2022年8月②
ぽってりとした赤く瑞々しい唇はそれだけで男のいやらしい想像を掻き立てる淫靡なシンボルのようで、艷やかなブラウンストレートの髪が歩くたびはためいてなんとも言えない蠱惑的な香りが漂ってくる。大きく形の良い切れ長の目は凛々しさを湛え、上瞼と下瞼に光り輝くシャンパンゴールドのアイシャドウがゴージャス感を演出している。目尻にはアイライナーが妖しくうねり、誇らしく逆立つ長く濃いまつ毛がなまめかしい蛇のように彩られた完璧な曲線を見事に引き立てている。それら男にとって何よりも貴い一つ一つのパーツがほんのりとチークを乗せた純白の肌の上で美しく統合されている。黒木メイサと見紛うほどの圧倒的な美貌、その黄金律はただそこに立っているだけで有象無象の女共を蹴散らしてしまう絶対的な力があった。かくもエロ凛々しい顔と、ひと目で最高の抱き心地を予感させる163cmの肉感的なカラダとの奇跡的な結合が、抗いようのないブッチギリの性的魅力を醸し出していた。
これが、これが美女と連れ立って歩くということなのか。歩いているだけで視線を感じる。当然見られているのは俺ではない。すれ違う男のほぼ全員がマナをチラチラ見ている。振り返る者さえいた。皆、マナの膣壁にチンポを擦り付けたくて仕方がないのだ。一方、眼の前にすればCクラスの女でも気圧されてしまう俺である。インターネットを介したやり取りでの威勢の良さなどとうに消え去り完全に萎縮した俺は居酒屋までの道すがら無口になり、マナの顔面を直視することすらできなくなっていた。
混乱と緊張で脳がバグったまま予約した席に着く。L字席の個室を予約したはずなのになぜか対面のテーブル席に通されて一層焦る。さらにおしぼりを持ってきた店員が、「あれ、お客さん!どこかでお会いしましたよね!絶対会ったことありますよ!!いや違いますってナンパじゃないですよ笑 お名前なんでしたっけ!!」などと言って必死にチンポしゃぶってくれアピールしてきたのを、マナが慣れた感じであしらっている。ブスとの同伴では決してあり得ない出来事が立て続けに起こり、俺の当惑は既に限界に達していた。
だが俺はお通しの漬物を食いながら思い直した。俺はここまで何のためにブスとの苦々しいアポと悲惨なセックスを繰り返してきたのだ。何のためにホテルに誘っては手を払いのけられる悲しみを味わってきたのか。マナのようなレベルの女を抱くためじゃないのか。このアポの勝算が限りなく低いことはわかっている。だからといってビビるわけにはいかない。とにかくこれまで学んできた知識と培った技術をこの強敵に全力でぶつけよう。俺はこの女をホテルに連れ込むために死力を尽くすのだ。
まずは強オスアピール。これまでたくさんの女と恋してきたこと、頭がいいこと、俺にしかできない大きな仕事をしていること、この先の出世を匂わせること。会話の合間に香るようにさし挟み、俺の象徴的な「チンポ」の大きさを女にわからせる。表情やリアクションはなるべく大きくしてカースト上位の男っぽさを演出すること、女のファッション・発言・振る舞いの中に違和感を発見し、上手にいじって女を引き立てつつイジりイジられ=男上位女下位の立場決定を行うのも忘れずに。女にとって恋愛とは「格上男とのドキドキ体験」に他ならないのだから。酒が入ったら次は肉体的接触。相手の手の小ささを指摘しお互いの手のひらを合わせること。その流れで「俺手相占いできるんだよね」と言いデマカセの診断を行う。その際女の手を取り指・手のひら・手首と愛撫して興奮を促しセックスを想起させること。
俺はこの五ヶ月間幾度となく反復した技を一つずつ丁寧に繰り出していった。が、全く効いている気がしない。小学生の時にやった『クロノ・トリガー』で、物語の序盤にラスボスのラヴォスに挑み全くダメージを与えられず全滅したことを思い出した。マナはと言えば鮪の刺身をつつきつつ口数少なく答えるだけ。終始微笑を浮かべ俺の話に耳を傾け挙動を眺めている。その態度は「次はどんな手で来るのかな?そんなんじゃまともな女はホテルについて行かないぞ。ほらがんばれがんばれ」とでも言いたげで、俺の児戯に等しい恋愛術を遥か高みから見下ろしている風に見えた。
あの手この手でノブコやミヅキの時のようなネットリとした男女の空気感=これからセックスをする男女の雰囲気を作ろうと奮闘するも、気の抜けた炭酸のような刺激も甘みもないやり取りが依然として続いている。…負けなのか。このまま店を出て、ホテルに誘って、断られて終わりなのか…。万策尽きたと思われた瞬間、突如としてマナが口を開いた。
「ねえヒロ。あなた、本当はそうじゃないよね」
ギクリとはしなかった。
ただ静かに、終わった、と思った。
いや、終わっていた、のだ。
俺がノブコにしたように出会い頭見抜いていただろう。
俺が「がんばってる」非モテであることを。
勝敗は決したのだ。
実力を出し切ったうえでの雑魚認定(女からオトコとして認識されない「セックス不可」のグループに入れられること)なら仕方ない。悔いはない。
今、この極上の女のマンコを見ることは叶わぬ夢と成り果てた。
敗北を認め卓上のポテトサラダを悄然として見つめる俺にマナが再び語りかけてきた。
「ねえ、なんでこんなことしてるの?言っとくけどその服もぜんぜん似合ってないよ」
この女はもう俺のセックスとは関係ない。ならいっそ洗いざらい話してしまおう。この五ヶ月慣れないことをやりすぎて少し疲れた。誰でもいい。話を聞いてほしい。
そして俺は極度の非モテで現在美女とセックスすることを目標に努力している最中であることをマナに伝えた。
「そうなんだ。ほんとは違うのになんで一生けん命チャラ男ぶってるのかなーってふしぎになっちゃって。この人おもしろいなーと思って見てたの」
「『まじめだね』よりも『チャラい』『モテそう』の方が女性からの評価が高いし、『チャラそうなのにまじめ』ってなった方がギャップが生じて魅力的に見えると思ったんだ。女性はまず男としての強さや魅力を示さないと靡いてこない。初っ端から『まじめだね』は『雑魚だね』って言われているのと同じだってことは痛いほどよくわかってる」
「まあそうだね」
「まあそうだね」の一言の何と爽やかなことか。俺はこれまで女から「女は優しい男が好きだよ!」とか「背伸びしなくてもそのままのあなたが一番ステキだよ!」とかいう、「私は御免だけどね。お前はお前と同じレベルのブスとセックスしててね雑魚野郎」という本音をぼかしただけのおべんちゃらしか言われたことがなかったから、「雑魚は相手にしないね」と正直な意見をもらえたことが嬉しかった。マナも俺の本音を聞けたからかさっきより楽しそうにしている。
店を出た。非モテを見抜かれた上、非モテコミット(女から雑魚認定されセックスの相手から除外されてしまう言動。黒歴史の開示、自虐ネタなどがこれに含まれる)もした。もうホテルに誘う必要もない。俺は負けたのだ。話を聞いてくれたお礼だけしてさよならしよう。まだ俺にはこのレベルの女は早かったんだ。
マナに向き直り「今日は楽しかった」と言おうとしたが、石化不可避のキレのある眼差しに気圧されてしまう。三秒ほど見つめ合った後(俺はマナの眼力に耐えられず目を逸らしたかもしれない)、あろうことかマナが口火を切った。
「で、どうしたいの?」
どうしたい?
何が?
マナは俺のオトコを試すように悪戯な目つきで微笑んでいる。どうしたいなんてそんなの、お前とセックスしたいに決まってるだろ。お前の柔らかそうな真っ赤な唇を舐め回して口腔に舌をねじ込みてえよ。おっぱい揉みしだいて乳首ねぶりてえよ。クリトリスを口で包みこんで舌先で擦りながら手マンしてえよ。頭の両サイドを手で抱えてイラマチオさせてえよ。親指と人差し指で両乳首をコリコリと圧迫しつつバックからチンポをマンコに出し入れしてアンアン言わせてえよ。だが、この期に及んでホテルに誘えっていうのか。もう格付けは済んだはずだ。圧倒的恋愛強者のマナと圧倒的恋愛弱者の俺。いつでもセックスできるマナとセックス不足で発狂寸前の俺。それをお前もわかっているはずだ。なのに、何で一撃でノックアウトされて戦意喪失している俺をまた引き摺り起こして戦わせるような真似をするんだよ。……だが、そうか、イケてる女をホテルに誘って断られるという経験は間違いなく俺の糧になる。言うんだ。ダサかろうがキモかろうが関係ない。そのダサさキモさを自覚し矯正していくことだけが理想のセックスに至る唯一の道なのだ。よし。やる。俺はやるぞ!
唾を飲み込み腹を括ろうとするが、今まで味わったことのない、これから味わうことができるかもわからないとびきりのメスが今俺の手の届きそうなところにいる。それを意識すると「マナとエッチしたい」の一言がどうしても喉から先に出ていかない。飲み屋とラブホが軒を連ねる繁華街には似つかわしくない長い沈黙が流れた。
「…ハァ。しょうがないなぁ。ほら、いくぞ!」
そう言うや否や、マナが俺の腕に胸を押し当て抱きつき体重をかけてきた。アニメでしか見たことのない行動と悪魔的な上目遣いで俺の頭は真っ白になっている。
「ホテルどっち?調べてきてるんでしょ?」
マナはそのまま、俺をホテルに連行していった。
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