死神からの依頼 後編

 そうして陽が沈み、夜闇に包まれるとキアナが夕飯にとテイクアウトでハンバーガーを四人分買って来て、四人一緒にソファスペースで談笑を交えつつ食事を取るのだった。

「こういう物を食べるのは久しぶりですね」

「そういや、死神さんって何食べて生きてるの?草?」

「なんだその質問は」

 キアナがそう聞けばゾーロがツッコミを入れる、そのテンポがとても良かったのでリベックはクスクスと笑ってしまう。

その質問にディードは、

「そうですね、簡単な南大陸の家庭料理ですよ、ハーブが多めなのが特徴でしょうか?」

「そうなんですか?今度作り方教えてください」

それにリベックは興味津々といった様子で、

「おや?リベックさんは料理をなさるのですか?」

「ええ、母と二人暮らしですから家事は出来る方がやるって決まってて、料理ももうちょっと上手くなりたいなって思ってるんです」

そう嬉し気に話すリベックに、ディードはニコリと笑みを浮かべながら、

「ではまた日を改めて一緒に料理をしましょうか?勿論怪しい物は使わずに」

笑顔でそんなことを言うディードに対して、本当に信用していいのだろうかとリベックは少し考えるのだった。

「さて、食べ終わった様だし時間も良い頃合いだ」

 ゾーロが言い出すと、食事の片付けをし始めた。そしてリベックとキアナは準備を整えるのだった。二人一緒に上着の下の脇に差している小型拳銃の動作を確認すると、元の様に仕舞い、ローブを身に纏ったディードの元へと集まる。

「まずは西の方を回ってみましょうか?噂では中央区画に出没するらしいのですが」

「そうだね、そうしようー」

「はい、解りました」

 リベックとキアナはディードの言葉に頷くと、

「それじゃ、行ってきます」

「気を付けてな」

そう部署長の自分の席へ戻ったゾーロに声を掛けてから、第三十五部署の扉を潜った。


 日が暮れたとはいえまだ夜は早い、偽死神が出るまでにはまだまだ時間が掛かるだろうと目撃情報の少ない市庁舎から近い西側の区画をのんびりと進むことにした。

「この辺に死神さん出たら西側の人びっくりするだろうねー」

「びっくりどころじゃないですよ、暫く夜は出歩けませんって」

 あっけらかんとした物言いで言うキアナに、西側出身のリベックはそう言わざるを得なかった。実際に出たのならば魔術と縁遠い科学技術の発展している西側ではある種の通り魔扱いされてもおかしくないだろう。

「まぁ、この辺りには居ないでしょうしのんびり探しましょう……今日出て来てくれると良いのですがね」

 そう話すディードと共に西側周辺を当ても無く歩き回る。

 途中体力の無いリベックの為に休憩をはさみながら歩き続けると、中央区画へと出た。時間的にもこれから就寝する者がいる程度の時間になり、偽死神が出て来てくれることを願いつつ、また歩き始めた。

「そうだ、一応出しておきましょうか?」

と口にしたディードは魔術式を展開し紫の魔方陣で光を発生させながら、身の丈ほどもある両刃の鎌を出現させた。

「それが、闇の魔術ですか?」

「いえ、これは大抵の魔術者なら使える、ごく一般的なものですよ。これから先使うのが闇の魔術です」

 そう言うと鎌を引き摺りガラガラと音を立てながら石畳の道を歩き始めたディード。

「あの………目立ちません?」

「ワザと目立つためにやっているのですよ」

「そー、死神さんが来たぞーって知らせる為の合図だよ」

「私の真似事をする等良い度胸ですね、と相手を威嚇する目的もありますが」

「そう……なんですか」

 リベックは少々おっかないと思いながら、ガラガラと大鎌を引き摺りながら中央区画を進む三人。目に付く所には人っ子一人居ない。これが死神の噂の影響かとリベックは身を以て感じたのだった。

 暫く中央区画付近へと進むと、空気が変わった。ピリピリとした張り詰めた空気が漂っていた。

 その証拠に一般人も何かを感じ取ったのか、何時もは賑やかな歓楽街にやって来たのに、人は疎らだった。

 そして大鎌を引き摺りながら進めば、さらに空気は違和感をます。

 キアナがスンスンと匂いを嗅ぐと、

「なんか魔術の匂いがする……何処からかな?」

「んー…そうですね、あちらでしょうか?」

そう二人が同じ方向へ進むのをリベックは追いかける。すると紫の靄が薄っすらと見え出した。キアナが匂いで魔術を感知出来るように、キアナは紫の靄として魔術を見て捉える事が出来るのだ。

 進めば進むほど紫の靄は濃くなり、空気も薄ら寒さを感じ始めた。

 その時だった。

 路地の一角から少年が飛び出して来た。リベックよりも若い、十五歳程度の黒髪の少年だ。その手にはディードとは違う形の大鎌を持ち、ディードめがけて振りかぶった。

「死神さん!!」

 キアナが叫ぶが、ディードは自分の大鎌でそれを受け止めていた。

「お前が死神か!」

「ええ、そうですが……貴方は?」

「お前の代わりに死神になる奴だよ!」

 少年は一度ディードと距離を取ると、くるくると持っていた鎌を振り回した。

「その鎌は……闇の魔術で構成されていますね」

「ああ、闇魔術使えるのはお前だけじゃないって事だよ」

 ディードは大鎌の刃を地面側に向けて置くと、深くため息を吐いて一瞬で姿を消した。

 そして現れた先は少年のすぐ上、少年と一緒に石畳ごと刃を突き立ててドゴンッと音を立てて石畳を破壊した。少年は寸での処で避けたのか無傷だった。それに舌打ちをするディード

 またディードが消えたかと思うと、次は少年の足元に刃を立てて大鎌を振るうが、少年の鎌がガチンッと音を立てて受け止めた。ギリギリと刃を合わせていくと少年の鎌がボロボロと崩れ始めた。

「おや?この鎌は魔術が未完成なのではないですか?」

「だから!それがどうしたって!!」

 ガキンと音を立てて少年が距離を取ると、

「お前、俺と替われよ、こんな退屈な毎日とおさらばして、俺があのクソみたいな奴らぶっ殺してやるからよぉ」

「何があったかは知りませんが、人に頼み事をする時はもっと言葉を選ばなければ」

ディードは鎌の刃の側を下に向けて左手で持ち直すと、腕を組みながら呆れたようにそう呟くのだった。

「五月蝿い!!俺は俺のやりたいようにやるんだ!誰にも邪魔させねえ!!」

 少年は魔術を展開させて闇色の刃を複数発射させる。ディードはそれを全て大鎌で叩き落す。

「その鎌もそうですが、それなりに闇の魔術を研究しているようですが、私には及びませんね。私は極めた者ですから」

「うるせえよ!お前をさっさと叩き潰して俺が死神になってやるんだ!!」

 少年が大鎌を振るってディードに振りかぶると、それを難なく受け止めるディード。何度か打ち合いをした後、次こそは大鎌でディードの首を刈り取ろうとして近づく少年に、ディードは大鎌を右手に持ち変えると、遠心力を使って勢いよく相手大鎌の腹の部分でぶっ叩いた。

 勢いよく吹っ飛び壁が陥没する程の威力をみせるその一撃に、リベックは驚いていた。先程までは手加減をしていたのかと。

「この程度で?笑わせてくれますねぇ…死神が何故存在するのか、私が何故死神と呼ばれるようになったのか、いえ、ならざるを得なかったのか知りもしないで勝手に言って……正直迷惑なんですよ。この世界は退屈だ?だったら私が退屈しない処へ連れていってあげますよ」

 少年の頭を掴み壁から引き摺り出すと、石畳の道に放った。少年はぐぬぬという表情を見せる。どうやらダメージが大きかったらしく大鎌はその手には無かった。

 ディードはそう言うと魔術を展開させて一冊の本を出現させた。

 鍵が掛かっているそれを開錠して本を開くと、少年にページを開いて見せ何事かブツブツと呪文呟き出した。本を中心に紫の光と共に魔術が展開され少年の体が徐々に本へと引き寄せられていく。ブツブツと唱えていた呪文が完成すると、少年は本の中へ吸い込まれていった。

 本を閉じ鍵を掛けると、そこからこの世の地獄を見るような少年の悲鳴が聞こえてきた。

「この中で一ヵ月生き延びる事が出来たなら、私の見習いとして手伝いをさせてあげましょう」

 それを見ていたリベックとキアナは、ゾーロから『死神はえげつない』と何度も聞かされていたが、まさかここまでとは……と思っていた。生きた人間をそのまま魔術書に閉じ込める等とは思いもよらなかった。

「あ、あの……僕たち居る意味ありました?」

「ああ、私がちゃんと仕事をしている処を見ていて貰わなければいけないと思いまして」

「か、監視役……ですか?」

「そうですよ」

 そう言ってにっこりと微笑むディードに、嫌な汗が流れるリベック。キアナはあっけらかんと、

「そうだったんだー流石死神さん」

と納得している様子だった。

「という訳で、報告書お願いしますね。私がちゃんと働いているって証拠を残してください」

「最初から…それが目的だったんですね……」

 リベックが呆れたように呟くと、にっこりと微笑むディードはコクリと頷くのだった。


 その後は、嬉し気に本を手にしたディードと共に市庁舎へと戻ったリベックとキアナ。

 第三十五部署に帰り着けば、ディードの姿を見たゾーロは呆れた様に嘆息した。まるで最初からこうなる事を予想していたかのように。疲れた顔をしたリベックとそれを心配そうに見つめるキアナも一緒に第三十五部署の扉を潜ると、ゾーロから、

「………お疲れ」

「あ、お疲れ様です」

「ゾーロさんお疲れー」

「それで、どうなった」

 リベックはディードを横目で見ながら、

「その…見て解る通りです…」

「………だろうな。報告書を出して貰わねばならないが、明日で良い」

「…助かります、今日はもう帰りますね」

「ああ、気を付けてな」

 そうゾーロやキアナ、ディードに挨拶をするとリベックは荷物を纏めるとさっさと第三十五部署の扉を出て家路についたのだった。

 夜更けに団地の5階の自宅へ着くと、鍵を開いて家の中へと入る。どうやら母はもう寝てしまっている様だった。

 リベックはシャワーを浴びて自室のベッドに寝転ぶと、とても疲れていたのかすぐに寝入ってしまった。


 翌日、第三十五部署でリベックは昨日起こった事の報告書を書いていた。

 ディードの異常さを文章では書ききれず、どうしたものかと思い、キアナに助言を求めると抽象的な説明を聞かされた。けれどもそれを文章化するのはリベックの仕事であり、得意分野であるのでそれをそのまま報告書として纏めた。

 それをゾーロに提出すると、

「面倒事を押し付けて済まんな」

とゾーロから労いの言葉を掛けられた。

 それにリベックはこう答えるのだった。

「これも仕事ですからね」

 そう答えるとリベックは自分の机へと戻っていった。

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