プロローグ

2021年3月30日 全国中学シニア選抜選手権大会 優勝 栃木小山シニア


栃木小山シニアの名前がコールされると、会場全体が拍手に包まれた。そう、俺が所属している栃木小山シニアは優勝したのだ。

ただ、俺はスタメンではなかった。ベンチ内から栃木小山シニアの優勝を見届けたのだ。


俺の名前は若本拓也。14歳の中学3年生。栃木小山シニア所属。小学生の頃、学童野球でエースとして活躍していた。そんな俺は、中学シニアという高いレベルで野球がしたいという思いから、中学の軟式野球部に所属せず、栃木小山シニアに所属することになった。栃木小山シニアは3年生20名、2年生20名、1年生20名の計60名。半分以上はベンチ入りから外れる。小学生の頃に4番を張っていた選手がスタメンどころかベンチ入りすら逃すほど厳しく、過酷なベンチ入りメンバー争いであった。


上下関係なく実力のある選手から背番号を貰っていく。年功序列一切関係なしの実力主義なチームであると、小山監督からそう言われた。


そんな環境の中で、俺は投手希望でこのチームに入団した。学童野球でエースを張っていたんだ。栃木小山シニアという厳しい環境の中でも、俺は投手として活躍することができるはず。そう思っていた。自信に満ち溢れていたんだ。


しかし、自分が投手として中学シニアで活躍できるほど、現実は甘くなかった。投手としての自分が通用しなかった。チーム内での練習試合では打たれる日々が続いた。栃木小山シニアのレベルが学童野球とは比べ物にならないほど高かったのである。


俺は投手として活躍したいと頑張って練習を重ねた。しかし、ダメだった。練習しても報われない、そんな過酷な日々が続いていた。


2年の春、春季関東大会の予選である春季北関東大会でベンチ入りを果たすことができなかったことを境に、俺は投手を辞めて、野手へと転向した。野手へと転向したとしても、他の選手と競争するのは確実である。いばらの道だ。また、俺は、他の選手に比べてパワーがなく、長打性の当たりが少なかった。そのため、俺は、バッティング面では他の選手に劣るであろうと考えた。そこで、私は、打撃ではなく、守備を鍛え上げることにした。1つのポジションに凝るのではなく、様々なポジションの練習を行ったのである。もし、複数ポジション守れて、かつ、守備が上手かったら、スタメンじゃなかったとしても、守備要因として俺が役に立つかもしれない。

その思って俺は熱心に守備練習に取り組んだ。内野手……外野手……捕手の練習もした。

また、足も他の選手に比べて速かったことから、走塁盗塁面も磨くことにした。残念ながら、盗塁技術に関してはあまり上達しなかったけど……


もちろん、バッティング面の向上を怠ったわけではない。長打が出せなくても単打はしっかり出せるよう、トレーニングを積み重ねた。また、安打を放つことに集中するだけでなく、出塁を意識して打席に立つよう、チーム内での練習試合の際には心がけるようにした。


こうした努力のかいもあって、新チーム発足となった2年の秋、全国中学シニア選抜大会北関東予選前、ベンチ入りメンバー発表が行われ、守備、走塁要因としてベンチ入りメンバーに選ばれることができた。


しかし、渡された番号は18。ベンチ入り登録できるのは18人までである。そう、俺はベンチ入りメンバー発表の1番最後に呼ばれたのである。俺がベンチ入りメンバーを目指して最善を尽くそうと懸命に努力してもベンチ入りギリギリだったのである。


そして北関東予選が始まった。俺の出番はというと、北関東予選での大差勝ちでの守備固め、走塁要因であった。運よく打席にも立つことができた。2打席立って、2打席とも四球選んで出塁した。ほんと、それだけ。また、北関東予選に出場することはできたものの、全国中学シニア選抜大会で起用されることはなかった。


だから、スタメンの彼らが優勝で喜んでいる中に、試合に出場していない俺は、輪の中に入っていいのか悩んでいた。すると、このチームでセンターのスタメンを獲得しており、今大会でも大活躍をみせ、中学野球日本代表にも選ばれている尾崎倫太郎から、


「おい! ワカタク(若本拓也のニックネーム)! お前も来いよ!」

と声をかけられた。尾崎の誘いにどうするか悩んだが、スタメンで活躍してる選手から来いと言われている以上、断るのもなんか変だなと思って


「わかった!」

と若本は言い、尾崎の誘いに応じると、チームメイトが集まってるマウンドに駆け寄って一緒に喜びを分かち合った……


フリをした。


誘いに応じてからより一層感じたんだ。嬉しいんじゃない。悔しいんだと。スタメン獲って試合で活躍して、勝って、優勝して、思いっきり喜びたかったんだと。試合に勝った喜びより、試合に出れず悔しいという気持ちの方が勝っていたと。


だから輪の中に入ったら、喜んだフリをした。喜んでいるチームメイトに水を差してはいけないから……



全国シニア選抜大会の閉会式が終わり、東京にある明治スタジアムから自宅に帰ってきた。

大会中はホテルに泊まっていたから、自宅に帰ると、ホッとした気持ちになった。

やっぱり自宅は落ち着く。


若本は、自宅に帰った後、試合後の疲れからか、すぐさま自分のベットにダイブした。


試合に出てないのにこんなに疲れるとは……大会中に自宅に帰らなかったことによる精神的疲れか……朝早かったから、その反動か……


ベットに横たわり、悶々と考え事をした。


俺はベンチ入りを果たすことはできたが、スタメンを獲得することはできなかった。


このチームの方針は「点を取られてもすぐさま取り返せるチーム」である。このチーム方針は選手と監督コーチで話し合って決めたことである。

3点取られてたら4点取り返す、7点取られたら8点取り返す、こうして点を取られても取り返せる、そんなチームを目指してきた。そうしたチーム方針から、比較的バッティングの良い選手がスタメンに並ぶようになった。一方、ベンチには、代打要員といった、バッティングが良い選手も入っているものの、走塁、盗塁が上手い選手、守備が上手い選手、どのポジションでも守れる選手、控えの投手を入れるようにしていた。


と考えると、俺がスタメンを獲れないのは、間違いなくバッティングに原因がある。スタメンで起用されている選手に比べてバッティングが悪いからスタメンを獲れない。あるいは、バッティング面がダメだとしても、他の要素がとても良くて、監督が、スタメンで使いたいと思わせる魅力的な選手じゃなかったか。そのどちらかだと思う。


悔しい。試合に活躍できなかったことが悔しい。若本は唇を噛みしめていた。


……そうだよな……くよくよしている暇なんてない。明日はオフであるが、素振りや筋トレをして、もっとレベルアップしないと。スタメンよりも多くバットを振らないとダメだよな。


スタメンになれず、あまり試合で活躍できなかった悔しさは絶対、夏の大会で晴らす。若本はそう誓った。


そう決意すると、母が夕飯の支度ができたと声をかけてきた。今日は俺の好きなハンバーグらしい。


若本はすぐさまドアを開けた。夕食を食べるため、リビングのある1階へと降りていった。

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