第5話 過去

思い浮かんだのは、2020年9月5日、栃木小山シニアの練習グラウンドにて、栃木小山シニアが宇都宮西シニアとの練習試合をした時のこと。


この試合は控え投手の1年生(現在は2年生)の北秀吾が先発で、同じく北と同学年の元成が捕手だった。北は身長180cmの高身長であることから、その体格を活かした角度のあるストレートと緩いカーブを用いた緩急のある投球が持ち味である。元成は長打力のあるバッティングに定評のある選手だ。北とは学年が違うものの、休憩中でも一緒に談笑していたり、練習後の自主練も一緒に行っているほどの仲だ。北と元成、どちらもいい後輩だと俺は思う。


なお、後輩が試合に出ているにも関わらず、若本は相変わらずのベンチスタートだ。それでも、自分にできることは試合に出ていなくてもあると、ベンチからの掛け声や、攻撃の時はランナーコーチを積極的に行っていた。


そんな中、先発の北は、初回から3回まで毎回ランナーを出すものの、なんとか粘りのピッチングでゼロを並べる。一方、宇都宮西側の先発投手も負けず劣らずのピッチングでゼロを並べる。この投手も北と同学年だとか。……打力が持ち味のこのチームを被安打1、ゼロに抑えている。


しかし、4回以降、北は四球、二塁打を打たれて、ランナー2、3塁となってしまう。ここで捕手の元成はタイムをとる。元成と北を含めた内野陣がマウンドで話し合っていた。大丈夫だろうか……若本は心配をしていた……


そして、若本の不安は的中した。北はその後、センター前のタイムリーヒットを打たれて2点を失うと、次のバッターには四球、そして、その次のバッターには北の初球を捉えられ、ホームランを打たれてしまった。この3回に一挙5点を失った。

3回投げて5失点……その後、北はなんとか3つアウトを取り、チェンジとなったものの、5点を取られたことにより、ベンチの空気は一気に重くなっていた。


そんな空気の中でも、若本は


「北、次の回切り替えていこう! ここから抑えていけば大丈夫だって!」


と打たれて落ち込んでいる北に真っ先に声をかけ、彼が飲んでいたペットボトルを持ってきて差し出して励ます。


しかし、若本の励ましも空しく、ベンチには未だに重い空気が漂う。3回5失点、相手投手からは1安打しか打ってない。こりゃ負け試合だな……そんな暗い雰囲気がチーム全体に漂っていた。


そんな重い空気の中、若本の次に口を開いたのは、今回の試合はスタメンを外れているものの、1年の秋から正捕手の座についている南風正明だった。南風は若本と同じ中学3年生だ。今回の試合は控え選手を中心としたスタメンを組んでいるため、正捕手である南風はスタメンから外されていた。


彼は中学2年生の時点で、U-15という中学野球日本代表の候補に選ばれている精鋭であり、栃木小山シニアのキャプテンでもある。右投げ右打ち。強肩と攻めたリードで投手を支えるだけでなく、バッティングも素晴らしいという、まさに「打てる捕手」であり、「大正義正捕手」でもある。また、春の全国シニア選抜北関東予選前ではあるが、すでに多くの強豪校のスカウトから目をつけられている逸材である。



まず、南風は監督に対して

「少し選手たちだけで話し合ってもいいですか?監督」

と監督に許可を取り、選手を全員集合させた。


南風は選手たち全員を集めて

「4回の攻撃の前に、俺から言いたいことがある」

と言った後、


「5点取られたとはいえ、まだ3回も攻撃のチャンスが残ってるにも関わらず、諦めムードになっちゃってるけど、これってどういうこと?」

と選手たちに問いかけた。


「たしかに、北の制球は悪かった。毎回ランナーを出すわ、四球になってテンポ悪くなるわ、野手からしたらとんだ迷惑だ。テンポの悪い投球ほど、守備についている選手を苦しめるものはない。4回までのピッチングに関しては、北がしっかり反省すべきだし、しっかり捕手を話し合って修正すべきことだ」

とまずは不甲斐ない投球をした北に対して叱った後、


「で、なんで打たれ、5失点も取られた北を真っ先にフォローしたのが、スタメンおろか今日の練習試合に出ていないワカタクなわけ? 北を真っ先にフォローしなくちゃいけないのは、練習試合に出てた選手たち、その中でも捕手の元成、お前じゃないのか」


「北があんな投球してるのが悪いから? だから北をフォローしなかったのか?」

とチーム全体に疑問を投げかけ、


「まぁ、俺的には投手より野手に問題ありと思ったがな……甘い球見逃すわ難しい球振って凡退するわ、ボール球に手を出すわ。自分たちのプレイは棚に上げて北を責めるのかそうなのか……あり得ないわ」

と南風は呆れていた。


やっぱり、南風はよく試合を観ている……実は若本もそう感じてはいた。3回まで終わって被安打1なのは、相手投手が良いピッチングしてるから100歩譲ってしょうがない。それ以上に打撃内容が悪すぎる……初級の球をいきなり振って凡退、ボール球に手を出す、中途半端なスイングをして凡退三振、甘い球は見逃し厳しい球には手を出す……これじゃ、調子が悪いとはいえ、北が可哀そうではある。


「打たれた投手に対して他人事のように接してどうする!」

「そして、投手が調子が悪い時こそ、野手が打って守って支えなくてどうする!」


と南風は試合に出場してた選手たちのベンチワークについて叱責した。彼が叱責したことで、重い、どんよりとした空気が一気に引き締まった。


「ワカタク、このチームのプレー方針、新チーム発足前に決めたよね? 言ってみて」

「『点を取られても取り返せるチーム』だよね」

「そうそれ!」

と南風は若本が正答を出した時、叱責した時の表情とは打って変わって、嬉しそうな表情をみせたが、


「点を取られても取り返せる……このチーム方針、できているか? 今日、試合に出ている人はよくよく考えてほしい」


「4回で5点取られて凹んでいるようじゃ、俺たちが目指してるチーム像は、ただの夢物語にしかならないんだ」


「まだ、あと3回、攻撃のチャンスが残っている。」


「全力で点を取ってこの試合勝つぞ! そのためにも声出して盛り上げていくぞ!」


と南風が激励した後、栃木小山シニアの選手全員が大きな声で返事をした。


南風によるミーティングが終わった後、南風が若本の元へと駆けつけ


「ありがとうな。北のことを率先してフォローしてくれて」

とお礼を言われたので


「いや、お礼せんでも……まぁ、北とは友人なわけだし、友人が凹んで、辛そうな時は俺が励ましてやらないとな!」

と若本は笑顔で言った。すると、元成も若本と南風が話している所にやってきて

「すみませんでした。投手のフォロー、疎かにしてしまって……」

と頭を下げて謝ってきたので、

「大丈夫。それより、謝る相手、間違ってるよ」

と若本はニコリと笑いながら北の方を指さして言った。すると、元成は慌てて北の方へと駆け寄っていった。


南風によるミーティングの効果は絶大だった。


全選手がベンチからより一層声を出して盛り上げようとしていた。3回までの攻撃の時のベンチワークが嘘であるかのように、全選手が一丸となって盛り上げており、栃木小山シニアのベンチは活気づいていた。

元成も反省したのか、北投手と密にコミュニケーションを取るようにしていた。


「今出場してる選手たちに負けないぐらい、俺たちもベンチで声出ししようぜ」

「ああ、そのつもりだ」

と栃木小山シニアのベンチの盛り上がり具合に南風と若本は感化され、ベンチにいる選手と一緒に声を出して声援を送った。


その結果、栃木小山シニアは4回裏にタイムリーヒットで2点を返すと、5回裏に犠牲フライで1点、6回裏にタイムリーヒットで2点を返し同点に追いつくと、7回裏にサヨナラ満塁ホームランで、結果5対9で勝利を収めた。


ちなみに、若本は5回にショートの守備固めで登場し、打席も1回だけ立ち、四球を選んだ。


場面は変わり、現在。


そういや、こんなことがあったな


……あの日から半年以上経っていることに気づき、時の流れの早さを感じていた。


……それと同時に、あの試合、南風の発言から一気に流れが変わったよな……若本はそう感じていた。


いかんいかん。時の流れを感じている場合じゃない! 集中集中。


今マウンドではゆうさんがノーアウト満塁というピンチに招いていることで、かなり落ち込んだ表情をしている。そんなゆうさんを俺が奮い立たせ、捕手としての責任を全うするんだ。若本はゆうさんの元へと駆けつけていった。


そして、若本は落ち込んでいる梨田に対して、

「ゆうさん、あなたが点を取られたとしても、俺が絶対に取り返します」




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