾーロに、リベックは、

「僕はやりがいのある仕事をしただけですよ、それだけです」

 そう誇らしげに笑みを浮かべてリベックは言うのだった。

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