2022年8月③
電光パネルで部屋を選び受付で支払いを済ませた。マナと部屋に向かう間、セックスを終えた男女一組と入れ違いでエレベーターに乗り込んだ。女はCとBの間といったところか。
っくぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
これだよこれ!!!!!!!
俺が求めていたのはこれなんだよ!!!!!!!!!
「俺の方がいい女を連れている」っていう優越感!!!!!!!!!!!!
すれ違う男に与えるささやかながらも絶対的な敗北感!!!!!!!!!!
キモチイイいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!
マジキモチイイいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!
最っっっっっっっ高だわマジで!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
マナが俺の彼女じゃないとか今はどうでもいいんだわ!!!!!!!!!!
「こいつ今からこのイケてる女のマンコをチンポでほじくり回すんだな…いいなぁ…」って思われるのキモチイイいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
腕を組んで歩いてるだけでこんなに気持ちよくしてくれるマナと比べるとノブコやミヅキが人間のメスとしていかにゴミなのかがよくわかる。同様に、俺も女から人間のオスとしてゴミと判断されていたがゆえに彼女らの隣に立つことを許されなかったのだということを身体で理解し、若干の冷静さを取り戻した。
「お金少し出すよ」
「え、いいのか」
「……ダメだね。女が出すって言っても『オレが出すよ』って言うんだよ。『アタシは男がホテル代ぜんぶ払ってくれないくらいの価値の女なんだな』って思わせちゃうでしょ」
「………」
403号室。アジアンテイストな内装と黒いでかめのシーリングファンがリゾート感を演出している。小さなテーブルを挟んで一人掛けのソファが二つ。マナは奥側の席に腰掛けると足を組み、光沢感のあるワニ革のバッグからマルボロダブルバーストパープルを取り出して火を点けた。紅に染まったフィルターを指と指の間にはさみ込み、角度をつけたタバコを顔の傍で燻らせている。何とも絵になる女だ。マッチングアプリで出会ったブス共は言わずもがな、大学のサークルにいた毛並みの良い美女(同期で最も顔面偏差値が高かった福井すみれなど。俺は大学時代妄想の中で数え切れないほど福井のマンコをクンニしている)とも纏っている空気が明らかに違う。
「いろんな女とエッチしたいんだ?」
「うん」
「あれじゃだめだね」
「どういうところが駄目だった?」
「さそい方がだめ。会ったばかりの女をホテルに連れこみたいなら『オレがゼッタイおまえのこと好きにさせっから』ぐらい言わないと。この前の男はそうだったよ」
「かっこよかった?」
「うん。東南アジアから麻薬を輸入してるって言ってた。この人」
テーブルに乗り出してマナが前かがみになる。胸の谷間がよく見える。
「ただの好青年だね」
「見えないよね。そんなことしてるなんて。あぶないからもう会ってないけど」
「…マナって仕事は何をしているの?」
「あたし? フツーの会社で働いてるよ。前は赤坂のキャバで働いてた」
ファッションとルックスの差だけではない。場数が違うのだ。それも桁違いに。それにマナが生きてきたのは両親から与えられた家柄や財産や学歴が通用する世界ではないだろう。彼女自身の美貌と洞察と人心掌握術を頼りにここまで生きてきたに違いない。濃紺のワンピースだからだろうか、この女から決して群生しない竜胆の花を感じた。
「どうして俺にいいねしたんだ?」
「あたし先生フェチなんだよね」
「そういうことか」
「…言葉がかたいね。『仕事は何をしているの?』は「仕事なにしてんの?」のほうがいいし、『どうして俺にいいねしたんだ?』は『なんでいいねしたの?』でよくない? 女の子は責められてる気がしちゃうと思うよ」
「地が出ると本来のクソ真面目さみたいなのが言葉に表れちゃうんだと思う」
「まあそういうところもホンモノのセンセーっぽくていいんだけどね。表情もあんま動かないし」
「一般受けはしないだろ。俺が真面目であればあるほど、倫理的であればあるほど恋愛から遠ざかっていったよ」
「……ふぅーん」
悪戯な目つきでせせら笑う。
「なんだよ…」
「女の子から相手にされてこなくて傷ついてるんだぁ」
「…べつに」
唐突に真剣な顔になったマナが俺の頬に手を添えてきた。
「肌きれいだね。そのままでも十分ステキだよ」
言われ慣れていたはずの甘言に不覚にもときめいてしまう。まるで彼氏に初めて抱かれる前の女のように。
「あたしとエッチしたい?」
「うん」
「ダメ」
「なんでだよ」
「ダメ。抱かせてあげない」
「…」
「…フフッ。おふろ入るから絶対に入ってこないで」
マナのシャワーの音に耳を澄ましながら、先日見たアニメのことを思い出していた。ザコオス主人公のもとに強く美しい女がやってきて、主人公の能力不足も序列の低さも全てを解決したうえ性的満足まで与え幸せに導いてくれるという筋書きである。俺は昨今のアニメによく見られるこの類型を少女漫画のそれになぞらえて「白馬の王女様系アニメ」と呼んでいる(たしか三島由紀夫が「男が男の役割を果たすのを嫌がるようになってきた」とどこかで言っていたが、現代日本男児の弱体化はもはやそんなレベルではない)。この類型はアニメにこそふさわしい。現実では起こり得ないことを描くのがアニメだからだ。現実は無慈悲である。ザコオスは決して美女のオマンコにありつけない。この十数年のセックス飢餓状態を経験した俺はそのこと骨身に染みてわかっている。
だが俺は引き寄せた。全非モテが憧れる「ザコオスが経験豊富な美女になぜか気に入られ筆下ろしされる」という夢のシチュエーションを。簡単じゃなかった。4月から週に3回以上のアポを組んでひっきりなしのアプローチ。羽田さんに結果報告をしフィードバックを受け、次回のアポに向けて言動を修正。その合間にファッションの歴史とトレンドに精通した古着屋の店長ムナカタさんのもとに通い詰め、なんの役にも立たない自分の感性や好み、その一切を廃した「セックスに辿り着けるファッション」の講義と実践。「金銭のやりとりを伴わないセックスで美女を失神させる」という大いなる目標に向けたその活動は、33年間受け容れることができなかった「俺は生粋の非モテである」・「俺の恋愛レベルは彼女のいる小学生以下である」・「俺の恋愛市場における価値は俺が見下してきたブス共より低い」という現実をまざまざと突きつけてくれた。凹んでいる時間などなかった。33歳。どんなに髪型やファッションを整えても若い女に相手にされない汚いおっさんになるまで秒読みの年齢。退路はなかった。この惨めさを、劣等感を、発狂をどうにかするには目を逸らし続けてきた現実と真正面から殴り合うしかなかった。俺は…
「歯みがいて」
バスローブ姿のマナが上がってきた。
「もう磨いたよ」
「待ちきれなかったんだ」
「うん」
「あたしもう寝るから。おやすみ」
「なんでだよ」
ベットの前に立っているマナを抱きしめた。
「フフッ…キスして」
俺とマナは口づけを交わしたまま、誘われるようにベッドに倒れ込んだ。
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