主獣関係の二人

和椿

兎と職人の出会い その1

 初めて出会ったのは月明りで真っ暗な夜の森。小さな彼女は土で汚れたボロボロの姿で、大きな瞳からは涙を溢れんばかりに流していた。ボロボロな姿のはずなのに、月明りに照らされた真っ白な髪と耳は、星の煌めきに似た輝きを放っているように見えた。

 だが、今思えば彼女に対しての自分の行動は最悪のものだったろう。酷く怯えた彼女を突然小脇に抱え、心配を取り除くような声をかけることすらしなかった。そのまま自分の家に連れて帰ってきた。ただの人さらいと何も変わらない行動に少し反省する。小脇に抱えられた彼女は小刻みに震えていたのだからさぞ怖かったことだろう。


「なかなか帰ってこないと思っていたら…その子どうしたの!?」

 家の玄関を開ければ、そこにはたまたま家に来ていた幼馴染であるイツキが俺の小脇に抱えられた彼女の姿を見て驚きの声を上げた。

「拾った」

「そんな猫拾ったみたいな言い方で分かるわけないじゃないか。とにかく手当と着替えをしなきゃ。ミア~!」

 彼は自分の従獣であるミアを呼び、手当と着替えの用意をさせた。そんな慌てた様子の二人を無視し、俺は彼女をリビングのソファに座らせ、ただじっと彼女を見つめる。彼女は静かに涙を流し、体を震わせていた。だが、泣き叫ぶ様子も逃げ出す様子もない。もう疲れてしまったのだろうか。暫く彼女を見ていると小さな声で問いかけてきた。

「あ、貴方は…良い人間ですか…?」

 良い人間。その問いをどんな意味で聞いているのか俺にはわからなかった。なんて答えるべきだろうか、なんて考えているとミアに邪魔だとどかされてしまった。ミアは温めた濡れタオルと救急箱を持って震える彼女の前に膝をつく。

「今から手当をするから貴方の身体に触れさせてもらいますよ。それから、貴方についてもわかる範囲でいいから教えてもらいたいのだけれど、いいかしら?」

 彼女は戸惑った様子だったがミアに耳としっぽがあることがわかると同じ獣人であることに安心したのか、小さくこくんと頷いた。

 ミアによる手慣れた手当と着替えが終わり、いくつかの質問によって彼女について大体のことが把握できたようだった。

 彼女は近くの町にある生活訓練施設で訓練を受けていた子だった。訓練のために施設外の薬草を集めていた時に施設の者たちとはぐれ、探していた時に奴隷商人と思われる集団にさらわれかけたのだという。隙をみて逃げ出し、森を彷徨っていた先で俺と出会ったのだ。

「奴隷商人か。おそらく雨の国の者かな。これは国に報告しないといけないな」

「ご主人様、お急ぎであれば私が行って参ります」

「急ぎではあるけど、獣人の仲間がいた方が安心すると思うし明日にしよう。今はこの子の方が重要だ」

 それでいいよね、と俺にも確認をとる。どちらでもいい俺は黙って頷いた。

「さ、治療も終わった。足は裸足だったからか傷が多いから歩くのが少し大変かも。魔法で治せたらいいけど、治癒魔法は治癒魔法士だけしか使えないからね。明日、報告の時に寄って帰ろうか」

「ありがとう、ございます。あの、人間様と、獣人のお姉さんの、お、お名前はなんですか?」

 汚れを落とし。着替えと手当を済まされた彼女は俺達に対し、既に警戒心はなさそうだった。

「僕はイツキ。こっちは僕の従獣のミア。それから、君をここまで無理やり連れてきたのがリヒト」

言い方が気になったが口を挟むのも面倒だと感じ、小さなため息だけつく。イツキは面白そうににこっと笑った。

「君の名前は?」

「ハク、です」

「……髪色に合う、いい名前だな」

 ハクと名乗った彼女は驚いた表情のまま、こちらをみて瞬きを繰り返している。何か驚くことでもしてしまっただろうか。暫し見つめっていると彼女は慌てて下を向き、すみませんと謝った。

「もう、怖がらせないの」

「すまない」

 どこで怖がらせてしまったのか、と考えるがその間にイツキに頬を思い切り引っ張られた。普段から話す相手もいなければ表情さえもつくらない。作る必要させもないのだからだが。しかし、俺の頬はよく伸びるほうなのだろうか、と思うがすぐにどうでもいいかと思考を放棄した。

「さて、国に報告はするとしてこの子はどうしようか」

 イツキが言うには、こういう場合は元居た施設に送り届けるらしい。だが、今はもう月が番人の時間だ。外は暗く、風もあって寒い。この状態で怪我人を連れまわすのは酷なことだ。そんなことをするのは雨の国の者か、心がない者ぐらいだろう

 ハクについて話し合うイツキとミアを見ながら、俺はふと月明りに照らされた彼女の姿を思い出す。どこか神秘的で綺麗だと感じた。あの輝きをもう一度見れば、何か新たな作品が出来そうな気がした。そんなことを考えてれば、いつの間にか声に出していた。

「俺が引き取る」

 自分で言ったことに自分でも驚いたが別に嘘ではない。何も問題はないだろう。

「え!?人嫌いのリヒトが!?」

「いったいどういう心境の変化ですか!?」

 イツキとミアは信じられないといった表情だ。それにしても、俺が引き取るというだけで失礼ではないか。俺だって太陽の国の住人だ。いつかは獣人と契約して従獣を得なければ、いろいろと面倒が増えることも予想できる。

「別に。仕事のためだ。それに、毎回イツキに世話になるのも困るだろう。そろそろ家のことを頼めるやつも必要だと思っただけだ」

「私がリヒト様のお世話をするようになって5年経ちますが…面倒をかけていたという自覚があったんですね」

「リヒトがそんなこと思ってたなんて知らなかったなぁ。もう少し早く自覚してほしかった…ってそれよりも!でも彼女はまだ七歳で、施設で訓練を受けている歳なんだよ。大丈夫?ミア~!どうしよう!」

 確かに獣人は10歳まで生活訓練施設で様々な訓練を受けると聞く。だが、法律上それが絶対というわけではないはずだ。

「そう、ですね…確かに10歳までは施設にいますが貴族の中では迎え入れた家庭が許可された独自教育を行うことで10歳以下でも契約は可能です。ハクは草食動物型ですから、順調に訓練が進んでいるならば家事といった生活訓練の基礎は終わっているでしょう。ですから、施設と相談して許可を得るか、独自教育の申請をして許可が通れば契約も可能かと」

「独自教育の申請をしなくても施設が許可すればいいのか?」

「特別措置ではありますが、例がないわけではないです。もちろん、施設と本人の合意…一番は獣人側の強い希望が必要ですけれど」

 わかりやすい説明にミアは優秀だな、と思う。一方でその主人は話を真面目に聞いていないのかいまいち理解が追い付いていないのか少し間抜けな顔をしていた。

「うーん…てことらしいよ、リヒト。わかった?」

「お前よりは理解したつもりだ」

 明日の報告は面倒だが、俺も同行しなければならないだろう。久方ぶりの町に少々緊張があるが仕方ない。まともな服はあっただろうか、と記憶の引き出しをかき回した。ほぼ家から出ることのない人間にとって、外出用の服など片手で数える分あるかないかだ。

 生活や仕事のためだとしても、今後この先、彼女以外に従獣にしたいと思う獣人はいるだろうか。もしいたとしても、生きている間に出合える気がしない。特別な理由はわからない。自分自身のためだけの契約になるかもしれない。それでも、この出会いをすぐに終わりにしたくはない自分がいた。慣れないことが増えるかもしれないが、多少の努力はしよう。それが、俺自身のためであり、未来の彼女のためかもしれない。

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