2014年5月

 無職で大学を卒業した俺は、親に大学の教授になりたいという世迷い言を言い大学院を目指すふりをしているニートになった。

 

 人生の目標も見つからず、彼女もできず、セックスもできず、ただただコケにされて大学生活を終えた俺の自尊心は最早修復不可能なほどズタズタになっていた。それでもまだ俺に優しくしてオマンコを差し出してくれる女がいるんじゃないかという甘やかな希望を捨てられなかったのだろうか。それとも社会人になった同期たちが俺の精神の高貴さに気が付き、俺を尊重してくれるかもしれないという期待があったのだろうか。俺より二年も早く卒業した大学の同期が銀座で久々にライヴをするという誘いを太一先輩から受け、母親から金をもらい銀座YAMAHAの地下にある会場に向かった。


 会場の同期たちの和に混ざり会話を試みる。

「~~の部署に配属されたんだけど~~~~~」

「人事の連中が~~~~~」

「この前上司と~~~~~」

社会人としての日々を過ごす実感について意見を交わしているようだ。凄まじく居心地が悪いので、大学院に進学した大学の後輩(卒業は俺と同時)の村田と砂井たちの会話になんとか混ぜてもらう。村田と砂井は俺が二回目の二年生のときに一緒に遊んでくれていた気の良い後輩たちで、俺が一年間心を病まずに過ごせたのは彼らのおかげだと言っても過言ではない。


 ひとしきり村田たちと話した後、ひとり外でタバコを吸っていると、同期の春山が話しかけてきた。

「ヒロキ、今何やってんの?」

春山は勉強も遊びも恋愛も仕事も何事においても平均点以上を叩き出すことができる優秀な男で、仲間内からは「ミスター中の上」と呼ばれている男だった。自らの主義主張がないわけではないが殊更それを押し通すために自分を生きづらくさせることもない。3サーの同期で最も優れたドラマーだった藤木ほどのクオリティが出せるわけではないが、できないフレーズは当然のように努力して身につけ、メンバーが安心して演奏できる土台を安定して提供できる。稀有なエピソードトークや話術で周囲を爆笑の渦に巻き込みスターとなれるわけではないが、サークル内の力関係をよく理解し丁重な扱いと雑な扱いを使い分け、相対的に高い位置にポジションを確立することができる。俺は何事も卒なくこなせる春山のような男をある種の異常者だと思っているが、そのような人物こそが社会に求められていることは明白だと思われた。要するに、何事も卒なくこなせなかったし、こなす意義も見いだせず意欲を喪失してしまった俺の劣等感を最も刺激してくる人物がこの春山なのであった。


              「今何やってんの?」


 俺はこの何気ない問いかけが死ぬほど嫌いだ。それを知りたいのは、その答えをお前の一億倍欲しているのは俺の方なんだよ。口元と目元に侮蔑を漂わせた春山が俺を見ている。


「えーと………俺は…大学院に行こうと思ってて……その……表象文化論って言って……アニメとか映像とかを研究するやつで……最近はそういう研究分野もあって……だから……」


よく知りもしないし心からやりたいわけでもないし院試の勉強もしていないが、春山に見下されたくない一心で言葉を絞り出していった。


「……だから今は………院試のための準」

「あっ、浅見さぁん!お久しぶりでぇぇす!!」


春山はまるで最初から俺が喋っていなかったかのように、最初から俺が眼前に存在しなかったかのように、俺の死にかけのセミみたいな声を溌溂とした挨拶でかき消しつつ、今しがた会場外にやってきた浅見先輩のもとに歩み寄っていった。道端にひとり取り残された俺は、会場に戻ることなくそのまま帰途に就いた。


 俺の話を聞く価値がないと判断したのか、俺を話を聞く価値がない人間だと認識しているのか、そのどちらでもあるのか、そのどちらでもないのか、何なのかはわからない。ただ、女からセックスの相手として認められなくても、無職で大学を出ても、大学時代に数え切れないほど味わった屈辱をまた新たに刻み込まれても、俺は本当は優秀で気高い人間だから、いつか俺を理解する人々から救いの手と救いのオマンコが差し伸べられ、金と美女と名声と権力を手に入れることができるはずなんだ。俺を見下している連中のほうがみんなバカなんだ。クソが。こんな日はケツアナに何かを入れてオナニーしよう。両親が寝静まった後に、五反田の女装専門店で買ったネグリジェを着てアナルオナニーするのが一番だ。

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