2017年7月

 最近俺はおしゃれに気を遣っている。毎日ブックオフの古着屋コーナーに立ち寄り試着を繰り返す。自分の感性で似合うものを選んでいく。別にファッション雑誌など見なくても俺は他の人間とは違う最高の感性を持っているのだからこんなふうにしてファッショナブルになることができる。ちょっとその気になるだけですぐにできてしまう俺は本当に天才だと思う。俺のことを認めない連中から離れればすぐに頭角を現してしまう。大学時代の奴らはきっと俺の才能が怖かったんだろう。

 あれ、もしかして本当はイケメンじゃなくて、もうすでにイケメンになってるんじゃないか? これで髪型を自分流にワックスで整えれば完璧なんじゃないか? 髪型を整えて鏡を見てみよう。…。うん。かなりイケてる。え? これ、クラブでナンパされるレベルなんじゃね? ソープに通うのも金がかかるし、クラブでワンチャン狙いに行くか。楽しみだ。


 渋谷のVISIONに来た。とりあえず女の近くに陣取ろう。コミュニケーションが生まれるかもしれない。いかにも音楽を聴きに来た風情のイケてる男を女が放っておくはずがない。




 二時間ほど経ったが酒が回るばかりで一向に声を掛けられる気配がない。髪型が乱れているかもしれないのでトイレで髪型を直そう。鏡に自分の顔が映る。家の鏡で見たときは確かにカッコよかったのになんか全然ダサい。いや、でも気のせいだ。周りの人間全員が俺よりもイケているように見えるけど、それは俺のネガティブ思考の為せる業であって、ここまできてそんな幻想に縛られる俺ではない。仕方ない。きっかけは俺から与えてやるか。俺から女に声をかけてみよう。俺にふさわしいイケてる女にだけだがな。


 俺は本当はイケメンで性格が良くて知性があって優秀な男だが、シャイな性格なので知り合いの女と話すときも緊張してしまう(そこが俺の奥ゆかしいところだと思う。この奥ゆかしさを理解する美女がいつか必ず現れるだろう)。ましてや酔っているとはいえ知らない女に声を掛けるのはさすがに尻込みしてしまう。だがそこに俺のセックスが待っているのだ。あのカウンターで飲んでいるギャル二人組に声を掛けるんだ。ええいままよ。


「こんばんは。二人とも何してるの?」


よし、声を掛けた。


「…………えっ笑」


二人組のギャルは顔を見合わせて笑っている。


「お酒飲んでまーす笑」


引き続き顔を見合わせクスクスと笑っている。


「…そ…そうなんだ……俺と一緒に飲もうよ」


「けっこうでーす」


「…えー…そんなこと言わないでさ」


 女二人の前でモジモジしていると近くにいた知り合いと思しき男がやってきて俺の肩を強く押して俺を排除した。身体が大きく長いヒゲを生やした怖そうな男だったので、そそくさとその場を立ち去った。気持ちが萎えてしまったので、クラブを出て、ラブホでデリヘルを呼んだ。



 俺はこの後もセックスしたい欲が爆発しそうになるとひとりでクラブに行った。その度女に邪険にされたり、大学時代の平野と同じ視線を浴びせかけられたり、ガタイの大きい男に蹴りを入れられたりと散々な目に遭った。恋愛や性愛から排除されている感覚は大学時代の日々とよく似ていた。明け方のクラブ帰りにハチ公前でダベっている女が狙い目だという話をネットで見たので、ハチ公前でも声掛けをした。いつもの小馬鹿にしたようなニヤニヤ顔の女二人が「タバコ買ってきて」と言うので、買ってきたらセックスしてくれると思い、近くのコンビニまで行ってセーラムを買ってきてあげた。帰ってくると女二人は俺がタバコを買ってくる間に声を掛けてきた背の高い男二人組と仲睦まじそうに話していた。彼ら二人に対してはニヤニヤとはせずしっかりと相手の目を見据え、コロコロと変わる表情でコケットリーを十分に匂い立たせていた。タバコを買ってきたことを伝えると、お礼も言わずにタバコを受け取りすぐに男たちとの会話に戻っていった。男二人も俺のことを見て何やらニヤニヤしている。彼らはそのまま道玄坂のホテル街の方向へ消えていった。俺はガードレールに腰を下ろし、ひとり真顔で吉原の早朝割でどの女を抱くかパネルを見比べしていた。

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