第3話 変則ノーコン左腕投手

タブレットで梨田の投球データを確認する。

タブレットに表示されている情報は以下の通り。



梨田優佳

ポジション 投手

左投左打


投球テスト結果

投球回数:3 

最高球速:118km

平均球速:110km

安打:0

四球:5

死球:1

暴投:2

失点:0


球種

ストレート

チェンジアップ

フォーク

スライダー



1回 四球  捕犠打 三飛 四球 二ゴロ

2回 四球 死球 一飛 捕飛 投ゴロ

3回 四球 四球 捕犠打 投飛 空三振(振り逃げ) 遊ゴロ


このデータはきっと、梨田さんが先ほど言っていた、投球テストの結果を踏まえたデータなのだと思う。

ともあれ、な、なんだこのノーコン投手は……若本は絶句していた。まず驚いたのは四死球の数。投球回数3回で四死球数6はいくらなんでも多すぎる。各回の投球内容も酷い。毎回ランナー背負ってる。投手がこんなに自滅してくれてるのに点が取れない打線っていったい……ってか満塁にしなくちゃいけない決まりでもあるんか?梨田さんは。よくゼロに抑えたな。


「梨田さんが対戦した打者って、

クローン? それともリアルな野球選手?」

と若本は梨田に確認する。

「クローンだと思う。だって、なんか得点のピンチになった途端、次の打者は、毎回初球のボール球引っかけてゴロになったりフライになったりしてたんだよね。こんな偶然ってあるのかなって……私、ストライク入らなくて四球出して焦ってたんだよ。そんな投手に対して初級のボール球振るかなって……クローンがわざとアウトにしてくれたんじゃないかって……そう思ったんだ。なんか、実在の野球選手っぽい容姿や動きをしていたけど、クローンだと思う。」


たしかに。梨田さんの言う通りだ。ストライク入らず荒れてる投手に対して初球のボール球引っかけてアウトって、その打者がアウトになりたいとしか思えないよな……となると、得点を入れないよう配慮したクローンの調整の可能性が高いな。つまり、ゼロに抑えたのは自分の力ではなく、意図的にそうなっただけっぽいな。

しかし、クローンは実在する野球選手に近い容姿や動きができるってことは、クローンの能力はともかく、知能は高いってことだな。


「配球はどうしてました?」

「基本的に私が決めていました。私の投げる球を捕手は把握していなかったのに、捕逸や捕球ミスは1度もなかったです。あ、捕手もクローンだと思います」


つまり、梨田さんが投げる球を、クローンの捕手は読み取って、梨田さんのボールに対応してキャッチしたという流れか。こうしてみると、クローンの性能がすごいな。


まぁ、とりあえず、梨田さんの球を一度受けてみたい。変化球はスライダー、チェンジアップ、フォーク持ってるし。決め球になる変化球があれば、それを中心した配球で組み立てていけばいい。若本は頭の中でそう考えていた。


「でさ、若本くんっていつも周りからなんて呼ばれてるの? やっぱり「若本くん」とか若本とかなん?」

と梨田が若本の近くに寄ってきて質問してきた。急な質問に驚き、照れながらも


「い……一応、男子とかチームメイトとかには「ワカタク」って呼ばれてますけど……」


「「ワカタク」……なんかキムタクっぽいね!」

と梨田は少し笑いながら言った。キムタクっぽいってのはすごいわかる。


「で……なんでそう呼ばれているの?」


「俺、若本拓也って言うんですけど、若本の「ワカ」、拓也の「タク」を取って「ワカタク」です……」


このあだ名をつけたのは、栃木小山シニアで一緒にプレーしている尾崎倫太郎という男だ。

尾崎倫太郎と同じ小山城里中に通ってるもんだから、栃木小山シニアだけでなく、学校中にまで広まってしまったって形だ。やはり、このニックネーム、絶対にキムタクを意識しただろ。尾崎倫太郎よ。


「じゃあ、これから「ワカタク」って呼ばせてもらうからよろしく!」


「え?」

と若本は驚いた表情をしていた。いやいや、別に構わないけど……

というか別に嫌ではないのだが、いかんせん、女子に「ワカタク」と呼ばれたことがない(クラスメイトとかは「若本くん」と呼ばれていることがほとんど)から、なんか女子にあだ名で言われるのはちょっと違和感があるな。


「あと、もうひとつ、言い忘れていたこと! 私のことは「梨田さん」という堅苦しい呼び名じゃなくて「ゆうちゃん」って気軽に呼んでもらっていいから!」


「え?」


いやいや、さすがにそれは……ちょっとな……女子に対して「ちゃん」づけなんて今までしたことがないのに……俺はどちらかというと「〇〇さん」呼びだからな……


「いや~ちょっと「ゆうちゃん」呼びはさすがに俺が恥ずかしいのでせめて「ゆうさん」呼びじゃダメですかね……」


「そうか……恥ずかしいのね……まぁ、うん! それでもいいや!」

と梨田は了承した後、


「ということで、よろしくね! ワカタク!」

と笑顔で若本のことをニックネームで呼んだ。若本は少し照れながらも

「よ、よろしくお願いします……ゆうさん」


近くにあったロッカーを開けてみる。しかし開かなかった。すると

「あ! あとね! 自分の名前が書いてあるロッカーがあなたの専用ロッカーだから! それ以外のロッカーは自分じゃ開けれないシステムみたい! あなたがこの場所に来る前にエックスがそう言ってたの!」


と梨田に言われ、若本は辺りを見渡すと、自分の名前が書いてあるロッカーを発見した。そして、そのロッカーを開けると、そこには捕手専用のグローブと捕手に必要な防具一式が置いてあった。それは俺が捕手練習で使っていたものと一致していた。


やっぱり、俺が捕手やるのか……若本は不安でいっぱいだった。ロッカー内には自分が使っているバットや、練習や試合で使ってる内野手用ミット、投手用ミット、外野手用ミット、ファーストミットまで置いてあった。俺が使ってる野球道具までこの場所に転送されるのか……唯一違うのはユニフォームとスパイクぐらいってことか……若本はそう考えていた。



試合開始45分前

梨田と若本は1塁ブルペンででウォーミングアップを行い、その後、サインの確認をした後、梨田のピッチングを受けてみることにした。


まずはストレート。左のサイドから伸びてくるストレートがミットにズバッと刺さる。球速以上にノビがある。ストレートのコントロールはそんなに悪くないように感じる。


次にフォーク。落ちる球を持っているのはほんとありがたい。打者の手前でストンと落ちる。ただ、精度はそんなに高くない。ど真ん中にすっぽ抜けのフォークが来ることもある。


次にスライダー。これは良かった。横から斜めにかけて鋭く変化する。キレもあるし、決め球になりそうだと思った。


最後にチェンジアップ。ストレートの球速が114kmぐらいでチェンジアップが80kmぐらい? 大分落差あるな。30kmぐらい? ストレートと組み合わせて球速の差で相手を手玉にとれるか。


あと、左のサイドスローということもあり、球の出所がわかりにくいことと、タイミングが合わせずらいという点はこの投手の強味だと思う。



20分前

一塁ベンチへと続くドアの前で若本と梨田は待っていた。ベンチに続くドアは10分前にならないと開かないらしい。ドアにそう書いてあった。

とりあえず、ゆうさんの投手としての質は大体理解した。あとは俺の捕手能力の方だな。リード面、盗塁阻止能力、フレーミング能力といった捕手として必要な要素が足りないのが不安要素だな。総合的にみても、捕手として俺はまだまだ未熟だ。ただ、悪くないとこもあった。ゆうさんの投球はすべて後ろに逸らすことなくボールを受け止めることができていたことだ。壁性能は高いのかもしれない。ゆうさんの変化球に対してもしっかり取ることができていた。


ゆうさんと、俺の命がかかっている……

若本は胸の位置で拳をぎゅっと握りしめて

「ゆうさん、絶対に勝ちましょう!」

と言うと梨田は深呼吸して

「わかってるわ。私もそのつもり」

と返してくれた。そして、10分前になったため、2人は一塁ベンチに続くドアを開け、ベンチ入りした。



10分前。


若本と梨田の2人がベンチ入りすると同時に、相手チームもベンチ入りしていた。若本は相手チームのベンチを見る。

相手チームは2人とも男子か……と思っていた。タブレットを見る……打順・ポジションの設定ができるようになり、相手チームの情報が確認できるようになった。まず最初に打順とポジションの設定をすることにした。打順・ポジション確認画面を見る。なるほど……俺と柴田さん以外は打席に立たないのね。若本と梨田のポジション以外にはCPUが入っていた。しかし、打順を入力する欄は2枠しかなかった。


「そういや、今気づいたんすけど、このチームの名前どうしますか? 形式としては『チーム+キャプテン』らしいですけど……」


「……となると、キャプテンなんですけど、どうしますか? 一応、いつでも変更可なんですけど……」

と若本が梨田に確認を取った。


「ワカタクでいいよね」

「え!?」


梨田の発言に若本は目を丸くする。


「なんとなく! 頼りになりそうだし!」


と笑顔で言ってきた。一瞬焦ったが、まぁ、別に断る理由もないしと思って、若本は了承した。


「よし! 決まりね!」

とタブレットを操作させ、若本をキャプテン登録にした。


「とりあえず、俺が先に打ってもいいですか?」

と若本は梨田に聞くと、OK!という返事をいただいた。ふと、ポジション変更はできないのかと試そうとしたが、ダメだった。やはりあのルール通りか……野手同士のポジションを変更することはできない。投手→野手、その逆の場合は変更できるのだが……

送信ボタンを押してスターティングメンバ―を送った。すると、


【試合参加を確認しました。あなたたちのチームは「後攻」です。】


と表示された。


「やった!俺たち後攻じゃん!」


と若本は嬉しがったのも束の間、次に相手チームの選手の情報を確認するとにした。


……高校生か……ってマジか……佐野駒大と青蘭の生徒かよ。佐野駒大の阿部さんと青蘭の子が板野さんか……佐野駒大と青蘭は栃木県にある高校で、何度も甲子園に出場している強豪だ。部員数も1学年で30人以上いるとか。ただ、どちらも1年か。ってことはついこの前まで中学生だったわけか……


「で、この人達の経歴は……」

若本がタブレットに表示されている相手選手のデータを黙読してると、


「ワカタク! 試合始まるよ! 私たち後攻攻撃だから、守備につくよ! 先に行ってるからね!」

と梨田が言った。試合開始まであと10分だったことに気づいた若本は慌てて、プロテクターとレガースを着けた。いかんいかん。準備しないと!


急いでグラウンドに行くと、すでにクローンが投手、捕手以外のポジションについていた。そして、梨田さんのいるマウンドに駆けつけ、サインの確認を行った後、


「ゆうさん! 絶対に勝ちましょう!」

と若本が言い、柴田はうん、そうだねと笑顔で言った後、若本は捕手のポジションへと走っていった。すでに、左側のバッターボックスには相手チームの佐野駒大の阿部が立っていた。



若本は捕手のポジションに行くと、審判と相手チームの阿部に軽く挨拶をし、深く深呼吸した。そして、マスクを被り、キャッチャーミットを拳で叩いた後、構えた。


審判が試合開始のコールをする。


若本と梨田の生死を賭けた試合が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る