第22話 先輩なりの気遣い

 つらつらと書かれたを読みながら地面に枝を使ってメモを取る。

 要点は何処か、おかしな点は無いか、また魔法陣そのものの効力は書かれた内容に対して性格であるか否か。

 最後の一つに関しては後々準備が整ったところで確かめるとして、他の部分は終わらせておく。

 もともと魔法陣や紋などの回路がおおよそ正しい効果を持つかは線の引き方や配置で分かるようになっている。勿論、これも厳しい訓練の賜物であるが。

 また一つ羊皮紙の束を読み終え、広場一杯に書き連ねられたメモのうち重要である部分のみ指摘事項としてまっさらな紙に書き並べて羊皮紙とひとまとめにする。

 リオンはそこで一息ついた。

 押し付けられてから3日、寝る間も惜しんで読みふけっているのは早々に終わらせたいというのと、純粋に内容に興味深いものが多いからである。

 それまでの物に対して一本直線を付け加えるだけで魔力の効率が数倍に上がったり、レンズのように特定の距離で魔力が効力を発揮するようにする新しい陣であったり、複数の紋様や陣が重なっていたから複数の効果を齎していたものの解析であったり。

 とにかく研究者として、その探求心を刺激する内容が多すぎた。

 これほどの成果をたった一人、共に研究する助手もいない中で出してしまうのだからクリフという人物は桁外れの鬼才なのだと実感させられる。

「まだまだ精進が足りないな」

 ああなりたい、と思うわけではないが先へドンドンと進んでいく背中を見ては立ち止まってなど居られない気分にさせられる。

 しかし次に出てきたのは溜息だ。

 精霊魔法に関する非触媒での行使は恐らく世界初の技術なのであるが、これを纏めるにはまだまだ実験回数が不足しているし、これを計測するための機材も道具も全ては失われたまま。

 あのドラゴンに襲われて置いて来た荷物の中だ。

 流石にこれほど日数が立てばドラゴンも立ち去っているだろうと思わなくもないが、へカルトの積み荷を置いたまま自分の分だけ持ってくるわけにもいかない。聞くところによると逃げる間際にへカルトは馬車から馬を切り離しており、あの荷車を引っ張るには新しい馬を持ってくるか逃がした馬を見つけるしかないと。

 何故逃がした、とリオンは言わない。

 もし逃がさなかったとしてもきっとドラゴンの餌になっていただけなのだから、一つの命が救われたと考えて納得するのだ。

 もっとも新しく馬を得る手段は乏しい。

 そのため、へカルトは数人の力自慢たちを引き連れ、人力で引っ張ってくることに決めて先日出ていった。

 一人では無理でも複数で協力しながらであれば十分なんとかなるとの話だ。

 魔物は兎も角、旅人などに漁られていないと良いなとリオンはボンヤリ空を見上げて考える。

 冒険者たちによると一般的に放置された荷物は誰がどう扱っても良い事になっているそうだ。

 危険な世界のど真ん中に荷物だけがポツンと放置されているという事は、持ち主の身に何かが起きたと考えるのが普通である。そして多くの場合で既にこの世にいないのだ。だから、その荷物は他の者たちが生き残るため有効活用して良いというのが暗黙の了解となっているらしい。

 勿論、依頼であれば別である。

 しかし仮に後から遺族などが現れて『それはあの人の遺品です』と言っても、周囲からの評価は兎も角、譲り渡さなければいけないという義務はない。金目のものであれば知らんぷりして適当な商人に売ってしまっても、非難はされようと罰則などを受けることはないのだ。

 リオンの持ってきた荷物の中にはまだまだデータを集めたい試作品も多いため、これらがあまり世の中に知られないで欲しいという気持ちがある。

 特に骨までしゃぶりつくすと言われる一部の商会に関しては、理屈も危険性もはっきりしない中で使えそうだからと設備を組み上げてしまうところがある。そこで何か事故など起きようものなら直接的被害にあう方が浮かばれない。

 与り知らぬところだろうと、自分の作った物で誰かが傷つくのは気分の良いものでは無いのだ。

「ほう、随分と余裕そうなところを見ると、もう査読作業は済んだのかい?」

 ビクリと振り返ればクリフが腕を組んだ姿勢で立っていた。

「えっと、その……」

 リオンは視線を逸らして、箱に並べられた未読の論文へ歩いて行こうとする。

 その様子にクリフはカカカと意地の悪そうな笑い声をあげた。

「冗談さ。この分量、それも私がビッシリ書いて来たもんがそう簡単になくなるわけがないからな」

「催促でないならどうしてここへ?」

「なに、こっちの指導が一段落したからちょいと後輩の様子を見に来ただけさ」

「そうでしたか。こっちは特に変わりありませんよ」

「そのようだね、顔を見ればわかる。――また夜更かししているだろ? 昔から好奇心を優先して体を労わらないのはお前さんの悪い癖だ」

「すみません」

「謝るなら魔法界隈全部に謝りな。まだまだ未知の溢れる世界を解明するには人手も時間も足りていないんだ。優秀な研究者をツマラナイ理由で失う事は重罪だよ」

 そう言うとクリフはリオンの襟首をつかんで引っ張る。

 流石のリオンでも歳を取ったクリフの力なら振りほどくも出来たが、彼女の少し分かり難いいたわる気持ちは紛れもなく本物であるから素直に流れに身を任せることにした。

 いったい何処に向かうのだろうか。

 そう思っていると唐突に暗闇の中へ放り込まれる。

 途端、柔らかくフカフカなぶったいに体がぶつかった。

 慌てて離れると、クリフの立つ入り口から入ってくる光でそれが何なのか分かる。

「大きな――鳥?」

「私の友人さ。今回は彼女に無理をさせたから飯の時以外ずっとぐっすり眠っていてね。ついでだからアンタもそこで寝な。」

「大丈夫なんですか?」

「アンタが変な事をしなけりゃ彼女は何も気にしないさ。それに飯時にはピッタリ起きて来るから寝坊する事もない。昼まで一刻も無いかもしれないが今のアンタには必要なもんだ」

 そう言うとクリフは扉を閉めてしまった。

 リオンは一方的なクリフの行動に戸惑うも言ったら聞かないその性分を思い出して諦め、扉の隙間より漏れてくる光を頼りに鳥の傍へ行って座った。

 敷かれた藁のカサカサいう音と感触を尻に感じつつ、背中を柔らかな羽毛へ預ける。

 ほんのりと温かさのある極上の羽毛が優しく迎えてくれた。

 これから夏が来るという陽気だというのに不思議と暑いとは感じることも無く、目を閉じていると次第に意識が離れていく。

 そうしてリオンは眠りについた。

 起きたのはクリフの言う通り、昼飯時ピッタリの時間だった。

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