第4話 大荒れ

プレイボールと同時に若本はキャッチャーミットを真ん中低めに構える。左のサイドから繰り出される梨田の初球。

初球は、梨田の球は若本が構えたところを大きく外れて外角高めストレートのボールとなった。

2球目、若本は外角低めのチェンジアップを要求。しかし、これも外れて真ん中低めのボール。


3球目、外角低めのストレートを要求するも、これも外れて外角高めのボールとなり、ノースリーとなった。


おいおい、マジか。ノースリーかよ。いや、悲観するのはまだ早い。ここまではデータを見てるから想定の範囲内だし……


ここからは俺の仮説になるのだが、ノースリーの状態になった時、打者は四球狙いをするため、次の球は見逃す可能性が高い。


理由は2つある。1つはこの試合のルールにある。この試合は延長ありの1回制。この回、相手チーム(チームアベ)は点を取れずに、裏で俺たちのチームが1点でも取れた場合、俺たちのチームはサヨナラ勝ちということになり、相手チームの敗北が決まる。つまり、この回どうしても最低1点は欲しいわけだ。1点でも多く取って、俺たちのチームにプレッシャーをかけたいはず。


2つ目は当たり前の思考かもしれないが、ノーコンだからという理由だ。今まで投げたボール球3つ、どれもストライクゾーンギリギリを攻めた結果じゃない。ストライクゾーンから大きく外れた明らかなボール球だ。そんな明らかにストライクが入らない投手に対して、打者はわざわざ振ってくるか……俺が相手打者なら振らないで待つ。四球貰える可能性の方が高いからな。自滅してくれた方が相手からしたら願ったりかなったりだ。


そう考えると、相手打者は振らない可能性が高い。となると、次の球がストライクゾーンに来れば、打者は見逃してワンストライク取れる可能性が高い。


何より、ストライクが1球入って、後に四球になるのと、1球もストライクが入らずに四球になるとでは、投手の精神的負担も違うはずだ。このまま「ストライクが入らない」という呪縛から解いてあげないとまずいと思う。


若本は四隅ではなくど真ん中にキャッチャーミットを構える。しかし、梨田の4球目のストレートは真ん中下に大きく外れてボールとなり、四球となってしまった。


続くバッターであるチームアベの板野に対してもボールが先行してストライクが入らない。しまいには、板野に投げた3球目が梨田の暴投となり、2塁にランナーを進められてしまう。そして、ストライクが1球も入らないまま、2者連続四球となった。ノーアウト1塁2塁である。


ここまでストライクが入らないとは……若本は絶句していた。……データ上、彼女はコントロールが悪いとされていた。しかし、データとは裏腹に、試合前の練習で彼女のボールを受けてみて、コントロールがそんなに悪いとは感じなかったのである。構えたとこにしっかり投げれていた。ストライクもしっかり取れていた。なのに、試合ではストライクが入らない。……練習と試合は違うことはわかっている。ただ……どうして……



いやいや、どっちにしろ、今は相手打者をどう抑えるか考えろ。ゆうさんの暴投だって、俺がしっかり受け止めていれば2塁に進まれることもなかったんだ……反省しないといけない……


そういった思いと同時に、何とかストライクを入れてほしいという気持ちもあった。

しかし、そんな若本の願いも虚しく、続く阿部に対して、初球は大きく外れてボール、2球目は投げたチェンジアップがすっぽ抜けて打者の足元に当たってしまい、死球を与えてしまった。


若本が「すみません」と阿部に謝った。


それと同時に若本は梨田の顔を見る。梨田の顔は真っ青になっており、急いで帽子を取って阿部に対して頭を下げた後も、その真っ青な表情が変わることはなかった。


その表情を見て、若本は


しまった……完全にやらかしてしまった……


死球を与えた時、俺はとんでもないミスを犯したことに気づいたのである。このミスってのはゆうさんが死球を与えたことではない。俺がやらかしたミスである。


何のミスか。そう、次の打者との対戦前にタイムを取るべきだったことである。なぜ、タイムを取らなかった……若本は自分に言い聞かせる。タイムを取って、四球が入らず、バタバタしている投手を落ち着かせるべきだった……


なのに俺は、ストライクを入れてくれなどと他力本願にし、捕手としてゆうさんに寄り添わなかった。結果、ストライクが入らずにゆうさんを苦しめてしまった。


……同じチームメイトである俺が真っ先にタイム取ってゆうさんに声かけるべきだったんじゃないか。


捕手に投手が寄り添わなくてどうする……こんなんじゃ……捕手失格だ。


捕手というポジションが慣れないから自分のことでアップアップになって投手に寄り添えませんでした?


なんて言い訳したくないし絶対にしない。この事態を招いたのは俺の責任だ……若本は責任を感じ落ち込んでいた。


……いやいや、落ち込んでいる暇なんてない。俺が落ち込んでどうなる? このピンチがリセットされるのか? 違うだろ?


過ぎたことは過ぎたことだ。これから変えていけばいい。



まずはゆうさんのフォローだ……と自分に言い聞かせて、すぐさま、若本はタイムを取り、梨田の元へと声をかけにいく。梨田のもとに駆け寄る途中、どう励ましたらいいか、どういう言葉をかければ気が楽になるか……若本が悩んでいると、ふと、頭の中である出来事が思い浮かんでいた。


それは2020年9月5日、栃木小山シニアが宇都宮西シニアと練習試合をした時のことだった。

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